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映画『完全な候補者』サウジアラビアにおける女性問題を考える。

12月1日に閉幕した第20回東京フィルメックス
そこで上映された特別招待作品『完全な候補者』を観たので、その感想を挙げていきたい。

完全な候補者ポスター画像

概要:街で唯一の救急病院。そこで働くマリアムは病院前の道路の舗装がいつまで経っても行われない事に苛立ちを隠せない。
泥だらけの道路のせいで、一刻を争う時にも患者の搬入が大幅に遅れてしまうからだ。
地方議員に直談判するが、適当にあしらわれる。
そんな環境に嫌気がさしたマリアムは新天地での生活を望んでいたが、ひょんな事から、次回の地方議員選に出馬することになり…

製作年:2019年 製作:サウジアラビア、ドイツ 監督:ハイファ・アル=マンスール

【男女不平等の社会に立ち向かう女性を描いてきたハイファ・アル=マンスール監督】

監督は自身もサウジアラビア出身のハイファ・アル=マンスール監督
今作を合わせて、これまで4作品を撮っている。
長編デビュー作の『少女は自転車に乗って』(2013年)は、サウジアラビア初の女性監督映画&全ての撮影をサウジアラビア国内で行い、全ての役柄をサウジアラビアの俳優が演じた事で話題になった作品。
2012年のヴェネチア国際映画祭で国際アートシアター連盟賞受賞をはじめ、世界各地の映画祭での様々な賞を受賞している。

ポスター画像少女は自転車に乗って

その後、エル・ファニングを主演に、ゴシック小説の古典「フランケンシュタイン」を生み出したメアリー・シェリーを描いた『メアリーの総て』(2017年)

メアリーの総てポスター画像

2018年にはNetflixで配信された『おとぎ話を忘れたくて』
そしてサウジアラビアを舞台に、地方議員選に出馬することになった女性医師の姿を描いた『完全な候補者』が今作となる。

筆者は、『おとぎ話を忘れたくて』以外の3作品を見たが、どの作品にも共通して言えるのは、男女不平等の社会に立ち向かう女性を主人公に据えている点だ。
『少女は自転車に乗って』、『完全な候補者』はサウジアラビアにおける女性への伝統的な価値観との戦いを、『メアリーの総て』は、当時のイギリスの出版業界における女性への蔑視と。一貫して、不条理ともいえる社会の中で抗う女性の姿を描いている。

【サウジアラビアの女性を縛り付ける後見人制度】

『少女は自転車に乗って』でも、サウジアラビア内の女性の社会的地位の低さを描いていたが、今作の『完全な候補者』でも、観客はサウジアラビアの男女不平等の現実を知ることになる。
まず、マリアムが出馬することになるキッカケだが、これは海外渡航のビザが間に合わなかったからだ。筆者も知らなかったが、サウジアラビアでは女性が海外旅行に行くには、父親や夫などの親族男性の承認が必要となっていたのだ(ただし、今年の8月2日より男性の許可なしに海外渡航が可能とはなった)
それだけじゃない、結婚、1人暮らし、銀行口座開設なども親族男性の承認が必要となっている。
これは「後見人制度」と呼ばれる男性の従属化に女性を置くシステムが存在するからだ。

イスラム諸国の中でも、なぜサウジアラビアだけここまで女性に対する権利が厳しいのか?

サウジアラビアでは、シャリアと呼ばれるイスラム法そのものが法の基盤となっている。
他のイスラム諸国の多くが、政治や社会においては西洋の法律を適用しているのに対し、サウジアラビアでは、政治や社会活動の全般にイスラム法が影響を及ぼしている。

女性の権利は拡大傾向にはあるが、こうした女性の社会的地位の低さ故、亡命する女性も少なくない。

【社会問題を背景に描かれるのは、家族の物語】

地方議員選に出馬したマリアムが直面することになるのは、サウジアラビア社会での女性の不平等さと周囲の偏見の目だ。
成り行きで地方議員選に出馬したマリアムだが、本気で当選を目指すために姉妹とともに頑張ることになる。
しかし、サウジアラビアでは、女性が政治進出することが、まずあり得ない。男性はもとより、同性の女性ですら彼女の味方は少なく、マリアム自身、周囲の冷たい目にさらされることになる。
ハイファ・アル=マンスール監督は、そうしたマリアムの姿を淡々と、あくまでもリアルスティックに描いていく。
女性の不平等がテーマであるが、物語の中心となるのはあくまでもマリアムの人生。

完全な候補者②

マリアムの決断と行動を見守る家族がとても微笑ましい。
もっと社会派に突き抜けろと思う人もいるかもしれないが、筆者はこの描き方はむしろ好きだった。不平等な社会に呑みこまれずに、逞しく生きる女性の姿を感じる。
ネット民に対する皮肉的台詞や、「アナタは何も言う権利はないのよ、何も関わってないんだから」という台詞は、日本の選挙に行かない若者へも繋がるメッセージのよう。
物語のラスト、とある人物の意外な台詞。なるほど、こう持ってきたかと、しみじみ腕組みをしてしまった。
完全に気持ちを持っていかれた。『メアリーの総て』を観た時も思ったが、この監督はラストに深い余韻を残すのがとても上手い。「良い映画だったなぁ」と思いながら、劇場を後にした。
個人的にはこの作品も、映画祭で留まらず、是非とも一般公開して欲しいものだ。

完全な候補者①

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