見出し画像

30Minutes to Mars第1話「火星」③

残る2機へと肉薄するフランクの機内に、新たな熱源接近の警告音が響いた。急制動をかけても間に合わないと瞬時に判断し、そのままの勢いで前方へと機体を投げ出す。
器用に受け身を取りながら前転するアルトの背後を、数条の光線が通過する。

「新手かよ!?」舌打ちをしながらも、素早く射線の元へと視線を巡らせる。
自機の左後方数十メートルの距離に、先ほどまでは認められなかった青い機影があった。

頭部には鋭利なブレードアンテナ。両肩にはシールドらしきバインダー状のプレートが備わっている。右手に握られているのは、通常よりやや大振りなレーザーライフル。
一目でそれと分かる、指揮官機仕様のポルタノヴァだ。

この空洞内への突入時には、相手は5機しか存在しなかった。それは確かだ。
おそらくは付近に待機しながら、緊急時にはこうして救援に向かう手はずだったのだろう。

考えてみれば、アーティファクトという最重要物資の移送に新兵だけで当たるはずも無いのだが、功を焦ったフランクは無意識にその可能性を排除してしまっていた。

その性急さこそが、彼からボクサーとしての未来を奪い、軍人となった後にも命令無視を招き、今や地球の最前線から辺境の火星任務にまで追いやったというのに。

「上等だ、来やがれバイロン野郎!」

頭に上る血をそのまま闘志へと変換するように叫ぶと、新手へと向き直る。

目下、最優先で対処すべきはこの指揮官機だ。
未だアーティファクトは残る2機の足元にあるが、あれを運び出す動きを見せようものなら、すぐにでも奪取に向かえばいい。

問題はこの指揮官機が果たしてどれほどの戦闘能力を有しているかだが一一一

と思案する間もなく、目の前を青い影が迅った。

「!!」
思った以上に、速い。
外部集音機能が、キィィンと甲高い音を拾っている。おそらくはジェットエンジンのような高出力のスラスターだろう。数十メートルの距離を見る間に詰め、ものの数秒でフランク機へ接触する勢いだ。

咄嗟に左半身を前にずらし、迎撃の為ワン・ツーの構えをとる。この急加速性能ならば、直線的な機動にならざるを得まい。
タイミングを測って、先制の左ジャブを見舞おうとした瞬間、影が、ほぼ直角とも言える角度で、フランクの向かって右へと動いた。

「何っ!?」

向き直る間もなく、側面から激しい衝撃が襲う。

「グッ···!!」

がら空きになった半身に体当たりを食らった格好だ。視界が90度傾き、ガリガリと耳障りな音と共に、機体が振動を続ける。
吹き飛ばされた体勢のまま、地面を削り取りながら10メートルほど慣性に翻弄された。

「く···畜生が···」
タクティカルスーツのヘッドギアを装着しているとはいえ、並ではない衝撃を受けてしまった。
脳震盪こそ回避できたが、下顎に強烈なパンチがかすった時のように、ふわふわと足元が覚束ない。

こちらがよろよろと起き上がるのを待つはずもなく、視界の端から光線が放たれるのが見えた。
慌ててふらつく身体に鞭打ち、機体をゴロゴロと回転させる。

傍から見れば、さぞ無様な動きだろう。
湧き上がる怒りと屈辱に歯噛みしながらも、射撃が途絶える瞬間を待ち回避運動を続けた。
警告音と重なりスピーカーから聴こえる、自機のすぐ近くを射抜くレーザーと、炙られた石が爆ぜる音。

それらが収まったエネルギー・リチャージの数瞬を待って、再び敵機へと向き直る。

「ったく、なんなんだよこいつは···」
息切れと共に顔を頭頂部まで紅潮させながら、モニターの向こうにある青い機体を睨みつけた。

「なんだ、このパイロットは」
青いポルタノヴァの主、アドニス少佐は覚束ない足取りで尚もこちらとの距離を測っている、目前の格闘戦仕様アルトに戸惑いを滲ませていた。

今回が初陣となる彼の「教え子」達には、入念に作戦プランを伝えてあった。
ポルタノヴァ5機で速やかにアーティファクトを確保し、交戦域に入る前に撤退。
更には彼が待機していた側の洞穴を抜ければ、同じく彼の「教え子」達が数人、こちらは生身でアーティファクト護送のため待機している。

