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詩「或る春」

いつか僕らは遠くで見つけ合って
小さく手を振ったりしたね
君の「おはよう」って
やっぱりちちんぷいぷいだったんだ
そのときのささやかな喜びは
檸檬のしぶきが空間に満つるようだった

君が薦めてくれた本
おまぬけな大人たちに没収されない程度に
授業も聴かずに読み耽ったよ
大切なことを選べる僕は何にも屈しない
非情な物語を君はユーモアだと笑ったね
君の笑顔は青葉の風のそよめきだ

夕焼け染めた電車に乗ったよね
日暮のビル風が二人の距離を縮めてた
君と僕の手の甲が触れ合ったとき
必然の色をした電流が流れたよね
僕らはまだ子供だったから不幸も知らないで
金魚のひれのように揺蕩っていた

或る春に僕らは離れ離れになったけど
「瀬をはやみ」って歌を少しだけ信じてみたね
僕は随分変わったよ君も随分変わったね
あんなに弾んだ会話なんてもうできないかも
僕らは変わることを求められてきたから
人生は常に片道切符だってことを学んだね

電器屋のピアノでかえるの歌を一緒に弾いた
一つの椅子に二人の背中
夏休みには君が毎夜夢に現れてくれたよ
二十六回目の春のさなか
たまに見る君の夢は人肌の夢幸せの予感
湯たんぽと孤独と一体化したら一層清々しいよ

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