締め切り#018 パンをつくる / 高橋みさと

最近なんとなくうれしい気持ちになるときはいつか、考えてみた。
まちがいなくうれしいのは、パンがうまく焼けたとき。

花や果物をビンに入れて、水を満タンにしてふたをする。一週間もするとしゅわしゅわと音を立てるほどの酵母液ができあがる。ふたをすこしずつ開けながら空気を入れると、勢いよくあふれてくる酵母液。ほかの雑菌に負けずに、酵母の力を引き出せたこと、それがまずうれしい。

元気のよい酵母と地粉を混ぜる。塩を少し入れて置いておくと、いつの間にかかさが増えている。ふたを開けると酵母の香り。どの酵母でも同じ香りがするのはどうしてだろう。
消毒したスプーンでそれをかき混ぜるときの緊張感はたまらない。ちょうど長芋のとろろに近いまとまりができていたら、元種作りが成功。もしも粘り気が少なければ、酵母が雑菌に負けてしまったのかもしれない。そのときはピザ生地にして食べる。
うまくいった元種は、「ねるねるねるね」みたいにいつまでも練っていたくなる。

発酵を重ねて、ふわふわになった生地を取り出すときはいつもドキドキする。酵母が作ってくれた気泡を壊さないようにやさしくあつかって、小さな鋳物の鍋に収める。
旬の果物や花から育てた酵母の活動が粉の中に詰まっている。その姿をみていたら、子供の頃、秋の林を走り回っていたときに、こんな大きさの真っ白いキノコを見つけたことを思い出す。指でつつくと穴が空き、胞子がしゅーっと飛び出して、しぼんでいく。確かそんなキノコだったはず。私の手元にあるキノコは、自分の指ではとてもつつけそうにない。

パンのクープがきれいに開いていたら最高にうれしい。うちのオーブンは小さいので、そこに入る鋳物の鍋は小さい。その鋳物の鍋に入るパンはもっと小さい。
元気のよいパンは、鍋の天井に着いてしまう。元気がないパンは、膨らまずに切れ目がそのまま残ってしまう。ちょうどよい大きさで、切れ目がしっかり開いていると、ああ、今日はご機嫌がよくてよかった、と成功の理由を考える前に胸をなで下ろし、そのあとにうれしさがじわじわ込み上げてくる。

焼き上がったパンを切り分ける時は少し緊張する。理想は、周りはパリッと硬く、中はちゃんと水分を保っている状態。
ゴツゴツしたパンを片手で抑え、思い切ってザクっと切ってみると、うまく焼けたかどうかがわかる。ほとんどの場合は発酵がうまくいかずに、みっちりと生地がつまって気泡ができないことが多い。まあでも味はおいしいからいいか、とゆるめに評価する。できたパンを軽く焼いて食べるときはいつでもうれしいのだから。

焼きたてのパンを食べるときはいつも、パン作りのうれしさに出会えてよかったなと思っている。

高橋みさと
長野県上田市生まれ。埼玉県飯能市在住。ライターとときどき経理業。
山歩きと散歩好き。


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