なぜ、いま地方産業やレガシー産業のアップデートが必要なのか
見出し画像

なぜ、いま地方産業やレガシー産業のアップデートが必要なのか

「地域産業・レガシー産業のアップデート」をミッションに掲げる福岡・北九州のスタートアップQUANDO(クアンド)代表の下岡です。本記事では、我々がなぜこのようなビジョンを掲げ、どんな世界を実現したいのか、お伝えしたいと思います。


【読んで頂きたい方】
・地方産業やレガシー産業をITの力で変えたいと思っている方
・九州・福岡でチャレンジングな「これから」のベンチャーに参画してみたい方(メガベンチャーの福岡支社ではない)
・自分の経験や知識を活かしてスタートアップに参画してみたい方(リモート/副業的に)
・自社の事業をITによりアップデートしたい方
ビジョンの根底には私の生い立ちや経験が深く関わっているので、少しお話させてください。

生まれ育った環境

私は北九州の八幡という街で生まれ育ちました。そこは新日鐵(現日本製鉄)の八幡製鉄所があった場所であり、第二次世界大戦後の高度経済成長期、「鉄」が産業発展の中心であった時代に、とても栄えた街でした。自動車産業で発展した豊田市、IT産業(正確にはその時代の最新テクノロジー)で発展したシリコンバレーのように、産業発展と都市発展は深く関係しているものです。


八幡には新日鐵社員専用の高級住宅地、迎賓館、倶楽部などがあり、料亭や夜の街でも「新日鉄さん」は特別な存在でした。24時間稼働し続ける高炉で働く夜勤肉体労働者の為に、夜勤明けに飲んで帰れる24時間居酒屋/24時間スーパーが日本で初めて誕生したのも北九州であり、産業が文化を作ったと言っても過言ではありません。

画像6

北九州といえば治安の悪さやヤンキーが沢山いる成人式を思い浮かべる人が多いと思いますが、実際はその通りです。発砲事件は日常で、私の実家の近くではロケットランチャーが見つかったこともありました。(でもいまは安全な場所に変わっていて、美味しいものもあるし、自然も沢山あって、家族で暮らすには最高の土地なので私も住み続けています。移住お勧め)

父は新日鐵ではなく、祖父の代から続く小さな建設会社を経営しており、幼少期の私にとって古い社屋の駐車場にあるショベルやトラックは遊び場でした。泥まみれになって夕方帰ってくる職人さんや父を見ながら、大変な仕事だな―と思っていたことをうっすら記憶しています。


後に私は外資系、メディア、コンサルといった華やかな(に見える)仕事に就きますが、私の人格の中心を形成する価値観は、この労働集約的かつレガシーな産業に従事する人々に囲まれた環境で育まれました。

就活とシリコンバレー

時は経ち、私は九州大学に入学します。就職活動は周りにつられる形で始めたのですが、自分の成りたい像や仕事のイメージが無く難航します。九州の学生の就職活動は非常に保守的で、電力会社、鉄道会社、銀行と言った業界が人気であり、理系の学生はたいてい研究室推薦でメーカーなどに就職します。先輩の一人が電通に内定したと聞いたとき「東京の電力系の会社ですか?安定そうな企業に内定して良かったですね!」と本気で言ってしまうぐらいでした。


その時期に、大学の研修プログラムでシリコンバレーに行く機会を得るのですが、そこで衝撃的な出会いが沢山ありました。とにかく会う人全てが自分の価値観や生き様に従って自分の人生を全うしていました。

印象的だったのは、以前大手企業に勤めていた50歳の日本人男性です。彼は「仕事がつまらない」と感じながらも企業勤めをしていた40歳の時、週末に思い立ってシリコンバレーにやってきたらしいのです。土日をシリコンバレーで過ごす中で色々な人に出会い刺激を受け、「よし、このままここに住もう」と決意し、月曜日にはシリコンバレーから勤め先の日本の会社に「辞めます」と電話して本当にそのまま転職してしまったとのこと。

