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Because of You

4月の末頃。私はランチ時間に学校のカフェでメイン料理のビュッフェ列に並んでいた。(*アメリカ東の私立校で教師をしています)
今日のメインはバーガーとサンドイッチ。色んな宗教と嗜好に考慮してベジバーガー、チキンバーガー、ビーフバーガー、フィッシュバーガーが並んでいる。
サラダが盛られた皿を片手に順番を待っていると大きな声が聞こえた。

”なんだよ、最後のチキンを取ったのかよ。俺はチキンが食べたかったのに!”
二人前に並んでいた12年生のV君だ。
彼の前に並び、チキンバーガーが皿にあるのは10年生のP君だ。
P君は ”あ、ごめん、僕もチキンが食べたかったんだ。でもV君にあげようか?”と優しく言い返す。
V君はそのまま皿をビュッフェの列にガシャンと置き、P君に

”俺はもうランチは食べない。あとで腹が減ったらお前のせいだ。チキンを食べるのが楽しみだったのに、お前のせいで食べられない。It's because of you--お前のせいだぞ。”と捨て台詞を吐き列を離れた。

残されたP君は苦い顔をしていた。そして彼もそのまま動かずに黙っていたので声をかけた。
”P君、気にしないでチキン美味しくいただきなさい。V君のことは気にしないでいいからね。”

P君はしばらく下を向いていたが、申し訳なさそうに私を見て 
”先生、僕ももうチキンを食べたくない。あんなふうに怒鳴られたらもうチキンを食べたくなくなった・・・先生が食べて・・・” と私に皿を差し出した。

私はベジバーガーを食べたかったのだが、そのままP君とV君が食べたかったチキンを食べる羽目になってしまった。


先日、V君が卒業した。
V君は卒業式までの何週間もカレッジカウンセラーに会うたびに
”あなたの推薦状が良くなかったせいでアイビーリーグに行けなかった、学校ののせいで俺のドリームカレッジに行けない” と文句を言っていた。

冬の学期に科学のテストでカンニングがばれて、0点で返された時も 
”K先生は俺をターゲットにして俺のカンニングだけを問題にした、他のやつもやってたはずなのに、俺だけ0点になったのは納得いかない。このテストは無効にするべきだ。先生のせいで0点だ。” とわけがわからないことを言っていた。
K先生はうんざりした様子で職員会議でその様子を私たちに教えてくれた。

去年の運動会で転んだ時は、”運動場のトラックが滑りやすかった。メンテ係のおじさんたちの怠慢のせいで転んだ!” とキレ散らかし、生活指導の先生に連れられて退場した。

V君の高校生活はいつも”誰かのせいで” うまくいかなかった。

成績が芳しくないのも、制服を着ていないことでペナルティがついた時も、希望していた選択科目に申し込みが遅れたせいで入れなかった時も、プロムデートに誘った女の子が他の男子とプロムに参加した時も、先生に授業中の態度が悪いと注意された時も、お金が足りずに”みんなが持っている”スニーカーが買えなかった時も。

いつもV君は誰かのせいで自分の思い通りにならないことを嘆き、まるで世紀の大罪の被害者のように振る舞った。
その”誰か”を攻撃することもあれば、校長先生に訴えにいったり、クラスメートに嫌味な暴言を吐きみんなを巻き添えにすることもあった。P君の時のように。

三十人ほどの小さいクラスの卒業式でV君は浮いていた。
一緒に写真を撮ったり、先生たちとハグをしたり、泣きながら卒業アルバムにサインをしたりするみんなを遠くからむすっとした表情で見ていた。
誰もV君に声をかける子はいなかった。みんな彼がいつ嫌味を言うか、どんな言いがかりをつけるか、何が原因でキレるのか、予想もつかないので自然と距離を置いていた1年間だったのだ。面倒なやつには関わりたくない。

V君はいつか高校生活を思い出す時に ”あいつらのせいで卒業式にひとりぼっちだった” とひとりムカムカするのだろうか。
ちょっとだけ可哀想になり、同僚とふたりで近づきV君におめでとうと明るく告げると彼は
”あぁ、先生たちのせいで俺の静かな時間が・・・” とため息をついた。
私と同僚はそのまま目配せをして何も言わず彼に背中を向け足早に離れた。

Because of you (お前のせいで)

なんと嫌らしい歪んだフレーズだろう。言っている本人の顔も心もフレーズと一緒に歪んでいる。
彼は気づかないかもしれないけれど、言われた側の顔も心も歪むのだ。
V君に心を歪まされたくないクラスメートたちは黙って距離を置くという正しいことをした。ひねくれたものとまっすぐなものは別々の世界にあるのだから。


カフェへ向かうとP君が駆け寄ってきた。
”シマ先生、今日のランチはバーガーだよ” とニコニコ明るく告げ、一緒のテーブルに座ろうと誘った。
テーブルにはチキンバーガーが置いてあった。"It's for you"と私の前にも皿を置いてくれた。
同じクラスの友達と座っていた4人席に椅子を一つ持ってきて私の場所を作ってくれた。

向かいに座ったP君はチキンバーガーの一口目を食べる前に私にウインクをしてえへへと笑った。彼もあの時のことを思い出したのだろうか。
テーブルのあちこちから笑いが漏れ、カップケーキやスイカをシェアし合い、10年生の思い出や夏休みの予定などを楽しく話した。

ふとV君の顔が浮かび、彼にもこんな仲間がいるような高校生活だったらよかったのにな、と残念な気持ちがしたが、それは彼自身のせいで叶わなかったことだった。自分のせいだったのだな、と彼はいつか気づくことはあるのだろうか。
人間関係とは単純明快に”誰かのせい”だけで上手くいかなくなることはない。
上手くいかないのはタイミングや、コミュニケーションや、好き嫌いや、気分や機嫌や過去の経験なんかが複雑に相互作用を起こすからだと大人になったらわかるのかもしれない。
Because of you! と誰かを指差す自分の人差し指の下にある3本の指は自分に向いている、それにV君が気づくのはいつだろう。

V君の怒鳴る声を聞いて以来なんとなく避けていたチキンバーガーだったが、P君たちのおかげでエクストラスペシャルに美味しいチキンバーガーランチだった。

シマフィー


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