見出し画像

たった2枚だけ:マドリッドにて


中国で5年過ごした後にどこへ移動しようかを考えていた。
土地勘のあった旧東ドイツのドレスデンにしようか。
ボーイフレンドのビットリオの実家があるイタリアのミラノにしようか。
ご飯が美味しくてみんな優しい、大好きなタイの南部かマレーシアの海岸町か。

とり合えず選択肢になかったのは中国に留まることと日本に帰ること。
アメリカに戻ろうとも思ってなかった。
博士号の途中で息抜きのつもりで来た中国だったが、5年がすぎてしまい、もうこれから大学院に戻ろうとは考えられなかった。
研究仲間はとうに卒業していたし、担当の教授は律儀にクリスマスにメールをくれ、大丈夫8年在籍できるから!と援護してくれていたが、もういいやと思っていた。

年の瀬には荷物を日本に送り、2週間ほど正月をまたいで実家に滞在し、そこから出て行こうと思っていたので、10月になるといよいよ決めなければならない。
そして何を思ったかスペインにした。
理由は、行ったことないから、フラメンコ好きだから、スペイン語を勉強したことがあるから(喋れなかったけれど)。まぁ適当な理由で。

スペインだ!と決めたらもうそこからサラサラと物事は決まり、セビリアというフラメンコで有名な場所に仕事も見つけた。ちなみにセビリアはロッシーニのセビリアの理髪師というオペラで名前を聴いたことがあるくらいで特に何も知らないで行った。

1月の初めに出発したのだが、私はネットでろくに調べもせず軽装で出かけた。
スペインだし、南だし、あったかいはずと思っていた・・・バカだった。
マドリッドに降り立つと風が冷たく外へのドアを開けた瞬間に
ヤバい
と思った。これはセーターやらマフラーやらコートやら手袋やらがいる。
そしてそのどれも持ってきていない。

マドリットで2泊ほど遊んでからセビリアに向かおうと思っていたので現金は持ってきているがほとんどが米ドルで手元にあるユーロは限られていた。
銀行も店も閉まるのが早いスペインで初日にセーターを買うことはできないのが明らかだった。

荷物をホテルに置いた後広場方面に出るとちらほら人はいるが、賑わってはいなかった。多分その日は観光客にも現地の人にも寒い日だったのだろう。行き交う人は少ない。寒いけれど初めて来たスペインでぶらぶらしたい私は、人のまばらな通りを早足でぶらぶらし、
なんだ、スペイン、廃れてんなぁ と不届きな第一印象を持った。

そんな寒い道路端に若い男の子が二人、大きな風呂敷を広げて違法コピーされたCDを売っていた。よく似ているので兄弟だろう。一日中こんな調子の天気ならいいカモの観光客も多くなかっただろう、一生懸命に私においでおいでと手を振る。
彼らは目が合うとすかさず私に英語で、今日の晩御飯代がないからどうか3枚CDを買ってくれよ、と頼んだ。
3枚でいくらよ、と聞くと15ユーロだというので
いやいや、違法コピーに一枚5ユーロは出せんわ、バイバイと手を振ると

あーーーじゃあ2枚5ユーロでいいよ!と叫ぶ。

思うに多分いつもその値段で売っているのだろう。一応私にふっかけてみたのだろうな、どう見ても私は現地人ではないし。それにしても一気に値段が下がった。

スペインの事は何にも知らない私が人気の音楽を知るはずもなかったので、若い方の男の子に、じゃあ2枚選んで、君のオススメを買うから、と頼むと割とさっさと2枚選んでくれた。この2枚が気に入ったら、明日もここにいるからもっと買いに来てくれ、とお願いされた。
ケースなどはなく、ペラペラの袋にコピーされたジャケットとともに手書きでタイトルが直に書いてあるCDが入っていた。

ホテルに戻り、ラップトップに一つ入れて聴いてみるとその若い男の子が選んだとは思えない曲が流れた。

Buika- Mi Nina Lola

こっちも期待できるかもしれない、ともう一つの方も聴いてみた。

La Oreja de Van Gogh – Noche

La Oreja de Van Gogh- Muneca de Trapo

スペインでCDを買ったのはこの違法コピーの2枚だけだった。この2枚は一瞬で気に入ったけど、次の日はもっと寒く雪がチラチラ舞っていたのでもうあの兄弟の違法CDを買いには出かけなかった。

それからは毎日毎日同じ2枚を聴いていた。飽きもせず聴いた。
そのうち歌詞カードを見なくてもそらで歌えるほど聴いた。スペインの音楽というとフラメンコやギターとともに、BuikaとLa Oreja de Van Goghが並ぶ。

こんなにお気に入りになるなら一枚5ユーロで買ってあげてもよかったな。
あの兄弟は私のように薄っぺらいジャケットを着て、手袋もしていなかった。

私の記憶の中のマドリッドは寒く、暗く、寂しい。

シマフィー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?