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詩「いつかのはなし」

鈴を転がす音が反射して
あなたの黒縁眼鏡がきらめいた
まるで木漏れ日みたいな
やすらかで繊細な硝子細工として笑っていた
わたしは受信しましたよ
そんなわたしは
深い海のような慈しみを貪り
広い空のような優しさに瞋る
あなたへのおもいを
玉ねぎの皮を剥くような
言葉あそびに変えて
ずっと本質を避けていたみたい

あなたはわたしの「いちばんすきなひと」
されどもう伝えることは何もない
朝顔は黙ってひらき黙ってしぼむ
ごくたまに月や雨や風という現象が
あなたの優しい笑顔のはしばしを思い出させる
苦しいことだった
でもそれ以上に幸せだった
あなたの素材になりたかった
もしあなたとまたことばをかわしたら
わたしは秋口のキリギリスのように
身動きが取れなくなって
静謐の内側から来る寡黙な死神を待つでしょう
脱力して眠りに落ちてしまうような
そういう充実にとろけるような

息の根が止まるまで
脳みそが干上がるまで
鼓膜がお別れを受けとめるまで
「生を飲み干せよ」
あなたのそのことばは
あなたもわたしもいなくなった世界で
きっと流星雨となって大地を濡らすでしょう
そんな夢をわたしは発熱のきっかけとする
あなたの道を優しい月明かりが照らすことを願う
もう交差はしない
遠くで願う

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