30Minutes to Mars第3話「DOG FIGHT」②

━━━一号車上空━━━
「アドニス小隊各機に告ぐ。目標上空へ到達。これよりアーティファクト奪取作戦を開始する」

『『了解』』

闇の中、森林地帯上空に浮かぶ機影。
先頭を行くアドニスの号令に応えるのは、背後を翔ぶポルタノヴァ・アピスのレイジー・スラッカー中尉、そしてアドニス機と同じく蒼いカラーリングを纏った、ポルタノヴァ・スカラバエウスのソロン・アーネスト中尉。
両機とも地球の生物を模したアーティファクト、カテゴリー名アニマギアと一体化した機体を繰り、下方からの攻撃を警戒する。

やや置いた後方には、レイジーとソロンの招集に応じた部下達が、フライトバックパック装備の機体で追従しながら、次々と地上へ向け降下していく。その数、十。

「今一度伝える。輸送車への攻撃は極力避け、目標の確保を最優先とせよ。それまでの判断は各機に委ねる。私の無茶に付き合ってくれた諸君の命、決して無為に散らせるな」

「さすがアドニス少佐。私共などに何と過分なお言葉を···」

「まぁ、なんでもいいからさ。ちゃっちゃと終わらせて帰ろうよ」

思い思いの事を口にしながら、ソロン機とレイジー機も、それぞれ地上へと迫る。

すでに地球側は、一号車を吹き飛ばされた事を契機とした銃撃戦に突入している。
そちらは僚機に任せ、二人は中央に鎮座した陸戦艇を目指し、隊列左右を囲むように茂った樹木の上を滑空する。

「戦の定石。まずは頭を押さえる」

武人の顔を浮かべ、静かに呟くソロン。
ポルタノヴァ・スカラバエウスは地球の甲虫類を模したアニマギアとのハイブリッド機だ。
曲線的な装甲のラインはバイロン直系のエグザマクスのようにも見えるが、その耐久性能はノーマルのポルタノヴァを遥かに凌駕する。

現に今も、敵を本丸へ近付けまいと見舞われる護衛機の射撃を前面に被弾しながら、全く速度を落とすことなく一直線の飛行を続けている。

「このぉぉぉぉっ!!」

進行方向の地上から、護衛のアルト達が手にしたライフルや、脚部に備えたミサイルポッドの目標を、スカラバエウスに集中させる。
ライフルの弾は一点に集中して受けることでもなければ致命傷には至らないが、ミサイルともなれば、直撃は避けたい。
瞬時の判断から、スカラバエウス唯一の武装として両手に持った二振りのブレードを、機体の前で交差させる。

「···フッ!!」

タイミングを測り、呼気と共に気合いを吐き出す。
刹那、左右に袈裟懸けしたブレードが弧を描き、命中寸前だった弾頭を信管ごとXの形に切り裂いた。

「何だと!?」

驚愕の声を上げる護衛機は、ゼロコンマ秒後にスカラバエウスが通り過ぎると同時、弾頭の後を追った。

「ソロン君、さすが少佐が絡むとなると張り切るねぇ。めんどくさいというか、キモいというか」

スカラバエウスと並走するアピス機内で、呆れ混じりの溜息をつくレイジー。万一にも当人に聞かれては無事で済まないため、もちろん通信は切ってある。

『レイジー中尉、通信の相互リンクが途切れているぞ。マシントラブルか?』

即座にアドニスからの通信が入る。

『あーいや、手が滑ってオフっちゃってたみたいっす。問題ありません』

『気をつけろ。連携に支障が出る』

『了解す』

やはり久々の実戦は面倒だ、と頭を掻きかけたレイジーの眼前に、振り下ろされる刃。

「うお、危ねっ」

すんでで躱すアピスに、再度通信が入る。

『···貴様、よもや私に対して不穏当な事を考えてはいなかったろうな?』

ブレードを向けたまま問うスカラバエウス。
冷ややかなソロンの声には、先ほど地球人へ向けたものと同等以上の殺気が込められている。

『気のせい。ていうかソロン君、TPOって知ってる?』

戦闘で昂揚した第六感のなせる技だろうか。
これは更に面倒だぞ、と悩むレイジーの背後に、無数の銃弾が見舞われる。

「おっ、おっ?」

背面四枚のウイングスタビライザーに被弾し、緩やかに下降を始めるアピス。

『戦闘中に立ち止まるからだ。後は自力でどうにかしろ』

「···立ち止まらせた本人がそれを言うかな」

━━━五号車付近━━━
宣言通りに飛翔して行くスカラバエウスを見送りながら、モニターに表示された損傷箇所をチェックする。
フライトユニットそのものは無事だったが、スタビライザー四枚の同期が外れてしまっている。姿勢制御は当面の間、難しそうだ。
地表に降り立ったアピスを、一機のアルトが出迎える。

