30Minutes to Mars第2話「悔恨」①

また一機、撃墜された。


空中で動力を失ったアルトは、黒煙をたなびかせた鉄の塊となり、眼下の市街地へと墜落していく。

数秒遅れて下方から、大質量の鉄塊が激突した轟音と、瓦礫や鉄クズの混ざった粉塵が巻き起こる。
その場に居たであろう住人達の悲鳴や恐怖に引き攣る顔は、それらの音と粉塵に掻き消された。

彼等の最期の瞬間を直視せず済んだことに後ろめたい安堵を覚えながら、再度前方へ向き直る。

機内サブモニターを一瞥すると、後方の市街では、先に撃墜された二機によって引き起こされたのであろう火の手が、徐々に上がり始めている様子が見えた。


状況は最悪だった。


彼等マンザ小隊は、当時混迷を極めた地球全土の紛争において、長年自国の為に戦い続けていた航空兵であるマンザ大尉、及び正規兵の不足によって民間から補充された、若き志願兵達四人とで混成された、評価試験用の新設部隊だった。


旧世紀から続く、新型航空兵力の各種試験という慣習を残した同基地では、エグザマクス・アルトに装備する新型フライトユニットを装備した五機での評価試験を兼ねたレッドフラッグ(模擬戦)を、敢えて長い実戦経験を持つパイロットVS経験の浅い複数人のパイロットという組み合わせで実施した。

操縦自体にはそう長い訓練を要さないエグザマクス同士の戦いにおいて、パイロットの熟練度の差を、新型装備でどこまで埋められるのか。

そんな変則的なレッドフラッグの最中に、スクランブル要請を受けた。


突如として所属不明のエグザマクスが世界各地に現れた。その内の二機が、市街地上空から侵攻中。
おそらく目的地は市外近郊にある、マンザ達の航空基地だろう。なんとしてでも侵入を食い止めろという指示だ。


急ぎ、有事に備えて携行していた火器のセーフティを解除しつつ現場へと急行すると、目の前を翔ぶ、同じくあちらもフライトユニットと思しき装備を着けた、見慣れぬ機体に遭遇した。

これまで自分達が見てきたアルトとは、一見して違うコンセプトの機体だと分かる曲線的なフォルム。
性能も作戦目的も見当がつかぬ相手ではあったが、数の優位で各個に撃破するプランを採った。

だが不運なことに、あちらは手練れだった。
一機が不意の先制攻撃で撃ち落とされ、更に別の敵機を相手どった一機は、相手の機動力に終始翻弄され続けた結果、マニューバを誤り高層のマンションへと激突した。

そして今、新たに一機が撃墜。
マンザ以外に残る僚機はすでに、もう一機のみ。

無理もない。彼等マンザ小隊はあくまでも評価試験用の部隊、かつマンザを含めた全員がエグザマクス同士の実戦など経験した事はないのだ。

現場への距離が近い、というだけの理由でいきなり対応させようしたのは基地司令部の明らかな判断ミスだが、各地に現れた未知のエグザマクスへの対応に追われ、指揮系統が混乱していたのも無理からぬ話だった。

そして隊を率いるマンザ自身、無茶な要求であれ達成できると過信したのもまた事実だ。
エグザマクスが台頭した地球圏全土の紛争において、それらにイニシアチブを取れる数少ない旧来兵器の一つが、航空戦力だった。

これまでに七年もの間、戦闘機乗りとして対エグザマクス戦での戦果を上げてきたマンザにとって、いきなりの辞令で、当のエグザマクスパイロットへの転向を言い渡された事への不服が無かったといえば、それも嘘になる。だが。


これからは空の主役もエグザマクスになる━━━
転向時に聞かされたそれは、目の前を翔ぶ所属不明の二機を見ても明らかだ。


人型の利点を活かし、ある時はビルの壁を蹴りながら軌道を変え、ある時は手にする近接武器を器用に持ち替えながら高架を分断し、後続機の頭上へと破片を見舞う。
こんな型破りな戦法は、旧来の戦闘機では実現出来なかったことだ。

そうして破片を避けそこねた最後の僚機も落ちてしまった。


残るは自分一人。


敵機と同じく自由に動かせるはずの、手脚が重い。
これまで乗ってきた愛機には、こんな物は着いていなかったのだ。
操縦方法は簡素だが、如何せん空気抵抗を受けのたうち続ける四肢の制御には経験が足りなかった。

地上を行くエグザマクスに高高度からミサイルを撃ち込んでの、一撃離脱。

長年の愛機であれば。相手が地を這うエグザマクスであれば。
これで事足りていたはずなのに。


どうすればいい。
望まず手に入れてしまったこんな五体を、同じく空を行く相手にどう扱えば正解なんだ。


水中で自身から吐き出された泡にまみれ、もがくような感覚。
空で溺れるというのか━━━━━━
焦りと恐怖、苛立ちがない混ぜになったマンザの耳には、基地から応援の迎撃部隊を出動させたという通信すらも届いていなかった。


ふと、前を行く二機の片割れがこちらへ向き直り、手にした長柄のブレードをこちらへ振りかざす姿が見えた。
モニター越しに、所属不明機の無機質な単眼と目が合い━━━━━━


「━━━っ!!」

自身の声にならない叫びで、目覚めた。


全力疾走直後のように心臓は激しく鼓動し、全身が鉛のように重い。
ぐっしょりと汗ばんだ背中とは対照に、乾いた喉がいやにひりついた。

まだ呼気の荒いまま周囲を見回し、慣れ親しんだ自室の風景を認めてから、ようやくフッと息を吐き出す。


身を覆う虚脱感に頭を押さえながらも、簡易キッチンへとおぼつかぬ足取りで向かうと、クーラーボックスからミネラルウォーターを手に取り、喉を鳴らして飲み干す。

まただ。


仲間を失うたび、繰り返しあの時の夢を見る。

あの襲撃は、セカンドゲートを越えて現れた惑星バイロンの襲来「インデペンデンス・デイ」の一環であったという事、遭遇した所属不明機はそのバイロンの主力機、ポルタノヴァだった事は後から知った。

そして彼についたばかりの部下達のみならず、市民にも多大な犠牲を出してしまった事も。

そうして自分だけが生き残ってしまった事への贖罪として、地球を遠く離れた火星での任務を選んだ。
この地に来れば、少しは悪夢も晴れるかと淡い期待を抱いていた。

結果この数年で得た教訓は、どれだけ足掻こうと過ちは取り返せないという、救いとは対極の事実だけだった。

それどころか、この星に来て尚も、現在進行形で過ちを重ね続けている有様だ。
先日喪った部下の顔がよぎる。

振り払うようにかぶりを振って、窓を開ける。

彼の居る場所はケイブ、その名の通り洞窟内に設えられた拠点だ。

彼が兵舎の自室から見る景色も、並びの兵舎以外にはただの無骨な岩肌と、そこかしこに立てられた照明のみ。

今が深夜なのか早朝なのかも窺えぬため、枕元のタイマーを振り返り、ほんの二、三時間で目覚めてしまったことを確認する。

どうりで身体も重い。
諦めて、この重さに任せて眠り直そう。


「なぁ、いつだ。いつになれば終わる?」

誰もいない虚空へと、マンザ自身も"何を"終えたいのか分からぬままに、誰とも分からぬ存在に問いかけた。


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