ポルタノヴァだけで勘定しても、バックアップ担当の自機を合わせれば実に二個小隊規模を投入しての作戦だ。

盤石とは言わないまでも、回収任務でここまでの被害が出ることは勘案していなかった。
イレギュラーの想定も、どちらかといえば後の護送段階に入ってからの修正案ばかりだ。

何故ならば、地球から来たこのエクスプローラーという者達は、積極的な戦闘を嫌う傾向にあるからだ。
多くの場合は斥候役の機体が先行し、アーティファクト周辺の情報を収集。
それを受けて応援の機体が合流、アーティファクトを確保。残るバックアップ役が退路を確保しつつ撤退。

このセオリーを踏襲せず、おそらくは斥候役であろう目の前の相手は、単騎でこの空洞内に突入してきた。それも数的優位を持った相手の前に。

自身の進入路と反対に位置する、こちらの進入経路となった横穴に気付いていなかった様子を見るに、単なる向こう見ずだとは思えるが、自分が救難信号を受けてこちらへ向かうまでの数分の間に、3機が戦闘継続不能に追い込まれている。
無茶をするだけの腕前はあるということだ。

先程はアーティファクトの付近まで迫られていたために牽制程度の射撃しか出来なかったが、こちらのタックルで引き剥がした今の状態ならば、遠距離武装の見当たらぬ相手であれば一方的に狙い撃つことが出来る。

「ワジコ!グレイ!奴を撃て!」

アーティファクトを足元に置いたまま、呆然と成り行きを見ていた部下両名に号令を出す。

「は、はいっ!」

慌てた僚機が、半ばめくら撃ちのような勢いで一斉射を行った。

あちらもまだダメージが抜け切っていないはずだ。
精度はともかく、この集中砲火を掻い潜ることは難しいだろう。

しかし相手は、こちらの予想に反してまったく射撃を意に介さぬように、大きくジグザグな軌道を駆け続け、時には鍾乳石を盾に使いながら、時には跳躍で回避しながら、徐々に距離を詰めてくる。

まだ先ほどのダメージも抜け切っていないであろうに、まるで先ほどこちらが繰り出した高速戦闘の意趣返しと言わんばかりだ。

「散開して距離をとれ!左右から挟み撃ちにするんだ!射撃は止めるな!」

指示を出しながらも、自身はギリギリまで敵機を引き付ける。
あちらは格闘戦仕様に特化しているため、リーチではこちらに分がある。漸くこちらを射程へ収める距離まで接近してきたところで、相手の繰り出す拳がこちらを捉える直前に横っ跳びで回避する。

彼のポルタノヴァカスタムには、大推力のスラスター及び、空力をコントロールするための可変式バインダーシールドが備わっている。
先ほど横から不意打ちを仕掛けた際の軌道も、衝突直前を狙いバインダーシールドを展開させ、エアブレーキとして使用する事で実現できる力業であった。

今回も同じく、バインダーシールドを片側に寄せ、荷重移動を利用して直角に軌道を変更。
背後へ回ったところで再度射撃を仕掛ける···が。

「何!?」

今度はアドニスが驚愕の声を上げる番だった。
ほぼ0距離に近い位置からの射撃を、あろうことか機体にブリッジをさせることで回避してみせたのだ。

自機のモニターに、逆さのままでこちらを見上げた、格闘戦仕様アルトのバイザーフェイスが映る。
こちらを挑発しているような、ふてぶてしさすら感じた瞬間、アーチ軌道を描きながら迫る両脚が自機の頭部を挟み込んだ。

まさか、と思う間もなく機体がぐるりと回転する。
アドニスの中にウラカン・ラナという地球人の格闘技知識があったわけではないが、本能的にこのまま挟み込まれた頭部が地面に叩き付けられようとしている事は察した。

「そうはさせん!」
背後のバーニアを最大推力で吹かせ、機体を宙に浮かび上がらせる。
相手を肩車するような格好のまま、諸共に空中へと上がる。

振り落とされまいと胴体部を180度回転させ、こちらをマウントポジションに収めようとするアルト。こちらも両の腕で抵抗しつつ、振り落とさんと機体をきりもみ状に蛇行させる。