「仲間割れか。所詮は宇宙人だな」

こちらに伝わるようオープンチャンネルで言い捨て、ライフルを向けるアルトに

「生憎うちは個人主義でね。ほら、つるむのって色々と面倒だろ」

と軽口で返す。

「ほざいてろ!」

背後を撃った時と同様、無数の銃弾はアピスへと向かう。
しかし、

「なっ!?前が···」

アルトの眼前に、激しい砂埃が舞う。
アピス背面四枚のスタビライザーは、それぞれが秒速数千回の小刻みな振動を起こす事で、空気との摩擦を利用し、姿勢を制御する装置だ。
その四枚ともを接地させ、地面を激しく揺さぶったのである。

「くそ!妙な真似を···」

横飛びに回避したアルトだが、砂埃の晴れた先には、並走するように跳んでいたアピスが居た。

「!しまっ···」

アピスの背面から前面へと回り込むように伸びた、アーム状のパーツが目に入った。先端は鋭利なニードル状となり、アルトに向けられている。
飛び道具だ、と察したパイロットの直感通り、こちら目掛けて射出されたニードルを、咄嗟に半身をずらし、躱す。
チッ、と装甲表面を掠めたニードルは、アーム状パーツとワイヤー接続されている。引き戻す前に接近し、がら空きの懐へ攻撃を仕掛ける···つもりだった。

「な、何っ!?」

ほんの僅か触れた装甲部分から、毒々しい色味の火花が散った。
それを契機に、コックピット内のモニターや計器類が全てシャットダウン。のみならず動力を失ったように、ガクリとその場に崩れ落ちるアルト。

「スラッカー家の家訓。"無駄な労力は使うな"ってな。悪いが、面倒な撃ち合いやチャンバラに付き合う気はないんだ」

ニードル部分にほんの僅かでも触れた電子機器に、ウイルスを流し込んで強制的に機能停止させる。
これはポルタノヴァ・アピスに組み込まれたアーティファクト本来の能力ではなく、レイジーがバイロン火星方面軍の技術班に難題を押し付けて、実現させたシステムだ。

ウイルスプログラムは都度再構築され、解析による対策を防ぐ。リプログラミングには数分を要するという欠点を持つものの、こと接近戦においては、ほぼ無敵の能力だろう。

「くそっ、動け!動け!」

停止したアルトの中で半狂乱になるパイロット。
この攻撃を受けたが最後、向こう一時間は機能不全に陥る。
それを見下ろすアピスへ、先と同じくアドニスからの通信が入る。

『レイジー中尉。分かっているとは思うが、くれぐれも無駄な殺生はするな』

『そんなめんどい事しませんって。恨みつらみなんて買っても、ろくな事になりゃしない』

行動不能となったアルトを置いて先へ進もうとしたレイジーだったが、その前に新たな機影が立ちはだかる。
脚部を大型化させ、背面に備えた履帯を駆使し悪路に対応した機体。
陸戦仕様アルトと呼称される、特別機だ。

「残念だがここから先、地球人以外は通行禁止だ。お帰り願おうか」

不機嫌さを露わにした声。
周囲の森からも、前後左右を取り囲むように次々とアルトが現れた。
その数四機、ニール大尉率いる第72小隊だ。

「はぁ、次から次へと面倒な···これじゃ家訓を守れって親父にどやされちまうよ」

モニター内に表示された、ウイルスのリプログラミング時間は数分先だ。
アピスに備わる武装といえば、他は両掌に内蔵されたビームマシンガンを残すのみ。
複数を相手取るにはやや不足と言えたが、

