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スタディ通信 24年3月号

先月はスタディを休ませてもらい、助かりました。祖母が逝去して葬儀だったので、さすがに。
いやいや、2月は忙しくてほとほと疲れましたね。みなさんはいかが。


スタディのふりかえり

さて、3月は1月に引き続き「祈り」という宗教現象を扱いました。今回は1月よりさらにその意味内容に迫るセッションとなりました。ジェイムズの言う、またAAの言う「祈り」とは何なのか

さて、3月は1月に引き続き「祈り」という宗教現象を扱いました。今回は1月よりさらにその意味内容に迫るセッションとなりました。ジェイムズの言う、またAAの言う「祈り」とは何なのか?それはマインドフルネスとは全く違う、ということを前回は指摘しましたね。
マインドフルネスで12ステップを、ビッグブックを解釈することはできません。だってそこには超自然主義がないので、ハイヤーパワーの介入の余地が存在しないからです。詳しくは前回のスタディ通信を参照のこと。


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では、「祈り」とはどのような現象なのか。ジェイムズは「神的な存在との交流体験」と定義していましたが、そこで何が起こるのか
ジェイムズは以下のようにまとめます。

私たちはこれまでの講義で、回心者が目ざめてから後はこの世界が生き返ったような相貌を呈して見えることについて聴いてきた(上巻p.372 p.224参照)。普通、なべて宗教的な人は、自分の運命となんらかの関係のある自然的な事実というものは、何によらず、神的な目的をあらわしている、と考える。祈りによって、しばしば決して明白ではないこの目的が、彼らの胸に切実に感じられてくる、そしてもしそれが、「試練」であるならば、この試練に耐えるだけの力が与えられる。こうして祈りの生活のすべての段階において、祈りによって霊の交わりをしているうちに、エネルギーが上から流れ降ってきて要求に応じ、現象世界の内部で働くにいたる、という確信が見いだされるのである。この働きが事実であると認められる限り、その直接的な効果が主観的なものであろうと客観的なものであろうと、本質的な違いはない。宗教的に見て根本的な点は、祈りにおいて、いつもなら眠っている霊的エネルギーがはたらき出して、なんらかの種類の霊的な仕事(わざ)が現実に果たされるということである。

(ジェイムズ 1970 : 326-327)


このような図を使って、祈りの双方向性を前回強調しました。

私たちは自分を超えた偉大な力(神的な存在 The divine)に祈ります(意識を向ける)。しかし、ジェイムズの祈りはそのような一方通行で終わるものではありません。
その祈りを受けた偉大な力は、私たちに働きかけます(力を与える、導きを与える、等々)。そして、私たちはその働きかけを受け止めます。そのような関係が「交流」と呼ばれる双方向の関係です。

さて、そのような自分を超えた存在からの力や導きを受取った私たちには、そこから何が起こるのでしょうか。
回心現象には感激や激しい喜び、歓喜、世界が違って見える視点の変化など、さまざまな要素が付随することを今までさまざまな実例から見てきました。
しかし「祈り」における叙述、また回心を受けての「聖徳(聖者性)」の叙述を踏まえるならば、祈りはそのような感激だけで終わるものではありません。
林研先生の指摘を引用します。

『諸相』のある箇所では、宗教において「神的なものと私たちの間には、ギブ・アンド・テイクの関係が現実に生じる」[VRE 407]という表現がなされている。それはすなわち、「私たち自身を神の影響力に開くことによって、私たちのもっとも深い運命が満たされる」とともに、「私たちの各自が神の要求を満たすか回避するかに比例して、宇宙は、そのなかで私たちの個人的存在が構成している部分は、本当によりよくもより悪くもなる」[VRE 461]という関係である。いわば、神は人間とともに仕事をわかちあい、互いに協力しながらより善い世界の創造にあたっていると解される。
したがって、個別的な救済は、ジェイムズのプログラムでは個人の主観にとどまらず、現実の世界をも変えていく。ジェイムズは「プラグマティックな宗教観」と称してその現実的な意義を述べている。

「宗教は、そのもっとも十分な機能の働きにおいては、すでにどこかで与えられた事実の単なる照明ではなく、愛のように事物を薔薇色の光で見る単なる情熱でもない……宗教はそれ以上の何かであり、すなわち、新しい事実の要請者でもあるのである[VRE 462]。」

それはつまりこういうことである。個人が高度に宗教的な境地にあるなら、彼は宗教的な態度を示し、宗教的な行為を行うであろう。行為の変化は主観的なものではなく、客観的な事実として現れる。それは必然的に現実世界を変化させていく。
プラグマティックな世界観は、真理を常に生成中のものだと考える。「私たちの思想は私たちの行為を決定し、私たちの行為は世界のこれまでの性格をもう一度決定しなおす」[PU 774]のである。回心経験で救われて「聖者性」を帯びた人々こそが、「善の創造者であり、作者であり、増進者」[VRE 324]であるとジェイムズは言う。そして、世界の個々の部分が改善されていくなかで、「世界の救済」が実現することを、ジェイムズは期待するのである。

