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人生はね、逆算できない。~遠い将来の正解ではなく、目の前のやりたいことをやってみる~


遊びざんまいの大学フィーバー、1年の夏休みに早くも飽きる...??

BONUS TRUCKさんに新しくできたお店「OSCUR」のテイクアウトランチを広げながら、インタビューがはじまった。
大学入学後、すぐ二十歳になった林さん。最初は複数のサークルに入りつつ、ひたすら遊んで過ごしていた。

「一浪して入ってたので、最初はフィーバーしてましたね。大学生ならテニサーっしょということでテニサーに入りましたね。あとは、東大生とOBOGの交流を促進しようっていうキャリア教育の団体とか法学系の勉強サークルとか、色々サークルに入って、This is大学生活みたいなのを満喫していたのが、最初でしたね。」

クラスメイトとのパイ投げやサークルのカラオケオール...遊び尽くした先の夏休み明けに、ふと感じたこととは...

「まあカラオケオールしたりタコパしたり、楽しかったんだけど、夏休み明けくらいからふと、え、これ4年間やんの?って早くも飽きてきて。これ楽しいんだけど4年間やることじゃないなあって思い始めて。けど、遊びに4年間かけるのは違うって分かっても、じゃあ何にかけりゃいいんだろうってのをずっと思ってたかな。」

遊び以外の何かを頑張りたい、けど何に打ち込めばいいかわからない

そこで1年の後半は、遊び以外の何か、打ち込むものに色々手を出してみたという。しかしそこで林さんが感じたのは...

「だから色々手出した。その時は官僚になろうと思ってたから、政治家のところでインターンしたり、政策立案コンテストに出てみたりしたんだけど、うーーーんみたいな。キャリア教育の団体で思ったのは、なんか机上の空論みたいに感じちゃったんだよね。学生とOBOG計500人くらいの交流会をして、交流会成功だったねってみんな言うけど、別に成功っていうか話しただけやんっていう冷めてる自分がいて。」

「なんでみんな熱中できるんだろうっていうもやもやを抱えていた1年後期でしたね。」

人生の転換点、東日本大震災

「って思って過ごしていた時に、東日本大震災が起こるんだよね。実はその時は国会議員のインターンとして岡山県にいたの。そこでテレビで見てやべえなみたいな感じになってて。東京に帰ってきたら、みんな3.11の時なにしてた?って話をするんだけど、東京にいなかったからわかんないわけですよ。なんか取り残されたなあって感じがあって。」

「じゃあ1回被災地に行ってみようかなって思って。そこでインターンしていた国会議員の政党が復興支援ボランティアバスをやるということで、とりあえず応募して行ってみようっていうくらい正直軽い気持ちで行きました。」

そこで見た光景、感じた衝撃とは、どのようなものだったのか...

「それが凄い衝撃で、漁港に打ち上げられている魚の周りに蠅がすごいのよ。目の前では体育館で段ボールでみんな寝てるし、車も転がってるし、家もつぶされてるし。泥かきだしとかやったんだけど、遺体がでるとボランティアが一旦撤収して自衛隊の人たちが来て回収して戻るみたいなのが色んなところで繰り返されていて、これやばくないかって思って。」

それについてmixi(当時流行っていたSNS)へ投稿したことが、転換点となる活動へつながる。

「3月10日まで自分とおんなじ生活をしていた人たちがこうなっているのかって、目の前に広がっている光景に衝撃を受けて。それでこれはやばいよと思って、それをmixiで長文でぐわああって書いて投稿したら、1年生初期に所属していたキャリア教育の団体の代表の人から連絡が来て。それで結局、その団体のスピンオフとして大学OBOGの人と被災地復興支援の団体をつくって、社会人や企業から寄付金集めてお金はないけど時間はある学生に向けてウルトラ弾丸東北ボランティアツアーをやる団体を作りました。」

やりたいことを見つけたというよりは、これやらなきゃやばいやん

「当時はやりたいことを見つけたというよりは、それすら思う余裕もなかったというか。これは何かやらなきゃやばいという思いの方が強かったね。それまでも広報でサークルのイベントに友達誘うこととか多々あったけど、自分も正直心から来てほしいとは思っていないからなんか薄い感じだったんだけど、これに関してはマジで来るべきっていう思いが乗った感じだったな。」

自分の興味の射程が分かった

その活動を通して、何か変化はあった?

「人生の話でいうと、一緒に活動してた外資系コンサルOBの人に元いた会社を就活の時におススメされて結局そこに入社したから、まず自分のキャリア自体も大きく変わってる」

直後のキャリアだけでなく、自分自身にはどのような生き方があっているか、という形が見えてきた。

「自分の興味の射程が狭いってことが分かったというか。アフリカとか遠いところじゃなくて、日本とかもっと近いところの課題の方が真剣に考えることができた。時間軸で言うと、将来20年後のことじゃなくて、目の前の困っている人を助けようぜみたいな。そういうの考えて、入学当初は将来は官僚になろうと思ってたけど、官僚は違うなって思った。官僚は20年後を考えるのが大事だし、速さよりも公平性が大事だけど、俺はそれではないなって。それよりは、小さくてもいいから目の前の困っている人のところへばっと行って力になれる人になりたいと思った。」

「今でいうと、あるべきキャリア論とか教育論を考えたりするよりは、目の前の学生とか同僚の満足度を上げていくっていう方が面白いと思うかな。そういうところで、(震災の時の経験が)自分を形作ったっていうのはあるかな。」

最後に、今の大学生に一言いうとしたら?を聞いてみた。

「なんかね、よくわかんないこといっぱいやっといた方がいいよ。」

「先輩の人生の話って綺麗に聞こえるけど、そこでは語られない何にもならなかったことも死ぬほどあるから、100個くらい。結果的に何かにつながったのが100個のうち1個くらいあって、それだけを話しているに過ぎないので。」

「結構今の大学生の相談とか聞いてると、みんな唯一無二の正解を1個だけやろうとしてるけど、それを一発で当てたいと思っても無理だから、ちょっとでもやりたいと思ったらひたすら色んな事やるしかない。それが直接将来につながらなかったら無駄かというとそうでもなくって。例えば、色々遊んでみて違うなって思ったから、国会議員インターンをやって、そこで震災の時に東京にいなかったから東北に行こうと思ったっていうのもあるし。ちょっとだけ入ってたキャリア教育の団体のおかげで、その後の被災地復興支援の団体につながったし。何がどうつながるかわかんないから。」

「人生はね、逆算できないんだよ。積み上げるしかないっすね。」

テイクアウトランチのパックと紙袋を片づけながら、最後にこんなことを聞いて、インタビューを終えた。

「なんかね、よくわかんないこといっぱいやっといた方がいいよ。正解だと思えることだけをやるんじゃなくて、よくわかんないことやっといて、それがあとあとつながるからっていう。時間を盛大に無駄にするのがいいよ。」

取材・執筆 渡辺紗於里


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