「ん〜·····まあいいか。あんた等が相手なら大した手間も掛からなさそうだし」

「なんだと?」

挑発するようなレイジーの言葉に、ニールの声も険しさを増す。
辺りに、張り詰めた空気が充満していった。


━━━陸戦艇内、司令室━━━
「相手は空中戦装備ばかりか···我々の泣き所を突かれたな」

モニター一面に次々と飛び込んでくる戦況を見ながら、ラーク司令が独りごちる。
副官はそれを聞く余裕もなく、こちらへ向かうスカラバエウスの迎撃指示を飛ばすのに精一杯だ。
エクスプローラーズは軍隊ではなく、あくまで火星に眠ったアーティファクトを確保する事こそが至上命題の、発掘者集団だ。
アーティファクトは地表に埋もれているか、洞窟内部にある事が多い。
地球連合から制式装備の供給を受けられる事も滅多にない為、自前で機体を用建てねばならない彼らの殆どは、使い所の少ない高価な飛行用装備より、地上での戦闘や発掘作業を効率良く進められる装備を好んだ。

「これだけアルトが居て空戦対応は六機だけか!?ならそいつらをこちらの防衛に回せ!」

副官の怒号を聞きながら、ラークは最悪の事態を想定し始めた。


━━━森林上空━━━
「飛べる者も多少は居たか」

ソロン達を送った後は戦場の様子を俯瞰で見ながら各機に指示を出していたアドニスに対し、フライトバックパックを装備した、数機のアルトが迫っていた。

先ほど「何故か」隊列ごと動きを停めていた先頭車両を撃ち抜いた時と同様の結果を得るため、手にした高出力のレーザーライフルを構える。

悲しいかな、普段の任務では無用な戦闘を避けるように努めるエクスプローラーと、教導隊の訓練含め常に実戦を想定していたアドニスとでは、対エグザマクス戦の技術は、獅子と赤子に等しい。
加えてアドニス機の胸部装甲は、それまでの通常装甲に代わりアーティファクト解析の副産物である、高出力の飛行補助ユニットに換装されていた。彼のフィールドである空中戦をより攻撃的に進化させるべく、レイジーが取り付けた物だ。
航空機のジェットエンジンを小型化したようなそれは、機体下方に向けて伸びたバーニアからの推力で、瞬時に機体を真上へと運ぶ。

力づくで敵機上空に生み出した死角から、ライフルを斉射する。

アドニスを見失ったと思った瞬間に真上からの直撃を受けた二機が、なす術なく森林へと落下していく。
墜落と同時、爆炎に舐められた木々が燃え広がり、空と地上とを赤々と照らし始める。

━━━九号車━━━
「隊長!こ、これって敵が優勢なんじゃないですか?」

「慌てるな。お前はリリー達をしっかり守れ」

そう答えたマンザ自身も、前方のそこかしこで上がる火の手が、全て自陣営の被害である事には気付いていた。
後方からも、飛行用装備を持つ者は陸戦艇の護衛へと駆り出されたが、上空から落とされた二機以外も、すぐに同じ結果を辿るだろう。

最悪、積荷は放棄してでも生き延びる事を優先しなければ。
そう考えるマンザの方角へ、空中のアドニス機が向き直る。

「!」

咄嗟に身構えたものの、あれを捕捉することは至難の業だと理解していた。
半ば無意識に輸送車とジミー機を庇うように前へ出たマンザ機に、見る見る蒼い機影が迫る。

それを追う飛行用装備のアルト一機が、近接用ブレードを振りかざし、背後からアドニスを狙う。

そちらを振り返る事もなく、アドニスは左手に持った高周波ブレードを横長に払った。
左右の樹木が数本ずつ倒され、追撃機の眼前を塞ぐ。


「!!」


遠目に見ていたマンザに、衝撃が走った。

「あのモーションは·····!!」

エグザマクスのモーションパターンには、それぞれ操縦者の微細な癖までもが反映される。
敵機の太刀筋は、見覚えがあるなどと生易しいものではない。
今でも、毎晩のように悪夢の中で見ている動きそのものだった。