この攻防の間に、アルトのパイロットがかなり破天荒な戦闘スタイルだということは身をもって知った。
なるほど、彼の生徒達には荷が重い相手だ。

そろそろあちらの仲間も到着する頃だろう。生徒全員を無事に帰還させる為にも、このアルトだけは己の手で対処しなければならない。

このまま岩壁に擦りつけて引き剥がす事を考えるが、しかし先手を打ったのはアルトだった。
ポルタノヴァのコックピット内のコンソールに、けたたましい警告音と共にバインダーシールドに異常発生の表示。

急ぎカメラアイを両肩に巡らせる。
右側のバインダーシールド基部にEXAMACS用の小降りなコンバットナイフが刺さり、火花が散っている。

この揉み合いの最中、抜け目なくシールドにも攻撃を加えていたのだ。
ただでさえアンバランスな重量での飛行中に、シールドでの姿勢制御を失った機体が、凄まじい速度で落下していく。

『しょ、少佐!?』

機内に届く部下の、不安な叫び声。
今はそれに応える余裕はない。

これから訪れる衝突の衝撃に備え、もはやバランサーとしては用をなさなくなったシールドを、前面に移動させる。
あわよくば互いを緩衝材にしようと組み合いを続ける両機が、轟音と共に空洞内の岩壁へと衝突した。

砕け散る石と粉塵がもうもうと立ち込める様を見ながら、またも射撃のタイミングを逸したまま、立ち尽くすアドニスの部下2機。

そのうち1機が、数秒の逡巡を見せた後、足元のアーティファクトへと手を伸ばしーーーーー


一方、フランクが侵入した側の洞穴内通路では、マンザ、ジミーの両名が行動を開始しようとしていた。

『5分経過、か。そろそろフランクのロイロイも戻った頃だ。俺達も移動するぞ』

『はい。ええと隊長、さっきの報告だと5機でしたっけ?その···いるわけですよね?敵が』

『心配するな、そっちは俺とフランクで対処する。お前はアーティファクトを運び出すだけでいい』

『ほ、本当ですよね?やっぱり俺も戦えとか言わないですよね?』

『言ったところで、そんな震えてちゃ照準も合わせられないだろう』

器用にアルトの肩をすくめるモーションを見せながら、自機の待機状態を解除して立ち上がらせる。

落ち着かぬ様子で続くジミー機を先導し、そのまま洞穴を進行すること、ものの数分経った頃だろうか。

ズゥゥン、と重く響く音と、微かな振動を感じた。

「···おいおい、まさかあいつ」
マンザの顔に渋面が浮かぶ。

『おいフランク、今の音はなんだ?何があった』
無駄だと分かりつつも、長距離無線を試みる。
案の定、応答は無しだ。おそらく無線のスイッチは切られている。

「はぁ···またかよ」

命令違反の常習者。そんなものは、この火星任務に当たるエクスプローラーの中では珍しくもない。
そもそもが重大な軍規違反を侵した者や重犯罪者達で構成された、ならず者の寄せ集めだ。

そして彼の部下フランクの場合は、度重なる独断専行が、結果として突破口に繋がることも多々あった。

「あの野郎、今回の獲得ポイントで1杯おごらせてやる」
つまりは暗黙的に彼の行動を容認するという事だ。

続くジミーも
「え、またですか?あー···フランクの奴、また俺にドヤ顔で自慢してくるんだろうなぁ」

2人揃って嘆息する。

ジミーより階級も火星での経験も上であるフランクだが、彼もマンザもジミーには正規の連合軍下士官のような振る舞いを求めなかった。

火星任務において、同じ小隊の仲間は家族も同然というマンザ達の持論だ。
まだ成人手前の最年少、かつ自らエクスプローラーに志願したという稀有な経緯を持つジミーは、さしずめ隊の弟役として世話を焼かれている。

「仕方ない、俺達も急ぐぞ」

「ですね。アイツのことだから勢いでアーティファクトまで壊しかねないし」

困り者の兄を迎えに行く父親と弟のように軽口を叩き合いながら、進行速度を上げる2機のコックピット内に届いた通信はしかし、フランクの悲痛な叫びだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?