シリコンバレーには、そういう個性的で、行動力のある方がたくさんいました。これまで私自身の価値観は、安定的な会社に入り、一生懸命与えられた仕事をこなすことでゆっくり昇進し、1社で勤め上げて退職することが仕事だと思っていました。会社を選ぶ基準も知名度やブランドなど「誰かが決めた指標」に従って進路を決めようとしていましたが、シリコンバレーでの経験を通して「人生にルールなんてないんだ」と強く感じました。多様なキャリアの方を見て、「いつか起業しよう」と決めたのも、シリコンバレーでの経験がきっかけです。

画像7

ただし起業しようと決めたもののビジネス経験がない私は、まず社会で実力を付けようと考えます。当時は起業・経営する力=戦略的思考力、論理的思考力、マネジメント力であると考え(あとで全然違うと気づくのですが)、コンサル、総合商社、投資銀行などを中心に就活をし、縁あってP&Gに入社しました。(正確には大学院に編入をはさむ)

P&Gと博報堂で学んだこと

P&Gといえばマーケティングが花形部署であり、有名なマーケター・経営者を沢山輩出していますが、私はPS(生産統括)という製造・物流・購買などのサプライチェーンを管理する部署に入社します。理由は簡単で、就活を始めたのが遅すぎてPSと営業しか募集がなく、理系採用がPSだったのでそちらに応募しました。なんとなく、会社ごとの違いは分かったものの、職種による違いは良くわかっていなかったのですね。


PSでの最初の仕事はオムツ工場のメカニカルエンジニアとして生産管理をすることでした。実際に3交代のシフト勤務で製造ラインに入り、オイルだらけになりながらスパナやジャッキを駆使し、製造ラインの微調整や修繕などを(無茶苦茶不器用で怒られていましたが)行っていました。一緒にシフトに入るおじちゃんたちと朝焼けを見ながらコーヒーを飲んだり、若手作業員と夜勤明けに近くの海をドライブした経験は良い思い出です。
2年目から海外(イタリア)に在住し、世界全体のマーケットにおける生産体制の最適化を実現する為、生産設備の開発などのグローバルプロジェクトに従事しました。

P&Gと言えば華やかなマーケティング部署にスポットライトが当たりがちです。しかし世界70か国、7.5兆円の商品を適切な価格・品質・タイミングでブランド価値を維持しながら消費者に届ける、その舞台裏には、大きなサプライチェーンとそこで働く人々の泥臭く地道な活動がある事を自身の仕事を通して深く理解しました。そして、この経験がいまの事業に繋がっているのです。

画像3

その後、事業を始めるにあたり、作る側(生産・物流)は経験できたのですが、モノを売る側(マーケティング・営業)は全くの素人だったので、実務を通して経験値を高めるため博報堂コンサルティングに入社しました。


博報堂コンサルティングはコスト削減や組織改革のような案件は少なく、トップラインを伸ばすための新規事業開発、マーケティング、ブランディングを中心とした業務を行うコンサルティングファームでした。私が入社した2015~2017年は特に大手企業がテクノロジーによる新規事業開発・企業改革(いまでいうDX)に注力した時期であり、中でも「モノ売りからコト売りへ」と非物質的な価値にシフトしていく様子が印象的でした。「このデジタルの波は今後あらゆる産業のあり方を大きく変えるだろう」、そんな感覚がありました。

地元の衰退と起業

時を同じくして、地元北九州は帰省の度に衰退していました。スペースワールドという宇宙をテーマにしたテーマパークは元々新日鐵の事業として作られた市民のアイコン的存在でしたが、2017年に閉園してしまいます。(その閉園の広告を作ったのは古巣の博報堂という事に運命を感じます)

画像4

スペースワールドだけではなく、新日鐵関連の企業が集積する北九州の産業経済はみるみるうちに衰退していき、若者もドンドン流出していきます。結果、商店街もシャッター街となり街に元気がなくなる。一方で、東京は人口過密で通勤時間に1時間以上もかけていたり、地震で都市が機能不全になってもなお人が住み続ける。私は大きな違和感を感じていました。


様々な大手企業がデジタルシフトで次世代に向けて変わろうとしているが、その多くはメディア・広告・エンターテインメント・金融(一部)などデジタルと相性が良い業界が中心です。一方で、本当に変わる必要があり、日本の大多数が従事している産業は、デジタルとは遠いアナログ/レガシーな産業であり、地方産業です。これらの仕事にこそテクノロジーがもっと活かされるべきだし、活かせるチャンスが多くあるのではないか。