不意の倒木に対応出来なかったアルトは、そのまま木々に押し潰され、付近の八号車もが、コンテナごと巻き添えとなってしまう。

「む?」

ひしゃげたコンテナの中身を検めるよう、滞空するアドニス機。

「いや、似た数字だがこれではなかったか」

呟くアドニスに、付近の護衛機が一斉に銃口を向ける。

「悪いが、貴様らに用はない」

言うやいなや直上へ飛翔しつつ、今しがた確認した輸送車を撃ち抜く。

盛大な誘爆は倒木ごと巻き込んだ火の手を上げ、アドニスを狙っていた護衛機達も、慌ててそれぞれの小隊を庇うため背を向ける。


「キャッ!」

「うわっ!」

「みんな、無事か!?」

マンザ小隊も例外でなく、みすみすとアドニス機を更なる後方へ見送るよりなかった。

「な、なんとか無事です。
あいつ···陸戦艇の攻撃にも加わらないようだし、もしかして何か特定のアーティファクトを探しているんでしょうか?」

輸送車からの返答に胸を撫で下ろしたいところだが、今のマンザは何よりも逸る気持ちを抑えられなかった。

「おい!俺も飛ぶぞ!」

輸送車に掴みかからん勢いで、マンザのアルトE1が迫る。

「は?大尉、いきなり何ですか!」

リリーの代わりに答えたのは、輸送車の運転を担当するメカニックチームのスタッフ、ビリーだ。

「あいつを追うんだよ!もう出せるフライトユニットは無いのか!」

「む、無茶言わんでください!そんな物、あるならとっくに出してますよ!」

「さっき落とされた奴のを回収してくる!それならどうだ!?」

「無理に決まってるでしょう!この場で直せってんですか!?」

突然豹変したマンザの剣幕に、ビリーもただ戸惑うばかりだ。

「···十二番のコンテナを開けて」

横から、リリーがぽつりと指示を出す。

「リリー少尉、いきなりどうしたんです?十二番はランクBアーティファクトの·····少尉、まさか貴女まで!?」

「起動させる時間も必要なの、早くして」

ビリーとは対称にはっきりと落ち着いた声音で、リリーが見つめる。極限状態下の錯乱でない事は、その目を見れば明らかだった。

「な、何を考えてるんですか!?あれは地球行きの貴重なサンプルなんですよ!こんな時にみすみすバイロンに渡りでもしたら···」

「どのみちこのままじゃ、アーティファクトなんて根こそぎ全部持ってかれるわよ!責任は私が持つから、早く!!」

戦闘要員でないリリーには、だからこそ戦場を俯瞰で見て得られる気付きがあった。

敵部隊は、不退の覚悟で臨んでいる。
その決意から来る"力"が、単なる戦闘経験の差だけでは埋まらない物量差を覆す、ここまでの一方的な展開を生んでいるのではないか。

そして、今この場に居るマンザからも、同じように強い決意を·····"力"を感じる。
ならば、あるいは。

『隊長、今から急突貫でアーティファクト換装作業をします。アルトE1の背面を、こちらの荷台に向けてください。ジミーさん、クレーンは使えないからあなたのE3で手伝って』

『わ、わかった!』

輸送車の荷台へ向かう二機のアルト。

マンザ機の眼前で、輸送車からの遠隔操作で解錠されたコンテナ上部が開いていく。

「これは···」

中身を確認したマンザの目に、光が灯った。


━━━五号車付近、森林━━━
「···ふぅ、行ったかな?」

遠くに銃撃音を聴きながら、レイジーは森の奥深くで息をついた。

彼と対峙していた72小隊が彼を追ってきている様子は、ない。

「思った通り、あの手の奴は手間がかからなくていいね」

先の挑発的なやり取りの後、レイジーが取った戦術は非常にシンプルだった。

森の中へ逃げ込んだのだ。

これでバイロン憎しと血気盛んに追ってくるような相手ではなく、むしろ陽動された先に伏兵が潜んでいる可能性も考え、最優先である護衛に戻ってくれる相手だと見積もっての選択だった。
どうやら賭けは成功のようだ。

「さてと、そろそろソロン君の手伝い行こうかな。あんまり待たせると後が面倒だ」

すでにリチャージの完了したニードルアームをプラプラと遊ばせながら、木々の合間を進んでいく。

━━━陸戦艇前方━━━
「あの怠け者はどこで油を売っているんだ···!」

いつまでも追い付いてこない僚機に毒づきながら、一斉射を続ける護衛機達の周囲を走りつつ、距離を詰めていく。
長距離飛行に適さぬスカラバエウスの小ぶりな羽根では、アドニス機のような空中戦は到底真似出来ない。
短期決戦を狙っての単騎特攻はしかし、陸戦艇を護衛する圧倒的な物量を前にして、攻めあぐねていた。

「はぁぁぁっっ!!」

気合い一閃、新たに一機を切り伏せるも、間髪入れず周囲から繰り出される射撃に再度回避運動を取る。
対弾性能を高めたスカラバエウスとて、ひたすら銃弾の雨に曝され続けては、ダメージの蓄積は避けられない。
指揮系統にプレッシャーを与えている間に、どうにかアドニスが対象を確保するよう祈るのみだ。


