【エスパルス】2023年J2第34節 vs山形(H)【Review】
前節は、秋葉監督がチームの大黒柱として絶対的な信頼を寄せる乾を警告の累積による出場停止で欠いた上に、徳島の組織的なサッカーに対して無策の殴り合いを挑み、勝ち点1の獲得にとどまったエスパルス。
今節はその絶対的なエースが復帰し、今のチームがJ1昇格ひいてはJ2優勝に値するのか、真価が問われる1戦となりました。
スコア上には3-0の快勝でしたが、その内容を振り返ってみます。
1.スタメン
2.スタッツ
3.試合の流れ
(1)前半
立ち上がりは、乾を基点とした長短のパスにより敵陣に攻め入り、前半1分に中山が最初のシュートを放つなど、上々の入りを見せたエスパルス。
ボールを保持するエスパルスと、鋭いカウンターを狙う山形という構図で、ゲームの序盤が進みます。
まず、なぜエスパルスがボールを握ることができたのか、その仕組みを見てみます。
・エスパルスのボール保持
エスパルスが自陣でボールを持つと、山形はこちらのCH(白崎・ホナウド)に対して、CH(南・髙江)が高い位置からマンマーク気味に牽制。
また、右SHのイサカは中央に絞り、前線から下りてくる乾を警戒する様子を見せます(下図)。
エスパルスは、左サイドの低い位置でボールに関与する乾と、上述した山形の守備シフトによりスペースを得る山原を使って、主に左サイドから前進。
加えて、山形のCHが前がかりになることで、その後方にできるスペース(ライン間)に岸本などが入って、左→右に振って縦に速く攻めるところも見られました。
ミドルサードから崩しのフェーズでは、山原が高い位置を取ることで山形の右SBをつり出し、CB-SB間やSB裏のスペース(下図)を狙います。
普段左SHに入るカルリーニョスが足元でボールを受けてドリブルで強引に相手を剥がすプレーを得意とする一方で、中山はライン間からのスプリントによる鋭い裏抜けやスピードに乗った1対1の仕掛けに特徴がある選手。
こうした選手の特徴と山形の守備陣形とが、エスパルスにとって優位な形で噛み合ったという意味では、秋葉監督の起用が奏功したとも言えます。
また、この日は右SHで起用された岸本も、本職のサイドでの仕事だけではなく、カウンターに備えて前残り気味に構える山形・チアゴの背後(ライン間のスペース)に上手く入って高橋からの縦パスを引き出すなど、持ち前の運動量とダイナミックな動きでチームに貢献しました(下図)。
【1得点目のシーン】
こうした流れの中で生まれた前半15分の1得点目は、バイタルエリアでスペースを得たサンタナが「ここしかない」というコースを突いた見事なシュートを沈めたものでしたが、彼がフリーになるプロセスにも前述の仕組みが関係していました。
得点が生まれる1分ほど前から見返すと、自陣からのビルドアップは、白崎が運んで左サイドでフリーの山原を使ったもの。山原にボールが渡ると、中山がSB裏にスプリントしますがそこは使わず、乾を経由してボールを右サイドに振り、相手を押し込んた状態でボールは再び左サイドへ。
このとき、山形が形成した守備ブロックを見ると、前線の選手(藤本・國分・チアゴなど)がカウンターに備えて前線に残り、中央のスペースを実質的にCH2枚で管理する傾向があるのがわかります。
ここで乾が相手CHを引き連れてSB裏のスペースへ走り込み、さらに白崎がボールに寄ってもう1枚の相手CHを引きつけると、サンタナの周辺には大きなスペースが出現することに(下図)。
ボールを前に進めるところからバイタルエリアが空く仕組みまで、この試合の構造を象徴する場面であり、秋葉監督が強調する「適切な距離感」が実を結んだともいえる得点でした。
・エスパルスのボール非保持
続いて、山形のボール保持(エスパルスのボール非保持)を見てみます。
山形は、左SBの小野がCHの位置に入る(いわゆる「偽SB」)とともに、イサカ・チアゴの両SHがサイドに張り、ライン間で國分・髙江などがボールを引き出します。システムで表すと「3-2-2-3」のような配置で、立ち位置を守りながらボールの前進を試みます(下図)。
ただし、山形もCBが相手を引きつけるのが得意ではないようで、細かいパスをつないでボールを前に運ぶというよりは、中距離のボールを前線に当てて少ないタッチで手数をかけずに進む形の方がスムーズだった気がします。
これに対してエスパルスは、アンカーの位置に入る山形の選手をCH(白崎・ホナウド)がケアしつつ、ここでも乾の動きをスイッチにしてプレッシャーをかけていきます。
乾のプレスは、背後のパスコースを消しながら相手に迫る(いわゆる「カバーシャドウ」)技術に加えて、味方が連動して相手を掴まえられるタイミングを感覚的に図っている感じがしていて、周囲もやりやすいのだろうと思います。
また、この試合4バックで臨んだエスパルスはシステムが噛み合う形になっており、後ろの選手もマーカーを掴まえやすい状況でした。
CHが縦関係になり、1枚が前に出る分、時折ライン間にいる國分・髙江に斜めのパスが入る場面も散見されましたが、相手の静的な構造もこちらに味方し、総じて前半の守備に大きな問題はなかったように見えました。
【2得点目のシーン】
前半29分の2得点目は、素早い攻守の切り替えと、前線からの積極的なプレスが奏功した狙い通りの得点。
