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JAM

 お客にものを聞かれたとき、完結的確に答えなければならない。
 それが店員としての努め、商品はもとよりあらゆることに精通し、サッと答えられるのがよろしい。

 さ、理想はこのくらいにして、今日はなんと答えていいのかわからない話をしましょう。そろそろ、愉快なお客も紹介しないとだしね。

 接客は話術なので、お喋りできるスキルが求められる。
 時節の挨拶から入るもよし、お天気の状態を語るもよし。
 店を閉めるかどうか会議されるほどの台風でも、不思議と必ず客はいて、「えっ、よく来たな……っていうか、よく来れたな」という気持ちをこめて「まあわざわざ足元のお悪い中に……」と始まる。
 なので、話は商品のことだけとは限らない。普通の会話。つまり、返事の守備範囲は商品の勉強して広がるものでもないってことだ。
 考えが違えば会話のエラーは起こる。何かあるたびに「いやあ、世の中いろんな人がいる」と思え、人生経験を積み上げるいいチャンス……なのだが、暴投されてもこちらは店員なので、コート内に打ち返さなければならないのが難しいところだ。

 どう答えていいかわからない。そんな時もある。
 思いがけない方向に飛んだボール。あなたならどうしますか。ただし機嫌を損ねてはならない相手と喋っているものとします。

 うちの商品は配送も承っている。
 商業施設の規格で送ってくれる配送があり、施設内に配送センターを抱えているのでそこに出すのだ。そして、配送センターのお知らせは朝礼などで知らされる。
 例えば台風。そして地震など。
 日本列島、災害天国なのであらゆる配達の足止めイベントがわんさかある。そういう時に「配送は遅れる可能性があります」と通知がくるのだ。あ、マラソンだとかサミットだとかもそれに含まれる。本当に、しょっちゅう止まる。
 天災をおして期日に届けてくれる配送のお兄さんお姉さんたちに、我々は深く感謝しなければならない……

 で。その日も遅れると通達があった。
 かなり大きな地震があった日だ。道路が寸断されたと報道もあった。幸い、ここは揺れていない地域で日常は何も変わりはなかったが、あちこち大変そうだというのは既にニュースになっていた。
「今日は広い範囲で荷物が遅れる可能性があります!」
 我々も、お客様も「まあそうよねえ」と、荷物が届かない現状に納得していた。
 そんな中、来るお客様のひとり。「荷物を送りたいんだけれど」
 聞けば遅れる地域の配送だ。被害もそこそこにあると報道されていた。なので説明をした。
「はい、こちら昨日の地震の影響で、配送が遅れております。二日で届くところですが、三日、あるいはもうしばらくかかる可能性もございますが」
「えっ」
 お客様、不思議そうな顔をした。
「地震? 昨日の?」
「はい、昨日の影響で荷物が遅れておりまして」
「あらぁ……」
 本当に、本当に不思議そうに言ったのだ。
「ここは関係ないんだと思ったわ」

 おっ

 おん

 うん……それはそう……それでアナタはこの荷物を、どこに出すつもりだったんだい?

 外国で飛行機が落ち、ニュースキャスターが嬉しそうに「乗客に日本人はいませんでした」と言う。
 いったい僕は何を想い、何を言えばいいのだろうか。
 なんて、そんな歌もあった。いい曲だ。好き。
 そこまで難しい哲学問題なら咄嗟に言葉も出ないだろう。
 しかし、お客様に日本地図から説明しなきゃならない事態はどうなんだ。言えなかったけれど。「ともかく、そういうことですので」で押し切ったけれども。
 ところで、ボーカルの自伝によればこの曲の続き、「こんな夜はキミに会いたくて」の「キミ」とは、恋人などではなく、このころかわいい盛りの乳児だった自分の娘さんのことらしいですね。余談ですけど。

 ここをご覧の皆様に、ひとつ私は訴えたい。
 地震の翌日は配送が増える。本当だ。
 みんな、災害地に荷物を送ろうとするのだ。菓子とか。正直、落ち着いてほしい。
 困ってる人には生活必需品が先のはず。お見舞いの品など、もっと後で連絡を安心して入れられるようになってからでも遅くはないし、むしろ周りもそっちの方がありがたいと思う。配送もを圧迫することにもなるし、受け取る側の心の余裕もある。どうか、ご配慮いただきたい。
 そして、A地点からB地点に物を持っていくのが配送であり、どっちかが大変なら受け取れない、ということも、ご理解いただきたいですね。

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