(林 2021 : 66-67)

プラグマティズムを前提としたAAでも、同様の解釈が行われています。AAの共同創始者であり、ビッグブックを書いたビル.Wはこのように主張していることからも、それが理解できるでしょう。

ぼくたちがちょっと見には、俗っぽく軽率に見えることに驚く人たちがいるだろう。だがその下には、焼けるような真剣さがある。信仰は一日二十四時間、ぼくたちの中で、またぼくたちを通して、外へ働かなければならない。さもなければぼくたちは滅びてしまうだろう。

(AA 2003 : 24)

信仰というスピリチュアルな力は、中から外へ働かなければならない。AAの祈りも、ジェイムズの祈りも共通するのはそのプラグマティックな開放性です。
つまり、その人が本当に祈れているなら(神的な存在と交流しているなら)、その人は現実を変化させる力を与えられ、実際の行為を通じて周囲をより善く変化させていくはずなのです。

AAの霊的目覚め、霊的体験に引きつけて言うなら、こう言えます。

その人が本当に霊的に変化したならば、その人は周囲の手助けをするはずだ。その人はかつての自分が苦しんだように、今苦しむアルコホーリクの手助けをするはずだ。その人は現実で、AAを、回復を創りだすはずだ、と。

ミーティングでお話をすることがAAの回復ではありません。AAの回復は現実の社会の中で起こる、客観的実在を持った変化なのです。

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セッションでは医療等と12ステップとの関係についても触れました。
現在、12ステップを医療や福祉、心理学の立場から解釈されることも増えています。しかし、ビル.Wやジェイムズの「祈り」や「霊的目覚め」といった概念を踏まえると、その超自然主義は医療や心理学では包摂することはできないことが理解できます。
12ステップにおける人格の変化は、ひとえにハイヤーパワーが引き起こすものです。神的な存在が祈りという交流体験を通じて人に力と導き、意味を与え、そして人は神的な存在から与えられたものを使って現実を変えていく。

そのような世界観は、まさに「超自然主義」という言葉がふさわしいものです。ヒューマニズム(人間中心主義)や科学では説明しきることのできないものが、本質としてそこにあります。

同時に、医療や福祉や心理の世界観とAAの世界観は明確に違うものですが、敵対するものではないことも強調しています。
医療や福祉の自然主義と、AAの超自然主義は「有用性」において協力することができます。それは絶望的なアル中が飲まずに幸せに長生きをするという「有用性」です。
医療もAAも、目指す目標は同じなのです。それは「誰かの手助けをすること、手助けをした人が幸せに生きてくれること」です。

その一致点で、全く異なった世界観を持つ医療とAAは手を結んできましたし、これからもそうしていくでしょう。

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さてさて、上記の内容は実は、前ブログから引きずっていたテーマをやっと言語化できるようになったものです。
前ブログでは以下のような記事を書くことを告知していました。

さて、そんな日々の中で思ったこと。「霊的体験・霊的目覚め」は12ステップの「目的地」なわけですが、その意味内容を好き勝手に変えてしまったらとんでもないことになります。

日本で「ディズニーランドに行きたい」と言う人に案内する目的地は千葉県浦安市です。ですが、その人が行きたいディズニーランドがフランスのものだと無理やり勘違いしてしまえば、目的地としてパリのマルヌ=ラ=ヴァレに案内することになります。そんな感じ。
「名前はおんなじだけど、全然違うとこ着いちゃいましたが」みたいな。

そんなことを簡単に後編で書こうと思います。またよければ、お付き合いください。
まとめるのに時間がかかるかもしれないので、いつになることやら、ですが。

しましまな日々, なんでそんなよくわからん本読んでんの?前編

この次回記事予告を出したのが 2021年07月29日です。そして、予告した内容が書けたのが本日、2024年3月3日ですので、約2年7ヶ月がかりでやっと記事にできたことになります。

「AAの解決は霊的目覚めなんだ」と3年以上前から主張してきましたが、その内容を説明するのにこれだけかかりました。やれやれといったところです。しかしAAで言うステップワーク(12ステップの実践)とは、そのようなものなのでしょう。地味でゆっくりとした道のりですね。

次回は「その他の特徴」を終わらせ、ついに「結論」に入っていきます。
ジェイムズの叙述を通じて、AAの原理をさらに理解していきましょう。

参考文献

AA (2003) 『アルコホーリクス・アノニマス』 AA日本出版局訳, JSO
ジェイムズ, ウィリアム (1970) 『宗教的経験の諸相 (下)』桝田啓三郎訳, 岩波文庫
林研(2021) 『救済のプラグマティズム』 春秋社


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