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【ショートショート小説】 人形たちの物語

『こいつらと一体、いつになったら離れることができるんだ…』
アントニオは自分の部屋に勢ぞろいした使い古しのおもちゃ、
ガンマン人形のハレルソン、宇宙航空士のプラスティック製のおもちゃのメルヴィン、ソードを持ったプラネット侍の番、名前のない熊のマトリョーシカを見てため息をついた。

何度も「こんなもんいらねえ」と捨てては、
何度も家に戻ってきてしまう人形たち…。

「稲川淳二の実話系怪談かよ」
アントニオはボソリとつぶやいた。
って言うか、動くはずない捨てた人形が家にまたいるって怖いわ。どこをどうして戻ってくるんだろう、もしかして歩いて?呪われた人形だよ、それじゃ。
こんなやばい人形はとっとと始末した方がいい。
大体、大学生の自分がこんなおもちゃ持ってたら何を言われるかわからない。友達もバカにするだろうし、彼女なんか家に連れてこれるわけがない。
「はあ…」とアントニオは、その日、何度か目のため息をついた。

なんでこうなったのかな?
そうだ、あれは宇宙航空士のメルヴィンを、父親が買ってきてくれた時のことだった。
買ってきたメルヴィンを棚に置こうと思ったら、ガンマン人形のハレルソンが先に入っていて、愛着もそれほどなくなったし、邪魔だったからゴミ箱に捨てたのだ。そのゴミは母が回収し、キッチンのゴミ箱に、それで燃えないごみの日の火曜日に清掃車に乗せられ、ゴミ焼却場に直行したはずだった。

しかし、数日後、捨てたはずのハレルソンは、前と同じ箪笥の上にあるガラス張りのスペースに入っていた。
棚には地球儀などが置いてあり、スペースがなかったので、その棚に入っていたメルヴィンと絡み合って収まっていた。ハレルソンを持ち上げ匂いを嗅ぐと、ゴミの匂いがした。
「なんだよ、これ…」
小学生のアントニオが呆然として呟いた。
母にそのことを話すと、何を捨てたのかを覚えていなくて、「捨てたつもりで、捨ててなかったんじゃないの」と言われてしまった。
そんなことはない。本当に捨てたのに…。アントニオはガンマン人形のハレルソンを不気味に思った。
もしかして人形が歩いて家に戻ったのか。そんなバカな!
しかし、その後、実際に妹はハレルソンが侍人形の番と相撲を取っていたのを見たと言っていた。


次に異変があったのは、熊のマトリョーシカを捨てた時のことだった。熊のマトリョーシカは父親が、ロシア旅行で買ってきたおみやげで、アントニオには全くいらない「いやげもの」だった。
数年、家に置いたので、もう捨てていいだろうと、今度はちゃんと、町のゴミ捨て場に捨てた。
しかし、また数週間後、熊のマトリョーシカは家の棚に戻っている。
しかも、棚の人形の並び方も元と違って変わってしまっていて、ハレルソンやメルヴィン、番が泥にまみれながら、「俺たち、頑張りました」みたいな汚しを顔に施されて、熊のマトリョーシカを仲間のごとく周りを取り囲んでいた。
「うぜー!」
なんだか、おもちゃたちの「頑張りました感」にアントニオはとても腹が立った。
 

次はアントニオが大学生になった時だった。
「流石にこれはいらないだろ」
そう思ったアントニオは、親戚の男の子に、おもちゃを全てあげた。しかし、いつの間にかやっぱり、人形は家に戻ってきた。しかもよくわからない、フォークでできたゴミのようなおもちゃとともに…。
人形を男の子にあげた時に、一緒にそれを見ていた母は、流石にこのことに驚いて何日か寝込んでしまった。
「とっとっと、それをどこか捨てなさい!」
母はアントニオに命令したが、何度捨てても結局は家に戻ってきてしまうので、何か戻ってこない方法がないかと思案した。


数日間、考え続けていると、話を聞いたアントニオの学校の友人が「そういえば、そういう人形を集めている心霊坊主って呼ばれて坊さんさんがいるらしいぞ、そこにやってみたらどうだ」とアドバイスをくれた。

早速、アントニオはその坊主のいる寺をネットで探し、電車を乗り継いで、人形たちをバッグに詰め込んで、そこへ持っていった。
寺に着くと本堂でアントニオは、心霊坊主と座って向かい合った。坊主は持ってきたハレルソンら人形を見ると、「ははあなるほど」と頷く。
「よくあるんですわ、こういうことは。それじゃあ、これ、私が預かりましょうか?」と聞いた。
「いや、そうするとまた戻ってきちゃうんで、とっとと燃やしてください!」
「お焚き上げでよろしいんですか?」
「お焚き上げでもなんでもいいです!」
アントニオがそう答え、その日の夜に人形は寺で燃やされることになった。

境内の祭場で焚かれた炎に、人形たちが炙られている。
ガンマン、宇宙航空士、プラネット侍、熊のマトリョーシカは、火の中でアントニオをすごい目で睨むように爆ぜていく。
「なかなか勇ましい最後ですな」坊主が感心したようにつぶやく。
『ガンマンも宇宙航空士も侍もマトリョーシカも、勇ましいものなんていらない』アントニオは『二度と戻ってくるな』と念じながら人形たちを見つめていたのだった…。(終)




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