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30Minutes to Mars第1話「火星」④

『隊長!隊ちょ···ウオォォォォォォ!!??』

目的地まで半ばほど進んだ2機に、悲鳴交じりの通信が飛び込んできた。

『フランク!?どうした、無事か!』

ただならぬ声に、身を乗り出しながら問いかける。

『すまねえ隊長、やっちまった!奴ら、アーティファクトを起動しやがった!こりゃクラスAの化けも···!!』

悲痛な叫び声にノイズが重なる。
と同時に、先ほどの比ではない激しい振動が洞穴全体を震わせた。

「クラスAだって!?」
必死で姿勢制御を試みるジミーが、悲鳴に近い声を上げる。

『フランク、今の音はなんだ!?状況を報告しろ!おい!』
いつも余裕を崩さないフランクのただならぬ様子に、マンザの脳裏にも最悪の想像が過ぎるーーーーー


フランクと敵の指揮官機が、共に空洞内の石壁へと衝突した直後。
互いに起き上がる事も適わずにもがく両機のモニタ全体が、青い光芒で埋め尽くされた。

『何をしている、ワジコ!』
自機と同じく至近距離で屈む相手の機体から、叱責の声が響いてきた。
意図せず振動を利用した接触回線、いわば糸電話のような状態になったのだ。

『少佐、すみません!援護します、離れてください!』

おそらくワジコと呼ばれたパイロットの声だろう。青いポルタノヴァの「少佐」に対しての、通信も聴こえてくる。

膨大な光量に曝され未だ表示が不鮮明なモニタではあるが、見ずとも状況の理解はできた。

新兵2機の足元にあったランチャー型のアーティファクトを、どちらかが起動したのだ。

『馬鹿な真似はよせ!まだどんな性能かも分かっていないんだぞ!』

よもや接触回線でこちらに筒抜けになっている事にも気付く余裕は無いのだろう。必死な形相が目に浮かぶほどの剣幕だ。

フランクにも事の重大さは理解できた。故に、背筋を冷たい汗が伝う。


アーティファクト。

他ならぬ、彼等をこの火星の地へと招いた元凶となった超兵器群の総称だ。

第二次ゲート出現によるバイロンの地球侵攻と共鳴するように、各地で頻出するようになった小型ゲート。
中にはバイロンが意図的に出現させたと思わしきゲートもあり、敵がどの程度までゲートの機能を掌握できているのかは現状で不明である。

だが、少なくともバイロンですら予測できないゲートも多数ある事は確かだ。
その根拠となるのが、これらアーティファクトの出現である。

ある時は超硬度の近接武器、ある時はエグザマクスに類似した機動兵器と思わしき機体の一部分、そしてある時は今まさに目の前にあるような、高出力のビーム兵器。

いずれも現行兵器を遥かに凌駕する性能を持ち、戦局を大きく左右する物ばかりだ。

そして本来ならばこの世界に存在するはずのない超兵器たちは、頻出する小型ゲートを通って現出すると目されている。

発見次第、速やかに確保せよ。

地球連合、バイロン両軍がそう厳命したのも、発見数の実に7割を占めるアーティファクトの大量出現地域である、この火星に兵を送り込んだのも当然の話であった。

しかしアーティファクトは、決して万能の宝具ではない。
現代科学でも解析不能な高性能の兵器は、その扱い方を誤れば我が身を滅ぼす、諸刃の剣でもあるのだ。

特に今回のようなビーム兵器類は、出力の制御方法が確立できない内には使用を禁じられている、最も危険度の高いアーティファクトとしてカテゴライズされている。
バイロン側も、それは同様のはずだ。

起動実験すらも省き、即実戦で使用するなどおよそ正気の沙汰ではない。

このまま盗み聞きをしたところで意味は無い。
フランクは、自身も接触回線を利用しポルタノヴァへ叫ぶ。

『おい、アンタ!何を考えてやがる!』

『!?···アルトのパイロット。そうか、接触回線か』
少佐と呼ばれた男がフランクへ返答する。

『今すぐ止めさせろ!あれが子供のオモチャじゃない事ぐらい分かってるだろうが!』

異星人と思わしき存在ながらも、バイロン人の容姿と言語体系は、驚くべきことに地球人とほぼ変わらぬ事は判明している。
緊急時にこうして意思の疎通が図れる事は救いだ。

『無論だ。ワジコ聴こえるか!今すぐそれを停めろ!アーティファクトをいたずらに使用する事は許可されない!』

『そ、それが···』

焦燥を孕んだ声が弱々しく返る。

フランクがやや回復したモニタを凝視すると、本来は彼を薙ぎ払いたかったのであろう青白い光芒は、はるか狙いを外れ空洞内の上方を横薙ぎになぞっている。
光源を辿れば、そこには手にしたランチャーを必死に抑え込もうとするポルタノヴァが、そして付近には、同型の僚機"だったと思われる"下半身だけの物体が、ところどころを溶解させながら横たわっている。

