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ヒーローじゃない5



「なんで。良いじゃない住み込みで雇うくらい。人が増えれば当直回ってきにくくなるし、そうすれば力也さんの禁酒日だって減ると思うけど」

 有事の際はヒーローが動くことになるが、巡回や夜勤に関しては町の若者も協力してくれている。とはいえ小さな町である上に、万が一魔獣が出た時に対処出来るヒーローはアマネと力也しかいない。単純計算で週の半分くらいは夜勤に当たるので、特に酒を飲める日は随分と限られてしまうのだ。
 今日はアマネが夜勤だった。この後は家で少しだけ仮眠をとって、それから溜まっているデータ解析でもしながら夜が明けるのを待つ予定だ。なので、今もアルコールは摂取していない。

「雇うことにゃ文句はねえ。散々求人出したが、こんな辺鄙な町に来るトンチキな奴はアマネくらいしかいねえからな」
「悪かったわねトンチキで。じゃあ何が気に入らないの?」
「そりゃお前、この家に住まわせることがだよ!」

 なんとなく予想していただけに、最早呆れてものも言えない。そんなアマネの気持ちを代弁するように、七都子がお椀を持ち上げながら力也に目線を向ける。

「あなた、狭量もほどほどにしないとひめのに嫌われるわよ」
「なっ俺はなあ、ひめのに悪い虫がつかないようにと思ってだな」
「やっぱり。公私混同なんてプロとして最低」

 七都子に追従するようにばっさりと言いつつ、アマネは小さくため息を吐き出す。親バカここに極まれり、といった有様だ。要はひめのが随分懐いてしまっているチアキを近付けたくないのだろう。煽ったアマネにも原因があるとは思うが、それを差し引いても過保護である。

「パパなんでっ? なんでチアキくん、お家にとめちゃいけないの?」

 当然、ひめのからすれば更に不満だろう。抗議する娘に力也は焦った様子でテーブルに置いたビールジョッキを忙しなく振る。ちゃぷちゃぷ、とジョッキの中で液体が揺れて新しい泡が出来上がった。

「い、いやそれはだな、他人を簡単に家に上げるような真似をお前に見せたくないっつうか」
「アマネちゃんは良くおとまり来てくれるよ!」
「アマネは良いんだよ、アマネは!」

 たじたじの力也に再度呆れた眼差しを向けていると、それまで事のなりゆきを見守っていた(というより、呆気にとられていただけかもしれない)チアキが肩を寄せてきたかと思えば小声で囁く。

「やっぱり無理なんじゃないかな……力也さんだって反対してるし」
「反対してるのは貴方がどこに住むかって話、雇うことに関しては賛成してた」
「それだって……本気? 本当に俺を雇うの?」

 今更過ぎる質問に眉を寄せる。ここまで話が進んでいるのに、今更働きたくありませんなどとニート発言をされては堪らない。

「じゃあ他に行く宛でもあるの?」
「それは……ないけど……」
「なら、とりあえずここにいたら良いじゃない。貴方の事情なんてどうでも良いけど、そっちはとりあえず居場所が欲しい。こっちは働き手が欲しい。良く出来た利害関係でしょ? ああ、働きたくないってことなら別だけど」
「いや、そういうわけじゃ」

 人手不足が深刻化している現在、この町には今すぐに若い人材が必要だ。アマネにとって今のチアキは、言わば飛んで火に入る夏の虫と同じである。これで彼が入ってくれれば、アマネの非番が増えるのは間違いない。今のご時世に休日が週一あるかないかなど時代遅れも良い所だ。
 それに──このまま彼をどこかに行かせるのも憚られた。夕食を食べて、一泊して、町を出て。行く宛がないというチアキはその後一体どこへ行くというのだろう。やはり言った通り、今度は海の見える場所にでもいくのだろうか。そうして、今日と同じことを、するのだろうか。そう考えたら、少しの間くらいはとりあえず誰かの目がある場所に置いた方が良い気がしたのだ。ついでに、面倒見の良い力也なら更に適任だろうとも考えた。ここに連れてきたのは、そういう理由もある。

「おし分かった! そんならアマネ。お前ん家にチアキつれていけ」

 小声で話していた所に力也から思いもよらないことを告げられて、アマネは力也に視線を向けた。

「は? なんで」
「お前ん家を当面の住まいにするから、決まってんだろう」
「はあっ?」

 一体どういうやりとりをすればそんな結論に行き着くのかさっぱり分からない。素っ頓狂な声を出すアマネだが、力也は納得した表情で頷いている。

「部屋が空いてるってなら、アマネの家だってそうじゃねえか。ここから近いし、ひめのだって会いたきゃいつだって会いに行ける。完璧だな」
「待って待って、全然完璧じゃないから! なんでそうなるの!」
「問題あるか?」
「大あり! 私、一人暮らしなんだけど!」

