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「再婚したい」気持ちと行動のアンビバレント

45歳の秋、当時の私はこのまま独身街道を突っ走るものだと、周囲からは思われていた。
それもそうだ、この頃私は『アラフォー独女の生きる道』(双葉社)を上梓したばかり。舌の根も乾かぬうちに「再婚したい」では、ポリシーがブレブレだ。

本を出した直後は仕事や取材も増え、部屋が散らかろうと誰からも咎められない「独身の自由さ」を満喫していた。
だけどそれが過ぎると、ルーティンな日々が戻ってきた。退屈さと、寂しさと、次のネタを仕込むべく、私は熟女ホステスに身を投じた。

父のお節介にキレて、己の「心の声」が漏れた

そんな私を、父親は同情的な目で見ていた。
「結婚しては離婚し、次の男とは未入籍のまま同棲したあげく捨てられ、その次の男とは婚約して半年でダメになる。つくづく、うちの娘は男を見る目がない……」
もう年齢的にも再婚は無理だろうと、父は勝手に私の「終の棲家」を探し始めた。そして実家の近所に完成した建売住宅を内見させ、購入しようとした(さすがにそれは全力で断った)。

「独身で家なんか持ったら、再婚できなくなる」
私の主張に、父は「まだ再婚できると思ってるのか」と呆れた。
「するから。この先、生涯独身で生きるつもりはないから」とタンカを切った私は、心の中で号泣していた。

結婚しないくらいなら、せめて独身貴族でありたい。
誰の妻にもなれなくても、せめて誰かの恋人や愛人でいたい。

だけど現実はどうだろう。
婚約解消した男とは、飲み友達として腐れ縁化しはじめている。
将来の青写真を描けそうな男は、ひとりもいない。出会いもない。

可能性の乏しい再婚を夢見るよりも、リア充な現実を送る方が幸せなのではないか。もう若くないのだから、狭い1DKの部屋で暮らすより、新築の小さな一軒家に住むほうが快適ではないか。

物事が思い通りに進まないときは、楽な方に流されやすくなる。一度は断ったくせに、私は未練がましく考えていた。

たとえ自分の希望ではない生前贈与であっても、苦労せず貰えることは有難い。件の建売住宅はすぐに売れてしまったので、その後は足立区の中古マンションをいくつか父と内見した(結局、どれもイマイチだったので買わなかった)。

時が経ち、再婚した夫は横浜の人だ。足立区から通勤できなくはないが、さすがに遠すぎる。
売るとなっても面倒だし、あの時買わなくてよかったと、今は思う。

まずは「自立した大人の女」にならなくては

「終の棲家」事件から数ヵ月が経った。
私は狭い部屋に住んだまま、出会いもなく、ボンヤリと生きていた。

リア充な暮らしをするほど派手な交友関係もない。若い頃みたいに遊び回るほどの元気もない。ホステスの潜入バイトも肉体的に厳しいが、辞めたら夜の孤独と、また向き合わなくてはならなくなる……。

そのとき、眺めていたSNSに、懐かしい人の投稿が出てきた。
滅多にログインしないリア充だから、偶然目にしたのは奇跡のタイミングだ。

「もう一度、お世話になることは可能ですか?」
相手は、SE時代に仕事を紹介してもらっていた社長さん。私は衝動的にメッセを出した。

その時は「ローンを組むために定期収入が欲しい」とウソをついた。
本当は、独りでも寂しくない生活を送るために、誰かと仕事がしたかった。定期収入が欲しいのは本当だが、理由は「婚活で不利にならないため」だった。

執筆業だけでもギリギリ食べていくことはできる。だがレベル45にもなって「経済的に余裕のない女」を妻にしたい男など、滅多にいない。

結婚後、事情により収入がなくなって相手を頼ることはあっても、最初から「養ってくれる人」を募集するのは図々しい。若くて美しい女ならともかく、熟女ならその社会人経験(独身キャリア)からも、自分の食い扶持くらいは稼いでて当然だ。

再婚できても生涯独身でも、ほどほど稼ぎ、いろんな人と関わりながら生きていれば、きっと「そこそこ幸せ」な人生になると思う。
「寂しさ」に耐えられなかった当時の私に欠けていたのは、誰かと関わる時間だ。それに当時の収入は、慎ましく節約することが苦手な私にとって、経済的に充足できるレベルではなかった。

蓄積した技術やキャリアは無駄にならない。新しい情報や技術さえインプットできる柔軟さがあれば、年齢や性別無関係に仕事を得られるのが、エンジニア職のメリットだ。

古巣で外注(業務委託)の案件をもらい、久々に通勤生活がはじまった。さすがに3足のわらじを履くのは体力的に無理なので、ホステスの仕事は辞めた。肝臓を休め、脳ミソを酷使する日々へとシフトした。

目先の幸せで満足できれば、それで充分?

再婚を意識したのは45歳の2月。婚活をスタートさせたのは、その年の秋だった。
およそ半年もブランクが空いたのは、エンジニア復活してから「リア充」っぽい生活になり、当初の目的を忘れていたからだ。

新たな人間関係や遊び友達が増え、経済的にも不自由しなくなり、私は一見「独身貴族」っぽい生活を送っていた。実際、以前のように深夜いきなり寂しさに襲われることも、当時はなくなっていた。

だけど思いがけなく目が覚めた。

同じようにリア充だった女友達が再婚したり、別の女友達が出産したり、また別の女友達が結婚したことを、SNS越しに知った。

今日の自分が一番若い
拙著の中で自ら説いたこの言葉を、改めて自分に投げかけた。

生活が安定していれば、このままでいい?
あの時感じた寂しさから目を背けて、自分をごまかして「今が楽しければいい」若者みたいな生き方を、私は望んでいる?

人間、目先のことがうまくいってると、忘れがちになる。
長期スパンで「どう生きるか」は、常々思い出すように心がけなければ、いつまでたっても理想に近づけない。

本当は、忘れていたわけじゃない。頭の片隅にはしっかり残っていた。
だけどいざ婚活を始めようとしたら、怖気づいてしまったのだ。

勇者は「なりすまし」という装備を身に着けた

潜入取材を兼ねているから、下調べは充分に行った。婚活手段、それぞれのメリットデメリット、費用や期間もすでにインプットしていた。
なのに私は「今は忙しいから、明日やろう」「週末からはじめよう」「月末進行が終わってから手掛けよう」と先延ばしにしていた。

怖かった理由はたったひとつ。「顔バレ/身バレ」だ。

たいして売れてもいないくせに、島田佳奈だと相手にバレることは避けたかった。恥ずかしいからじゃない、先入観を持たれたくなかったのだ。

私が男なら、「女豹ライター」などと名乗っている熟女など、妻にしたいとは思わない。「一度会ってみたい」「サシ飲みしてみたい」くらいの好奇心はくすぐるかもしれないが、男と女の関係になるかは別の話だ。

しかし、はじめてみないことには、どうなるかわからない。宣材写真は別人(!)なので、適当なスナップ写真を使えばバレないだろう。
ひとまず最初に登録した婚活サイトにおいて、私はプロフィールを偽装した。写真・年齢・血液型・出身地以外、ほぼ別人になりすました。趣味や特技、自己アピール欄は「お嫁さんにしたい」プロトタイプを装った。

「別人」とマッチングしたって意味がない。
そのことに気づいたのは「会いたい」とメッセが飛んできてからだった。

(つづく)

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