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【小説】埋もれていた夢かもしれないもの

「夢なんて、考えられないわ」
 彼女は、そうつぶやくと手帳を閉じた。知人がブログである手帳を紹介していて、気になってネット注文した品が届いたのだ。その名も「あなたの夢をかなえます手帳」。自分の夢がかなう、なんだか魅惑なネーミングだ。年に一度、なりたい自分自身を想像し、頭の先から爪の先までをイメージして手帳に書き込む。そこから逆算して月の目標などを設定し、具体的な行動に落とし込むのがこの手帳のねらいだった。
 しかし困ったことが起きた。実際に書いてみようと思ったら、いくつかは浮かんでくるのだが、これ、といった決定打に欠ける気がしてきた。そもそも夢ってだろう、やりたい仕事のことだろうか、なってみたい境遇のことか、あるいは欲しかったものが手に入ることか、あれこれ考えてみたが具体的なイメージが出てこなかった。
「私には夢なんてないのかも」
 そう思うとやりきれない気持ちになって、しばらく夢手帳の扉は閉ざされたままになった。

 そんなある日、彼女の気持ちに変化をもたらような不思議なことがあった。家族ともにテレビで放映されたアクション映画を観ていた時のことだ。突然、彼女の脳裏に子どもの頃によく観たアニメーションの終わりの場面が浮かんできた。女性が長い髪をなびかせて、荒野をバイクで駆け抜ける映像だ。夕日を浴びて独り、ひたすらに、疾走するシーン。流れていたテーマソングが頭の中で鳴り始めてきた。そのカッコよさが子ども心にも鮮明に焼き付けられていたのだ。
 あこがれていたのかもしれない、と思った。今、彼女はストレッチを教えながら、好きなダンスも続けている。年齢は50代も後半だが、年の割には動けるカラダでいることがちょっとした自信にもなっていた。あのシーンが今の有り様に影響しているような気がしてきた。彼女は、そのことについて言葉にしてみたくなり、テレビの画面から離れて手帳を取り出して書いてみることにした。
「少なくともダンス・レッスンは今年もやる。ストレッチも教え続けられたらいいな。もっと具体的に考えると、そのためにはどんな風にできていればいいんだろう」
 などど思案して、手帳には「ダンスが続けられるカラダづくり」「生徒さんに喜んでもらえるレッスンができる講師」と書き記した。
「これが私の夢、の一部かもしれない」
 そう思って目を閉じると彼女はバイクで疾走しているような心地よい感覚を覚えた。
#かなえたい夢 #小説

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