動きのスピードにメリハリをつけて、文字通り相手に「プレッシャー」を与える乾の守備の巧さと、「後は決めるだけ」という優しいパスを見せつけた時点で、この試合の方向性はおおよそ決してしまったような気がします。
・乾に依存するリスク
1得点目以降にも、前半27分には乾を中心としたパス交換から中山がCB-SB間を抜け、サンタナのシュートチャンスに持ち込んだ場面などもあり、乾の超絶技巧がエスパルスの拠り所であるとともに、対戦相手の守備シフトを歪めるほど強力な武器であることがわかります。
一方で、その手法に依存することで生まれる負の側面もキチンと認識し、チームとしてリスクを手当てする仕組みを構築する必要があります。
その「負の側面」の一例が、乾のボールロストから立て続けにシュートまで持ち込まれた2つの場面(10分・12分)。
この要因は、乾につけるパスが弱かったり、セットプレー崩れでCBが前線にいる状況で無理に縦パスを入れたりしたことですが、いずれも一歩間違えれば失点に直結しかねない場面であり、万が一プレーオフに回った場合など緊張感のある試合では1つのピンチが致命傷になりかねません。
また、その他に気になったのは、前半16分の山原(vsイサカ)の1対1。
第32節・町田戦でも、平河の仕掛けを止められずにグラウンダーのクロスを上げられ、エリキに得点を許す場面がありましたが(今回は原のカバーで難を逃れる)、今後もこちらの左サイドに相手が縦に仕掛けられる選手を置いてくることは容易に想像できるだけに、チームとして対策してほしいと思います。
(前半の振り返りの最後に、高橋祐治の3得点目もサポーターとしては待ちに待ったとても嬉しいゴールだったので、動画だけ置いておきます)
(2)後半
後半冒頭から、山形は國分→後藤、髙江→藤田の2枚替えを実施。
システムに変化はないように見えましたが、後藤と藤田の運動量(ボールを引き出す動き)で局面を動かそうと試みます(下図)。
これに対し、3点のリードを保つエスパルスは、後半12分にサンタナ→コロリ、ホナウド→宮本の交代を行い、チームにエネルギーを注入。
直後のカウンターの場面(岸本のドリブル→乾へのスルーパス・GKとの1対1)は決めたかったところですが…長い距離を走った乾には少しずつ疲労の色が浮かび、徐々に運動量が減っていきます。
後半16分、中山がシュートをした際に足を痛めたような素振りを見せ、一度ピッチ外へ。その後、ピッチに戻った後に、何やらベンチからの伝令を伝えると、チームは3バック(5-4-1)へ移行します。
システム変更の狙いとしては、相手のワイドの選手へのケアが考えられますが(下図)、それ以上に、3点をリードしている状況で「もう1度気持ちを引き締め直そう」という意味合いが強いと思われます。
そして、後半19分には中山に代わって西澤がピッチへ(下図)。
しばらくは3バックでゲームを進めますが、後半25分の飲水タイム明けには、岸本がやや高い位置でSH然と振る舞う挙動が確認でき、再び4バック(4-4-2)へ戻したかのように見て取れます。
このあたりは、もう少し前線からボールの出所に制限をかけたいという選手たちの意向が働いたものと想像します。
後半31分には、原→北爪、山原→吉田と、選手の疲労を考慮したような交代が続きます(それでも乾は外せない…)。
一方の山形は、後半35分に川井→田中、藤本→デラトーレを投入し、3-3-4のようなスクランブル体制にシフト。なりふり構わず得点を狙いますが、エスパルスも相手の陣形や乾の運動量の低下を踏まえて再び3バックへ変更し、クリーンシートでの逃げ切りを図ります(下図)。
結果的には、危ない場面もあったものの、最後まで集中力を保って難敵・山形を0点に抑えることに成功。
今季最後のナイトゲームとなったスタジアムは、オレンジの光と歓喜に包まれました。
4.所感
乾が不在だった2試合と今節を見比べても、目先の勝利を得るためには、彼を中心とした現状のスタイルで行けるところまで行くしかないと感じます。
「戦術乾」の神髄は、本人のプレー(ボールタッチ、パス、プレッシングなど)のクオリティの高さもさることながら、乾の動きが「道しるべ」となり、それに合わせて周囲が労を惜しまずに連動するところ。
彼が持つスキルや判断力には、ピッチ上の選手たちの信頼を得るに足るだけのものが確かに存在しますし、少なくともJ2レベルでは、彼自身及び彼を中心としたネットワーク(彼以外の選手たちも、質的にはJ2屈指のはず)を止めるのは容易ではないでしょう。
逆に言うと、チームとしての戦術的な指針が明確ではない中で、今のチームが瓦解せずに前に進めている要因は、彼を中心とした「信頼関係」であり、それだけになおさら、警告の累積などというくだらない理由や怪我などで、再び彼を失うわけにはいきません。
この勢いでJ1昇格(優勝)を勝ち取るためには、戦術面うんぬんよりも、フィジカルやメンタルをいかにコントロールできるかが鍵を握りそうです。だからこそ、間違いなく熱い試合になる静岡ダービーの前までには、なんとか2位に上がっておきたい(磐田には当然勝ちますが…)。
もう気づけば、残りはわずか8試合。
自分たちを信じて戦いながら、いかに相手が嫌がることができるか。
サポーターが作るスタジアムの雰囲気も、選手のメンタル面をコントロールする1つの手段であるように思うので、心は熱く、頭は冷静に、これからも応援し続けます。