画像7

「光る技術や独自ノウハウを持っている企業がテクノロジーとビジネスを上手く組み合わせ、企業価値のリポジショニング(≒DX)を実現できれば地域産業・レガシー産業が生き返るのではないか」という事で始めたのがQUANDOです。


産業のアップデートでテクノロジーよりも大事なもの

そんな想いと勢いだけで起業した我々を支えてくれたのは地方産業の雄たる企業でした。実績も信頼もない中、釣具小売り企業様のOMOアプリ、バルブ製造メーカー様のクラウドメンテナンスシステム、鋼材企業様の制御システムなど「現場」に密着した案件を頂く事ができました。実績もない我々に大きな仕事も任せてくれて、多少の失敗も受け入れて頂いたことは感謝しかありません。

このような経験を通して、現場には多くの可能性と宝が眠っており、やり方を変えればとても大きな価値が生めると確信を持つことができました。同時にレガシー産業が変わるためにはテクノロジー以上に現場との信頼関係や業務へのリスペクトなど感情や組織の問題の方が重要であり、しっかり膝を付き合わせて一歩一歩進める事が大事だと気づきました。

画像5

東京はビジネスライクで、目に見えない人情や信頼関係よりも、ロジカルさが求められることが多いです。しかし北九州ではどちらかというと、“まず第一に信頼関係、話はそれから”という雰囲気でした。まず信頼を勝ち得ることが先決だと思ったので、一緒にお酒を飲んでたくさん話をしたり、工場に出向いてヘルメットと作業着で一緒に仕事をしました。

地方産業・レガシー産業にはそれぞれの立派な歴史があります。目指すべきゴールは同じであっても、それを実現する過程において、企業のカルチャーや考え方などに差があり、大変苦労しました。

産業のアップデートや企業のDXを実現する為には、テクノロジーや戦略以前に、双方の信頼関係や変わることへの意識変容、カルチャーの融合などの方がよっぽど重要だったのです。(我々が実体験を通して学んだDXの難しさや最初に考えるべき点に関して、こちらにまとめています)

こうした経験を通して、個社ごとの課題ではなく、レガシー産業の「現場」に共通する課題から着想を得て生まれたのが「SynQ」です。「SynQ」は現場で働く人(フィールドワーカー)に向けの情報共有プラットフォームです。デザイナーがAdobeを使うように、エンジニアがGitHubを使うように、オフィスワーカーがMS Officeを使うように、工場や建設現場で働くフィールドワーカーも便利なツールを使って働けば、より生産的に、より楽しく働けるはずだ!という想いで開発しています。SynQがどんな課題を解決したいかはこちらに書いたので、興味のある方は是非読んで見て下さい。

QUANDOという社名に込められた想い

QUANDOという社名の由来は「物事の始まりや取るべき行動を喚起する合図」というラテン語の語源にあります。デジタルテクノロジーによって様々な業界が大きく変化する時代に、地域産業・レガシー産業が次世代に向けて変わる「きっかけ」を提供したい。そんな想いが込められています。


私は、地域産業がその都市やそこで育つ人間の人格形成に与える影響は大きいと思っています。それぞれの地域、企業が、みずからの特徴や強みに立脚し、独自の価値を生み出せる世界を構築する事こそが世界の幸せに繋がると信じています。我々QUANDOはそんな世界の実現を目指すプロフェッショナル集団です。

合宿


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

現在、QUANDOを一緒に成長させてくれる仲間を募集しているので、興味のある方はDMもしくは下記に連絡ください!お待ちしてます!

Wantedly:

HP:

Twitter:
https://twitter.com/shimojquando


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
下岡 純一郎 | クアンド

QUANDO CEO。九州工業大学 客員准教授。建設設備会社瀬登 取締役。地方でのスタートアップ、事業承継、大学発ベンチャーについて書いていきます。

嬉しいです!ありがとうございます!
クアンドCEO | 現場向け情報共有プラットフォーム「SynQ(シンク)」(https://www.synq-platform.com/)を開発提供 | 福岡SaaS起業家でアトツギでもある | Twitter→https://twitter.com/shimojquando