令和5年度NHK新人落語大賞 優勝は桂慶治朗さん 軽く分析
やっぱり生放送が正解
前年の「箝口令」への反省からか、今年の『NHK新人落語大賞』はなんと生放送になった。いろいろ大変だったとは思うし、司会の桂吉弥師もいろいろ困っていたけど、やはり生の緊張感が番組を盛り上げていた。NHKの皆さんお疲れ様でした。ありがとうございました。今後も生放送でお願いします。M-1だって生なんですから。
出演者を軽く分析してみる
さて審査員の採点結果。
立川吉笑さんと三遊亭わん丈さんのマッチレースだった感があった前回と比べると、今回は桂慶治朗さんの圧勝という印象が強い。
見てみましょうか。
桂慶治朗さん49点、金原亭馬生師匠の9点以外は全員10点なのでもう文句なし。2位の春風亭昇羊さん46点に3点差をつけている。前回の吉笑さんとわん丈さんも2点差だったので1点しか違わないのだけど、わん丈さんは9点二人残りは10点の48点なので、やはり重みがだいぶ違う。
さらに2位・春風亭昇羊さんは評価のばらつきが激しい。ばらつきを示す標準偏差はダントツの1.2。最高が10点で最低が7点。
同じようにばらつきが大きいのは桂三実さんで、最高が10点で最低が7点の標準偏差1.1。この二人は「好みが分かれやすい落語」を掛けた、とも言えるか。
審査員は2つに分かれた
毎年興味深いのは、審査員ごとの採点の傾向だったりする。
まず「レギュラー審査員は差をつけない」という法則がある。
前回、前々回も審査員を務めている桂文珍師・片岡鶴太郎氏。
この二人の特徴は「差をつけない」毎年のように9点か10点しかつけない。過去2回も今回も標準偏差は0.5。
これに対して「評論家・タレント枠」というのが2名あって、ここは顔ぶれが変わることが多い。
今回はヘヴィメタル雑誌『BURRN!』編集長で、落語に関する積極的な執筆活動で知られる広瀬和生氏と、演芸ライターで上方演芸のフリーペーパー『よせぴっ』の編集長・日高美恵氏。今回はこの二人の傾向がパッキリ分かれた。
広瀬氏は「差をつける」タイプで前々回も今回も7点から10点までで点数を刻んでいて今回の標準偏差は1.2、もっとも「差をつけた」審査員となった。これに対して日高氏は「レギュラー審査員」と全く同じように9点10点のみの採点で標準偏差0.5。もっとも「差をつけない」審査員だった。
さらに「落語家枠」がある。もともとは柳家権太楼師が毎年担当されていたので「レギュラー枠=落語家+片岡鶴太郎」だったのだが、前回、三遊亭小遊三師に交代、さらに今回は金原亭馬生師が登場。
馬生師は平均8.0ともっとも厳しい採点をしており、また標準偏差0.9は広瀬氏に次ぐ2位と「採点辛め・やや差をつける」タイプだった。
以上をまとめると、今回の審査員は
点差つけない……日高美恵・片岡鶴太郎・桂文珍(標準偏差0.5)
点差つける……広瀬和生・金原亭馬生(標準偏差0.9以上)
で、ここからが面白くて。
さらに相関係数で見てみる
ここで、各審査員の採点パターンを比較するために相関係数を取ってみる。御存知の通り相関係数は+1~-1の間の数値で、プラスは正の相関、0は相関なし、マイナスは逆の相関があることを示す。
こんな感じになった。
まず前回は全く見られなかったマイナス(逆相関)が出ていることに驚く。
落語家二人(文珍師・馬生師)の相関がマイナス0.46で、片方が高く評価した出場者をもう片方が低く評価していることになる。
さらに「点差つける」グループの広瀬氏と馬生師の相関係数もマイナス0.38だ。
念のため二人の採点だけを見ていただこう。
二人の点数が合致したのは吉緑さんだけ。
馬生師が9点と高評価した一花さんを広瀬氏は7点と低評価。
逆に広瀬氏10点の昇羊さんは馬生師7点。
ほぼ逆!ぜんぜん違う!
この違いこそ、複数の識者に違う角度から審査してもらう意味なのだろう。
まとめと感想など
結局、優勝するためには前回の立川吉笑さんや前々回の桂二葉さんのように50点満点か、今回の慶治朗さんのように49点取らないと難しい。今回でいうと広瀬氏・馬生師のように違う価値観を持つ審査員を全員納得させるしかない。
厳しいねぇ。
それだけに、優勝には価値があるってことだな。
最後に感想です。
春風亭一花『四段目』(43点)……良かったと思ったんですが、やはりトップバッターで固くなってたのかなあ。なにが足らなかったのかよくわからない。
柳家吉緑『置泥』(44点)……大阪会場で堂々とした江戸落語。結果はともかく悔いはないだろう。爽やかだ。ただ、あの着物の柄はテレビ向きじゃない。審査に影響はないとは思うが。
春風亭昇羊『紙入れ』(46点)……馬生師は「若い頃から色っぽい不倫のネタはやらないほうがいい」と言っていたけど、新作も含めてこれがこの人の個性だと思うし、ここまでできるんだからこのまま突張してってほしい。文珍師が絶賛した台詞の間を、他の噺でも応用できたら凄いかも。堂々の2位。
桂慶治朗『いらち俥』(49点)……あまりにも完璧。前回の三遊亭わん丈さん『星野屋』に近いレベル。技術は伝統をしっかり継承しながら「いらちが人力車に乗る噺」に組み替えてしまった力量は凄い。「いらち客」が、おいでやす小田みたいなおもろい切れ方するんだよね。生で聴いてみたい。
桂三実『あの人どこ行くの?』(45点)……新作でここに来れるだけで凄いこと。噺の根底に流れる暖かさは、師匠・桂文枝師だけでなく、兄弟子・桂三四郎師からも影響を受けているのかもしれない。サゲで面白さと暖かさを同時に感じさせるところが見事。大阪の地名(駅名)がいっぱい出てくる構成はなんだか道中付けみたいで僕は好き。いろんなネタ聴いてみたい。
今年のハイライトは桂慶治朗さんの「予想はしてた!」強烈に面白いフレーズでした。
ではまた来年。
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