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小説日記【お金のヘルパー2】

「老支度講座か、4階の大ホールね」
 「老支度」の文字が灰色に見えたような気がした。彼女は会場を確認してエレベーターに乗りこんだ。「お金のヘルパー」として年に何度か研修もあり、支援者に必要な制度などについて学ぶのだ。今日は一般の方向けの「今から考える、老い支度」講座シリーズの1コマで「初めてのエンディングノートの書き方」の講義だった。
 正直に言うと彼女は「老い支度」とか「終活」という言葉に違和感を覚えていた。「備えあれば憂いなし」とは言うけれど、終わりに向かって準備する、具体的には財産の配分を案じ、葬儀のことを計画するなどなど、どうにも気が向かなかった。不安から行動することに楽しさはついてこない。果たして事前に準備したからといって本当に自分自身の終焉を理想通りに迎えられるのだろうか、そのような思いもあった。
 しかし彼女のそんな気持ちに反して会場内は多くの参加者で埋まっており、関心の高さが伺えた。講師は丁寧にエンディングノートの意義を話し始めた。
「エンディングノートは遺言ではありません。今のご自身が大事にしているもの、それを書き記してください。万が一の場合、残されたご家族や周りの方々はあなたのお気持ちに沿う形で準備ができます。いわば想いのバトンです」
 聞いているうちにエンディングノートはいつか来る将来への備え、というよりも、最期という視点から今を見つめなおす作業になるのではないか、と考えるようになった。誰にも最期の時は訪れる。その時がいつになるかは誰にもわからない。ならばいつその時が来ても悔いのないよう、今という時を十全に生きることが何より大切でなはいか。
「エンディングノートは最期を見つめることで、今をよりよく生きるためのものです」
と講師の女性が述べたことに彼女は深くうなずいた。
 終わりに向けての準備ではなく自分にとって大切なもの、それを客観的に俯瞰し、今を十分に生きることに焦点を充てて考えてみるということか。
「試しに年末の時間のある時、エンディングノート書いてみようかな」
と心の中でつぶやいた。大切なことは、ここ、胸中にある、そんなことを思いながら研修会場を後にした。

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