05.MAYBE
ドレスコーズと毛皮のマリーズの歌詞で連なるストーリーです。 はじめてご覧の方は、「01.チャーチにて」 からお楽しみください。
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4
数ヶ月後、はじめての休暇でパリに戻ったマックは、ブラウンに連れられてパリの高級娼館『メゾン・クローズ』を訪れた。パリの中心街にありながら、社会の目に触れぬよう灰色の塀で隔離された館。重い二重扉をあけると、そこにはマックの見たことのない華やかな世界が広がっていた。大広間のあまりの豪華さに後ずさったマックにブラウンは、
「金なら心配するな。気に入った娘と楽しんでくるんだ。じゃあ、後でな。」とだけ言い残して、赤毛の娼婦と部屋に消えていった。
パリでいちばんの高級娼館に来たものの、女性の援助で生きてきたマックには、女を買う紳士たちがわからなかった。(そこに金銭のやりとりがあるとしても、女性を喜ばせるのは男の役目だろう……)なんて考えながら大広間を抜け出し、長い廊下を歩いて中庭に出た。
中庭には、少女がひとりしゃがんでいた。歳はマックと同じくらいだろうか。どの娼婦よりもずっと若く、誰よりも高級そうなドレスをまとった美しい少女。しかしマックに向けられた少女の瞳からは、大粒の涙があふれていた。よく見ると彼女の足元には、寒さに息絶えたのだろうか、一匹の野良猫が横たわっていた。
少女を慰める言葉をしばらく探したが、結局見つからないまま、マックはだまって上着で野良猫の亡骸を包み、彼女の手をひいて、中庭から『メゾン・クローズ』を出た。
無言のまま歩き続けるふたり。ようやくたどり着いた場所は、街はずれの教会の裏の墓地だった。
マックはいちばん大きな墓に猫の亡骸を葬り、近くの墓から盗んできたバラを猫にたむけた。ふたりは猫に祈りを捧げ、また手をつないで歩きはじめた。
「私ジェニー、あなたは?」
ギリギリ聴こえるくらいの大きさの、はじめて聴く少女の声。
「ぼくはマクヒィス。みんなはマックと呼んでる。でも本当の名前はわからないんだ。戦争で親と記憶をなくしてしまってね。自分の名前もおぼえていないよ。」
「…………。」
また無言になる少女。
無粋にしゃべりすぎてしまったせいだと、少し後悔するマック。ふたりはまた無言のまま歩き、工場街の路地で立ち止まった。誰もいない夜の工場街。外壁のすき間からは三日月だけがのぞいている。
少女は再び口をひらいた。
「ここなら、だいじょうぶだわ。」
さっきとちがい、普通のボリュームで話し始めた彼女にマックはほっとする。
「私も戦争で両親を亡くしたわ。私の本当の名前はメリー・ルーよ。でも聖母と同じ名前 MARY だなんて、誰も私を抱けないでしょう? だからあの館では、ジェニーと名乗ってるの。」
メリーは身寄りがなく、娼婦になるしか生きていく方法がなかったことや、さっき埋葬した野良猫が唯一の友達だったこと、『メゾン・クローズ』の掟をマックに話した。
無断外出は禁止。許可を得て外出する場合も、一週間に一度まで。いかなる場合も外泊は禁止で、日没までには帰宅すること。女性や子供を連れた男性に声をかけることも禁止。教会の20メートルトル以内や、学校に近づくことも禁じられている。
「だから、さっきはすごく小さな声だったんだね。」
「しかも無断外出だし、外では会話も控えなきゃならないの。」
そう言って、メリーはクスッと笑った。
そおっと、『メゾン・クローズ』に戻ったマックとメリー。
ふたりで大広間へ顔を出すと、ブラウンがすでにマックを待っていた。
「やあ、マック! なんだい、いちばんの人気娘・ジェニーと楽しんでいたのかい? きみも隅に置けないなあ。わはは!」
そう、ジェニーはパリじゅうの紳士が奪い合う『メゾン・クローズ』で、一番人気の高級娼婦なのだ。
「また、パリに戻ってきたときはここに寄ってね。」
そう言ってジェニーはマックの頬にキスをして、ふたりを見送った。
ブラウンは自分より高い娼婦を買ったマックと二人分の会計を支払い、鉄格子の重い二重扉をあけてふたりは『メゾン・クローズ』を出た。
5
戦場へ戻ったマック。夜空を見上げると目に浮かぶのは、あの夜のメリーの笑顔だった。
メリーもまた、同じ月を見ながらマックを想っていた。
よく似たふたり。ずっとひとりぼっちで、我が身を売って生きてきた。
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下記の Apple Music または Spotify リンクから楽曲をお楽しみください。歌詞は表示されません。毛皮のマリーズ 2nd Album『マイ・ネーム・イズ・ロマンス』歌詞カードをご覧ください。
06.(This Is Not A)Sad Song につづく。
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