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愛されなかったこと

娘が育つに連れて年々確信が増す。

「あぁ、私の親は本当に私を愛してなかったんだな」

元来、私は子どもが好きなタイプではないし
やっぱり自分と親との関係を考えると子どもを産み育てる事はとても躊躇われて
子どもを産むことを望んでいなかったし、ましてや女の子を育てるなんて絶対無理だと思っていた。

でも色々あって結局出産することを選んだ。
正直0〜1才の頃は可愛いとも何とも思っていなかった。嫌いとも疎ましいとも思わなかったけど。
ただ「ここに来ちゃったのだから世話をするしかない」というのが本音だった。

とはいえ育てるからには無事に育ってくれた方が嬉しいという気持ちはあった(というより、無事に育ってくれないと私が今後大変になるから困ると思っていたかもしれない)から、1歳半頃からは彼女の発育の遅れにすごく悩んだ。
少しでも彼女の刺激になるようにと、毎日朝10時から17時まで、公園や子育てのひろばをはしごして過ごした。
2歳を過ぎて、言葉もある程度出て発育の方の心配が減ったら、今度は壮絶なイヤイヤ期があった。
表現できないほど本当に壮絶で、精神をやられて寝込むほどだった。
その頃は1分でも、1秒でも長く、娘と離れていたかった。
余裕がなさすぎて、イヤイヤ期MAXの約1年半、娘の動画や写真を私はほぼ撮っていないほど。

でもこんな、決して楽しい嬉しいだけじゃない時間をずっと積み重ねているうちに、気が付いたら娘のことが大好きになっていた。
だから彼女が喜んだら単純に私も嬉しい。彼女が傷付いたら私も傷付く。

こんな当たり前のことなんだけれども、私の親はこの感情を私に抱かなかったようだ。


友人で、すごく家族仲が良くてご両親も素敵だな、といつも思う子がいる。
彼女が小さい時、絵を描くのが大好きな彼女の為に、ご両親はいつでも絵を描けるようにと裏が白い広告などをまとめてくれて束にしてくれてあった、
というエピソードをある時聞いた。
きっとありふれた話なんだろう。でも私はすごく感動して、素敵なご両親に育てられたんだなと思った。

そういう感情から湧き起こる言動を、私は両親から向けられたことはない。
「これをしたら喜ぶかな」「これあの子が好きだから買って行こう」
私でさえ、恋人や友人相手でも普通に湧き上がる感情なんだけれど。
私を嫌ってるとも思えない両親なのに私にそれをすることはなかった。

両親は本当に私に興味が無かったのだと、今はよりハッキリと鮮明に輪郭が見える。

虐待された訳でもないし、衣食住は与えられていた。
実際、両親も虐げたい気持ちは無かっただろうと感じる。
ただ、本当に私に興味が無かっただけ。
私が何を好きであろうが嫌いであろうが、
私が何を考えようが、
私が何を感じようが、
私が何を喜ぼうが、
私が何に傷付こうが、
まったく興味が無かっただけ。

今は大人だからもう忘れてしまったけど、たぶん子どもの頃の私はすごく寂しかったと思う。
自分のことを分かって欲しいという気持ちがすごく強い人間になってしまった。
娘にも、たくさん分かってあげていたいと思ってしまう。

勝手にやりすぎて重くならないようにしないと。
でも寂しくはさせないよ。



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