 彼氏でも旦那でもない男を家に上げるだけでは飽き足らず、更に一緒に住め? 発想がぶっ飛び過ぎて理解が追いつかない。そういうデリカシーを力也に求めても意味がないということは分かっているが、それでも限度というものがある。

「お前な、そもそも自分で拾ってきた男の面倒くらい自分で見ろよ。仕事は俺が面倒見るから、お前はそれ以外。妥当ってモンだろ?」
「犬猫拾ったみたいなニュアンスで言われても困るんだけど……」
「それに、俺はともかくお前が一人で仕事してるのはちと問題だ。前から言ってた筈だが、改善の兆しがねえな?」
「それは……だって、求人しても人が来ないからで……」

 もごもごと言い淀むアマネに「言い訳は無用!」とまた大きな音を立てながらビールジョッキを置いた。

「チアキは雇う、雇用主は俺だ。仕事はアマネと一緒に行動して覚えて貰う。そんなら、お前の[職場]を住居にするのが一番手っ取り早い。以上、異論は許さねえ!」

 ぴしゃりと言い切った力也に、傍で聞いていた七都子が大きなため息を吐き出す。誰も反論出来ないこの状況に、アマネは頭を抱えることしか出来なかった。

 夕食と後片付けを終えて、七都子に山菜を使った沢山のお土産を持たされたアマネとチアキは宮前家を後にした。チアキが帰ってしまうことにひめのはぐずったが、力也がなだめすかしてどうにか納得してくれた。アマネとしてはひめのには泣いて喚いてでも引き止めてくれた方がありがたかったのだが、元々聞き分けが良い娘なのでそこまでいかなかったのは残念に思う。
 ただ、子供ながらに力也が横暴だということには気付いていたようで『パパなんて大っ嫌い!』とキツイ言葉を浴びせて彼を意気消沈させてくれたのは少しすっきりした。

 少し歩くと、車を停めた時と同じ場所が見えてくる。田舎あるあるといった所か、アマネの自宅も敷地だけは広い。ウッドベースの平屋に車が二台ほど停められる簡易駐車場、庭も付いている。それでもまだ土地は余っているが、一人暮らしの身ではこれ以上設備を増やしても管理し切れないので軽い手入れ以外のことはしていないのが現状だった。
 ポケットから鍵を取り出し玄関の錠を開けたアマネが家に入ると、その後にチアキもついてくる。結局、彼の住居はここに決まってしまったので夜勤を始める前に準備をしなくてはならない。

「そこがトイレ、キッチンの奥が洗面所と浴室。部屋は、私が右側使ってるから、チアキは左を使って」
「うん。ちなみに、トイレの向かいにある部屋は?」
「仕事場。薬品とか器具とか色々使うから、部屋を分けてるの」

 部屋の明かりを点けつつ一通り説明した所で、アマネはくるりと振り返る。物珍しそうに周囲を見回していたチアキと目が合ったのを確認した所で「一応言っておくけど」と彼を指差した。

「別に隠したいものとかないからどこでも自由に入って良い。けど、私の寝室だけは入らないでよね。許可なしで入り込んできたら絞め上げるから」
「わ、分かってるよ。勿論」

 慌てて手を左右に振るチアキに再度ため息を吐き出す。本当に、どうしてこんなことにしまったのだろう。放っておけば良かったのにいらない世話を焼いたから? だとしたら、神様はよほどその行動が気に食わなかったのだろう。
 よりにもよってこの男と一緒に暮らすだなんて。本音を言うなら、冗談じゃないと喚きたい所だ。

「ごめん、迷惑かけて」

 少なくともアマネが快く思っていないことを分かっているのか、チアキは眉を下げる。殊勝な態度は結構だが、それで現状が変わるわけもない。憮然とした表情のまま、アマネは「別に」と呟いて彼から視線を外した。

「最初にお節介焼いたのは私だし。自業自得って思ってるから」
「でも、アマネさんの役には立てると思う。人手不足はヒーローの数が足りてないってことでしょ?」

 外した目線をチアキに戻す。彼は笑っていた。ただその笑みには覇気がない。最初に会った時からずっとそうだった。彼の笑顔は、アマネが今まで目にしてきたものと似ても似つかないのだ。
 そんなことを考えているアマネに構わず、チアキはふいに眼鏡を取った。ブラックフレームのそれを通して見える床は歪んでいない。伊達だということは一目で分かった。ようやく素顔を見せた彼はその銀の瞳にアマネを映す。

「俺も……ヒーローなんだ」

 穏やかに、しかし陰りを含んだ声で彼が言う。まるで秘密を打ち明けるようにひそやかな様子に、アマネはすぐに言葉を返すのを躊躇った。どう返せば良いのか、ほんの少し迷ったのだ。

「……知ってる」

 結局、口から出てきたのはシンプルな言葉だった。目に見えて驚くチアキを、アマネは真っ直ぐ見つめ返す。

「青葉千晃(あおばちあき)を知らない人間なんて、この国にはいないと思うけど」


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