ある祈り

少女の下腹と胸の奥、頭の中をちりちりと炙る炎。
それら全てを持て余し、ぱたぱたと自らに風を送る手のひらの先にある指先を、もう片方の手のひらで握ってみると、じんわり火照っていて、彼女は思わず笑みを溢した。

少女の中に存在する炎は、青く紫で真紅で漆黒で、そして純白でもあった。
でも、決して矛盾はしていない。全ての色彩が、発光しているのだから。

熱い、暑い、熱い、彼女はそう呟きながら這うようにして浴室に向かい、冷たいシャワーを浴び、熱を帯びた頭や、胸や、腹に冷水をかける。
少女の肉体は段々と透明になり、水と同化する。それが、彼女にとっては心地よかった。
そして少女はうっとりと、瞼を閉じる。

彼女はそっと、指先で唇を撫でた。
すると、未知の痺れが走り、ぶるりと体を震わせた。
ふいに、浴室の床に流れ落ち、排水溝に吸い込まれる自らの体液と、冷水の混じった液体の存在を意識した少女は恐怖を覚え、鳥肌を立て、一つ深呼吸した。
自分を纏う全ての汚れが、許せなかった。
今年の春、むせ返るような桜の匂いと共に生理が来てしまった時の絶望と苛立ちを、彼女は思った。

彼女は温い湯で満たされた浴槽に身を横たえ、思想以前の思いの欠片と共に沈んだ。  
すると、彼女の鼓膜は音で満たされた。
窓から入り込む月明かり、虫の鳴き声、夏の熱気。
それらは全て彼女の中では、救いを求める声に変換された。
少女を呼ぶ声は連なり反響する。
彼女は頭まで浴槽に沈み、息を止め、そして祈った。

救って欲しい、救って欲しい。

少女は胎児のように身体を丸めながら、声にならない叫び声を上げる。

私を、あなたを、家族を、私の好きな人を、私の嫌いな人を、虐待されて苦しんでいる子供達を、生きる事を望みながら、もうすぐ死を迎えてしまう人を、死を望む程に追い込まれている人を、殺処分されてしまう動物を、戦争で虐げられている人々を、病んだ世界を、地球を。 

あまりにも拙く、壮大な祈りは水面で揺らぎ、弾け飛んだ。

少女は息苦しくなって、湯から濡れた頭を出した。
彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、すっかり脱力している自分を発見した。
そして、きっと、私の祈りはどこにも届かないと思うと、悲しくなり、湯の中に涙を落とした。

彼女は先程の浴槽での祈り自体、きっと自分の中から、不安定な天候の中流れる雲のように、形を変えて消え去ってしまうことも、薄く自覚していて、それもまた、苦痛だった。

彼女はふいに乾いた笑い声を上げ、戻りたい、と呟いた。
少女は母親の温い羊水に満たされた、胎内に戻りたいのかもしれなかった。
そして彼女はそのまま眠りの世界に誘われた。
彼女の身体にへばりついていた熱は、いつの間にか消失していた。
少女は生温い湯の張られた浴槽の中で眠っている間、確かに胎児になっていた。

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