魅入られ人のスケッチ帳

(皆様方へ)当記事はしかながカクヨムで連載しているオカルト日常モノ『ミイラレ!』のスレイト方式ネタ帳です。気が向いたら更新していくので、興味が湧いたら本編と一緒によろしくお願いします。


【一〇五号室、台所】(2019/5/14)

 早朝。まだ日も登らない時間帯。当然のごとく家主の四季は布団の中で眠りの中だ。
 音成は未練がましく寝室のほうを見やる。できることならば寝顔を覗きに行きたいし、なんなら添い寝もしたい……
「手を休めない」
「ぎゃんっ!?」
 足元に急激な重みを感じ、思わず悲鳴が漏れる。見れば、黒い寄木細工の箱が足の上に乗せられていた。両手で持てる程度の大きさだというのに、異様な重量。
 その箱の持ち主、座敷童の御影が睨みあげてくる。
「お前は目を離したらなにをするかわからない。四季と同じ学校に潜り込むだなんて」
「ううっ……あたしはただ、四季ちゃんを側で守ろうと」
「口を動かす暇があるなら手を動かして。四季が起きる前にさっさと朝ごはんを用意する。妙なもの入れたらその首もぎ取るからね」
 首筋に刃物を当てているかのごとき冷たく厳しい言葉。音成は慌てて料理に集中する。状況はともあれ、四季のために食事を作る機会なのだ。ちゃんとしなければ。

【山雛高校、校庭】(2019/4/29)

 校庭で練習に精を出す運動部の生徒たちに目もくれることなく、一人の一年生が校庭の一角へと悠々と歩みを進める。
 彼女が興味を示さないのと同じように、周囲の生徒たちも彼女に注目することはない。もし勘の鋭い者がいれば、あるいはその女生徒の異様さに目を奪われたかもしれない。
 異様に白い肌。これはまだいい。しかし白眼と黒目が反転したようなその瞳や、ピンと尖ったその耳。さらに肌に広がる蔦のごとき紋様などは、到底学校にそぐわないものだろう。とはいえ、彼女はある種の結界に身を包んでいる。見破るほどの力を持つ人間はここにはいない。
「おかえりなさいませ、姫さま」
 彼女がたどり着いたのは校庭の一部を占有する庭園だ。一年前に創部された園芸部によって生み出された、学生たちの憩いの場である……建前上は。
 恭しく頭を下げた金髪の少女に、女生徒……一年四組、エル・ケーニヒはやや顔をしかめた。
「この場でそれはやめよ、アドリア。ここでは貴様が『先輩』である」
「最低限の礼儀は必要ですわ、姫さま」
 アドリアと呼ばれた女は笑顔だ。その耳はエルと同様に尖っている。つまり、人ではない。
 山雛高校の生徒のほとんどは知るまい。この庭園が、とある怪異たちにとっての『ゲート』となっていることなど。

【喜会荘、一〇五号室】(2019/4/23)

 赤い振袖姿の童女が一人、ちゃぶ台について茶を啜っている。四季がいない間の部屋の主、座敷童の御影だ。その膝には黒い寄木細工の箱が置かれている。
 時計の針は頂点を回ったところ。四季が帰ってくるまでにはまだ時間がかかるだろう。今日の居候たちはちゃぶ台下の影から繋がる化物寺に篭っており、一〇五号室は珍しく静かだ。
「買い物にでも行きましょうか」
 ぽつりと呟く。応えるように小箱がカタカタと揺れた。そうと決まれば外行きの準備だ。

【電脳異界、日条四季の携帯端末アドレス付近】(2019/4/21)

 緑の格子が延々と続く異界の中、チクタクは退屈そうに小さなモニターは爪弾く。その身体は金属であり、大小の歯車や螺子、パイプをドレスのように身に纏っている。もっとも彼女は怪異であり、この見た目はイメージのようなものだ。
 モニターはここと現世をつなぐ接続点。しかし今は暗転中……つまり電源オフの状態だ。彼女の主人こと四季は、授業中はしっかり携帯の電源を切るタイプらしい。
 身体の内側に前触れもなく走るむず痒さに、チクタクはわずかに顔をしかめる。パーツの継ぎ目から伸びた糸が、黒曜石の結晶のような爪を作り出して身体に食い込んだ。
「……あのですね、アトラナアト。意味もなく私の中で動くの、やめてくれません? すごく悍ましいんですけど」
「だ、だ、だって。ひ、暇だし」
 右肩の上に重みが生じる。自分に取り憑いている怪異が文字通り『顔を出した』のだろう。まったくもって不覚である。
 チクタクは接続肢の一つで乱暴にその頭を撫でる。いずれにせよ、この状況の打開策を考えなければならない。今のままではもしものときのタラチネ・サービスへの物理肉体要請も滞るだろう。

【化物寺】(2019/4/20)

 夕日が薄青い人影を照らし出す。鬼女……巡は嘆息した。この異界の中は常に夕暮れ時。外、すなわち現世はまだ陽の高い時間帯。頭領と認めた例の人間も学舎で勉学に励んでいる頃合いだろう。すなわち余裕のある時間、のはずだった。「ねぇねぇおば様! 今日も樹奈と遊んでくださるのよね?」 膝の上に乗った、腕のない少女の怪異が満面の笑みとともに自分の顔を覗き込む。 巡は再度嘆息する。いくらあの座敷童の妹とはいえ、なぜ自分が餓鬼の遊び相手をしなければならないのか。

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