『まさか···』
いや、こうなる事は明らかだった。
ビームに舐められた場所から順に崩れた岩壁が降り注ぎ、空洞内全体が眩い光の奔流に満たされる。

『少佐······少佐!助けてください!!アーティファクトが制御できません!!』
泣き叫ぶような通信が、フランクにも聴こえた。
『ワジコ、落ち着け!いいか、諦めずに制御を試みろ!とにかくそれを停止するんだ!』

「馬鹿野郎が···新兵なんざ連れてくるからこうなるんだ」
もはやアーティファクトの確保は不可能だ。
そう判断したフランクが元来た通路へ退避すべくモニターを向けると、ちょうど空洞内の入口に自身のロイロイが戻ってくる姿を捉えた。

「しまった!」
目まぐるしい状況の変化に、思わず失念していた。マンザとジミー、彼の仲間が今まさにこの場所へと向かってくる頃合だ。

一刻も早く危機を伝えなくては。
突入時からオフにしていた長距離無線を入れるとありったけの大声で叫ぶ。

『隊長!隊ちょ···ウオォォォォォォ!!??』
モニタだけではない。フランクの視界全体が、青白い光に覆われた。


『·····ンク!!フランク!!どうした、無事か!?』

「う···ぅぅ···隊長?」
耳元のスピーカーから響く声に、混濁した意識から覚める。

あまりの眩さと、極大なビームの直撃を受けたと錯覚した事で、数秒ではあるが意識がシャットアウトされていたようだ。
慌てて周囲の状況を確認する。

まず身体は五体満足だ。コックピット内ににも目立つ損傷はないが、モニターは完全にブラックアウトしている。
とにかく通信機能は生きているようだ。急ぎ呼びかけに応える。

『すまねえ隊長、やっちまった!奴ら、アーティファクトを起動しやがった!こりゃクラスAの化けもんだ!!』

救援を求めるのは無理だ。外部スピーカーからは、錯乱してオープンチャンネルで助けを求める叫び声と、轟音とが続いている。
こんな騒乱の中に呼び込んでしまっては、マンザ達まで危険にさらす事になる。

『アンタ達はとっとと退避してくれ!こっちはこっちでなんとかする!』

言いつつ操縦席下部にある、緊急時用のレバーを引き上げる。
これでマニュアル操縦に切り替えられたはずだ。

アルトのカメラ機能は完全に沈黙している。
やむを得ずメインモニターではなく、ここまでの移動中にマッピングされたデータを基に表示される、サブモニター内の3Dマップを頼りに移動する。

この間にも周囲から聴こえる阿鼻叫喚の悲鳴から、あの暴風のようなビームが、更に彼らの仲間を巻き添えにし続けている事は伺えた。

自機がこうして直撃を免れているのも、ただの偶然に過ぎない。
フランクは薄氷を踏むがごとき心境で、ゆっくりと機体を歩ませる。

すでにフレームはずたずたに歪み、一歩ごとに軋みを上げている。

あと少し。

もうあと数メートルの距離を行けば、洞穴への出口だ。

死中に見出した活路は、しかし3Dマップの生み出す幻影であった。

「ッッ!?」

おもむろにバランスを崩し、転倒する機体。

リアルタイムの外部の様子が見えないフランクには知りようもなかったが、すでにその場は暴走するビームに焼き崩された、瓦礫に囲まれていたのだ。

『フランク!?状況を報告しろ!おい!』

集中していた為に、マンザからの通信が耳に入っていなかったようだ。

『あー隊長、すまねえ。いよいよここまでみたいだ』

もはや打つ手はない。
最後の足掻きが徒労に終わったことを察すると、フランクの胸に去来したのは無念さでも怒りでもなく、言いようのない寂寥感だった。

『お前···何を言っている?俺もすぐそちらへ向かう!どうにか持たせろ!』
その言葉と同時に、付近にビームの端が着弾した。
機体の損傷を告げる警告を見ながら、冷静に告げる。

