短編小説 山羊のボク
その家の前に着いた。
まだ六時だというのに、あたりはぽっくりと暮れている。
表札には、「やぎ」とある。
山羊が、住んでいるのか。
黒色のプラスチックのインターホンの押す。
インターホン内蔵のカメラがピカリと、ぼくの顔を照らす。
ぼくも、山羊だ。
しばらく仲間には出会っていない。
たくさんの獣たちとすれ違ってきた。
ともに食卓を囲んで酒をわかちあったり、
満点の夜空を仰いでから、眠りについたこともあったりした。
でも、山羊とすれ違うことはなかった。
ぼくは山羊だけれど、自分がどんな顔をしているのか、どんな立ち姿をしているのか、一体全体どんなどんなだというのが、わからなくなっていった。
山羊の村で育ったときには、そんなこと、考えもしなかった。
だから、山羊に会いたいと思った。
だれでもいいから、どんな山羊(どんな山羊ってなんだ)でもいいから。
インターホンは、ピィン、ポーーーーンと、思っていたより、長めに太く響いた。
そのあたりは、年老いた動物たちが暮らす村だと聞いていた。
夜は、虫の声くらいしか聞こえない。
あまりに音がしないから、このインターホンの音でご近所さんが自分の家のインターホンが鳴ったと思って、みんなぞろぞろ外に出てこないかと、ふと心配になるほどだった。
そのインターホン機から、ガチャっと、相手が応答ボタンを押した音が、そのあと響いた。
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