━━━陸戦艇内、司令室━━━
「これだけの数を相手に、化け物か···!」

スカラバエウスの戦闘を目の当たりにし戦慄する副官を横に、ラーク司令は一人冷静に戦況を分析する。

「いや。突出した戦力は多くないようだ」

隊列最前から進行していた飛行用装備のポルタノヴァ十機と、各小隊との交戦状況を見ると、互いに数機ずつの損耗は出しつつも拮抗していた。

「もしかすると、あちらも正規の部隊ではないかもしれんな」

「しかし、現に一機はこうして目の前に迫っていますぞ?」

「迎撃の手を緩めねばいい。あちらも、手当り次第にアーティファクトを奪おうという訳ではなさそうだ」

「では、奴らの目的は···」

「これを退けたらゆっくりと考えようじゃないか」

━━━九号車━━━
輸送車の荷台から積荷のコンテナは全て降ろされ、代わりに真紅のエグザマクス···マンザのアルトE1が背中を預けるように立っている。

その背に、ジミーのアルトE3が抱え上げたアーティファクトが接続され、リリー達メカニックスタッフ総動員で調整作業を行っていた。

「分かっていると思いますけど、モーション毎の推力バランスなんて設定している時間はありません。全てマニュアル操作で行ってください」

「い、いくら何でもそれは無茶なんじゃ···」

怖じけるジミーとは逆に、マンザは事もなげに「ああ、勿論だ」
と言い放つ。

「ジミー、これが最後になるかもしれないからな。言っておきたい事がある」

「いきなり何ですか、縁起でもないこと言わないでくださいよ」

「いいから聞いてくれ」

あまりに真剣な声色に、ジミーも黙って聞くよりなかった。

「昔、地球に居た頃の話だ。俺の任務は、とある航空基地での評価試験用パイロットだった。元々は時代遅れの戦闘機乗りでな。
いよいよエグザマクスでも空を飛べるようになるぞってんで、さっきから見てるフライトバックパックあるだろ。あれの試作機を使った模擬戦を担当したんだ」

マンザのこうした過去を聞かされるのは、初めてだった。
だが何故こんな話を、と訝るジミーに構わず、話は続く。

「俺のいた基地の名前は、N空軍基地。ジミー、お前の故郷と同じN州の郊外にある基地だ」

「えっ」

「あの日···バイロンが地球に攻めてきた、インデペンデンスデイ。訓練中の俺達はスクランブルを受けて、都市部に侵攻したバイロンと戦った」

「隊長、まさか···」

「そのまさかさ。お前の母親の怪我は、俺が負わせたようなもんだ」

「·····」

「もし俺が帰って来れたら、その時は俺を殴り飛ばすなり、好きにすりゃいい。だが今は、今だけは俺の意地を通させてくれ。
向こうの蒼い指揮官機。あいつだけは、俺の手で決着をつけなきゃならん」

「···ありがとうございます」

「あ?」

ジミーからの予想外の返答に、間の抜けた声が出る。

「上手く言えないんですけど、なんとなく隊長なりのケジメをつけようとしてくれてるのは、伝わりました。だから、必ず生きて帰ってください。帰って、続きを話しましょう」

「···ああ。分かった」

告解のつもりで打ち明けた話だったが、むしろ死ねない理由ができた。
この青年の優しさに報いるためにも、必ず、勝つ。


「スピードを活かして戦ってください!その為のハルバードです!難しい事は考えず、接近して一撃離脱!頼みます!」

「そんな付け焼き刃が通用する相手じゃないだろうけどな···やるだけやってやるさ」

最終的に腹を決めたビリーの激励も受けつつ、右手に構えた機体全長に匹敵する長さの、両刃のハルバードを確かめる。

換装作業を終えたアルトE1の背には、今や新たな翼が生えていた。
アーティファクトクラスB、フライトユニット。
E1同様、火星の大地のような紅と、黒で彩られた翼を持つ飛行用装備だ。
理論値では、現行のフライトバックパックよりも高高度、高スピードで飛行する事も可能なはずだが、性能試験もそこそこに格納されていたこれを、ぶっつけ本番で実戦に投入する。
見送るリリー達も、背負ったマンザも、不安を消すように己を鼓舞しながらの作業だった。

『マンザ・ベアード!アルトE1、出るぞ!!』

紅蓮に染まりつつある森から、炎を纏ったような深紅の機体が空へと翔び立った。

数年ぶりの、空。

そこに置き忘れた物を、取り戻しに行く。

己の、誇りを。


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