『···ダメだ。今掠っただけでアルトの半身が吹き飛んだ。これ以上は動けない』

『なら俺が運び出してやる!いいか、諦めるな。機体を捨ててでもこちらへ来い!』

『こっちは生身で出られる状況じゃないんだ。なぁ隊長、頼む。アンタ達だけでも撤退してくれ』

『フランク·····』

これで別れだと告げるように、通信を切る。
あちらにはまだ実戦経験の無いジミーもいる。
マンザの優秀さを加味しても、彼を連れて撤退するにはギリギリの頃合だ。

思えば長い火星生活だった。その殆どを共に戦ったマンザには、出来れば生き延びてほしい。


「あぁ、もうじき引っ越しだったか。しまった、あのピンナップ剥がしときゃよかったぜ。あいつ等に俺が赤毛好きなのバレちま···」

自嘲気味に笑うフランクの機体を覆うように、大量の瓦礫が降り注いだ。


洞穴から脱出したマンザ達が、その背後の岩山を振り仰ぐと、フランクが突入していた空洞あたりに位置する場所から、巨大な光の柱が立ち上がっている様子が見えた。

「あれがアーティファクトの光···隊長、やっぱりフランクは···?」
ジミーが、すがるようにアルトの頭部をマンザ機へと向ける。

「···今回は俺の判断ミスだ。アーティファクトの危険度を見誤り、あいつを単騎で送ってしまった」

「そんな!隊長は何も···」

『マンザ大尉!一体何が起きたんですか!?』

ジミーの言葉を遮るように、小隊のメカニック担当であるリリーの無線が届く。
アーティファクト護送の為に洞穴外で待機していたトレーラーからだ。

『任務失敗だリリー。目標は暴走により消失、確保ならず。我が隊はフランク少尉及びその乗機を喪失した。撤退するぞ』

『!!···了解です』

マンザの声に込められた沈痛さを感じ取り、急ぎトレーラーの反転指示を出す。

本来はアーティファクトを載せる予定だった荷台へと2機を誘導し、重い足取りで発進させる。

ふと、マンザの胸に言い知れぬ虚無感が押し寄せる。自分はあと何度、こうして部下を見送らねばならぬのだろう。

贖罪の為にこの地へと来たつもりが、また新しい業を背負っている。

モニター越しに流れる、岩と土ばかりの渇いた景色が、自分の心のようだと思った。


「なんだよあの光?先行した皆は無事なのか?アドニス少佐は·····」
同時刻、岩山を挟みマンザ小隊とは反対に位置する高台で、か細い声を上げる10名余りの者たち。
誰も、歳の頃は十代の半ばほどの若者だ。
皆一様に、およそ戦場にはそぐわぬ不安げな様子で顔を見合わせあっている。

彼等がアドニスの「教え子」もとい、アドニス小隊の部隊員たちであった。

『アドニス小隊各員に告ぐ。間もなくこの一帯は崩落する。総員、巻き込まれぬ内に離脱せよ』

「少佐!ご無事でしたか!」
聞き慣れた声の頼もしさに、通信担当の者が破顔する。

『およそ無事とは言い難いが、どうにか退避はできた。お前たちも急げ』
徐々に鮮明になる音声と比例するように、スラスターを噴かせたアドニス機が近付いてくるのが見えた。

「あ、あの!グレイ達はどうなったのですか!?」
一人が、皆の内にあった疑問を恐る恐る問いかける。

『·····彼らはアーティファクトの暴走により戦死した』

「そんな!」
にわかに動揺が広がる。

『このままでは我々とて無事ではすまん。急げ!』

ざわめく部下たちの待機地点まで到着したアドニス機が、それを一喝するように身振りで退避を命じた。

「は、はいっ!」

こちらはポルタノヴァの投入機数に応じて、運搬車両も大掛かりなものだ。
足並みが揃わぬままに撤退作業を始める部下たちへ、逐一アドニスが指示を出しまとめていく。


『アドニス少佐、あちらの残存部隊も撤退しているようです』
ようやく支度を終え、拠点までの道を走り始めた各車両に並走するアドニス機へ、部下からの通信が入る。

見れば、こちらが走る高台の遥か下方に、1台の大型トレーラーが走っている。
荷台に見える2機のアルトは、おそらく先ほど崩落に巻き込まれた機体の僚機だろう。

『捨て置け。戦う意思の無い者は、もはや敵にあらず。今は我々も生き延びる事を最優先とする』

『はい!』

『それに些か小ぶりだが、手土産も拾えた。いくらか作戦失敗の補填にはなるだろう』

そう言ってはみせたものの、幾分かは自分への気休めだった。
これだけの損害を出した以上、ただでは済むまい。せめてこの「教え子」達はどうにかして護らなければならない。


そんなことを思いながら彼方の稜線を見つめると、煌々と太陽が上り始めている。

地球よりも少し早い、火星の夜明けが彼等を照らし始めた。

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地球軌道上に突如として空間転移門(ゲート)が現れた、スカイフォール事件から数十年。
人類は、拡張型モジュール結合システム、通称「エグザマクス」と呼ばれる機動兵器を主軸に置いた世界紛争に明け暮れていた。

そんな折、再び地球軌道上に現れた空間転移門から、地球人に酷似した容姿を持った惑星バイロン人が、地球に対して戦線布告。
地球のエグザマクス「アルト」によく似た機動兵器「ポルタノヴァ」で各国に攻撃を開始した。

迎え撃つ各国は地球連合軍を結成。
地球全土が、人類史上初となる惑星間戦争の舞台と化した。

そして開戦と呼応するように現れたアーティファクトの数々を巡り、地球から遠く離れた不毛の大地、この火星は一躍戦場となった。

今日のような出来事も決して珍しくはない。
死と隣り合わせの探索任務に当たる、地球連合軍所属のエクスプローラーズと、バイロン軍所属の星遺物回収大隊。

地球軌道上の初代ゲートを使いこの地へ訪れる者たちは、口々にこう言う。

ゲート通過時の体感時間はおよそ30分。

片道30分の、地獄への旅だと。


30Minutes to Mars第1話「火星」・完


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