忍殺TRPGソロリプレイ間話【ニュー・ライフ・イン・ニンジャ・マンション】

◇前置きな◇

 ドーモ。しかなです。これまで私は何人ものニンジャを生み出し、ソロアドベンチャーに挑戦させてきた。ニンジャも結構な数となった……感慨深さ……そうしたものがある。

 しかしいまだにトイレ付きのアジトを持つニンジャがいない。というわけで、黒鷺あぐも=サンのアジトカタログより思い切ってマンションを購入させることにした。

 マンションの間取りはこのような感じだ。

 ……これならば数人でシェアしても大丈夫ではないか?

 そう考えた私は急遽このテキストカラテを練り上げた。ある意味、当ダイスニンジャで初のチーム結成となるだろう。

 では、ヨロシクオネガイシマス。

◇本編な◇

 ソウカイニンジャ、ディスグレイスは思案していた。ソウカイヤより提供されている安アパートの一室で、まるでザゼン・トレーニングに挑むがごとき真剣さで。

 まずこのアパート、決して居住性が良いわけではない。狭いドージョー兼仮眠室には備品の木人と香炉しかなく、風呂どころか用を足すにもいちいち外出しなければならないのだ。

 しかし、そこはまあいい。格安の家賃と引き換えの不便さである。彼女の頭を悩ますのはそこではない。この部屋は、あまりにも、狭い。具体的には、ネンゴロにしているニンジャと共に生活するには狭すぎる。

 ネンゴロ相手が二人に増えたとなれば、もはやどうしようもない。声をかけて、集まるにも一苦労。ディスグレイスも常日頃から暇をしているわけではない。ミッションの合間に時間を取られすぎるのもいい加減面倒になってきた。

「……よし」

 彼女は決心し、立ち上がった。そしてカンオケめいた部屋を後にし、不動産屋へと向かったのだった。

◇◆◇◆◇

 ……数日後!

「お姉さま? 今日はどちらへ?」
「ウフフ! すぐにわかりますよ」

 左腕に身を寄せてくる少女、キールバックへ微笑みかけ、ディスグレイスは後ろを見やる。少し離れた位置、ひょろ長いシルエットの少女がついてきていた。

ディスグレイスの視線に気づいたのだろう。キールバックが眉をひそめて見上げてくる。

「……お姉さま。フィアーレス=サンを連れてくる必要はあったのですか?」
「そう邪険にするものではありませんよ。彼女もわたくしの……大事な子ですからね。ええ」

 ディスグレイスはからかうように囁く。眉間にしわを寄せたキールバックがより強くしがみついてくるのを感じながら、彼女は笑みを深めた。その言葉に嘘はない。キールバックもフィアーレスも、ディスグレイスが拾い上げたニンジャであり……彼女にとっての愛しいオモチャである。

 かつてモータルであったころ、彼女は己の嗜好を恥じ、ひた隠していた。もはや昔の話だ。ニンジャとなったディスグレイスはこうした欲望を隠しもしない。その振る舞いこそが、いつか己にブッダの怒りを招くと信じて疑わないのだ。

 キールバックを宥めすかし、からかい……戯れつつもディスグレイスは目的地に到着する。マンション「さなまし」のB棟だ。不思議そうにこちらを見上げるキールバックに目を細めつつ、ディスグレイスはもったいつけて発表した。

「どうです? ここが新しい住処ですよ」
「住処……? もしやお姉様! こちらに引っ越されるのですか!?」
「ウフフ……ええ、その通り! まとまったお金が入ったので、思い切って購入しました」

ディスグレイス【万札】25→10

 キールバックは目を丸くする。その頭を軽く撫でてやったディスグレイスは、不意に近づいてきたフィアーレスへと目をやった。

「なにか、任務? 殺し?」
「どちらでもありません。ソウカイニンジャにもプライベートはあるのですよ、フィアーレス=サン」
「……じゃあ、なんで私を連れてきたの?」

 心底訝しげに尋ねられ、ディスグレイスは苦笑した。フィアーレスはやや変わった出自を持つ。アシサノ私塾……ソウカイヤに敵対するヤクザクランが経営していたアサシン養成施設で、彼女はニンジャとなり、ディスグレイスに魅入られた。幸か不幸か、それまでの『教育』でニューロンを磨耗させたフィアーレスは至極簡単にディスグレイスのものとなったのだ。

 まあ、敢えて黙っていたこちらが悪い。ディスグレイスは二人を交互に見やる。

「今度の住処はわたくしだけでは広すぎる……だから、よければ貴女たちも一緒にと思って」
「……本当ですか!?」

 キールバックがパッと顔を明るくする。素直な子だ。ディスグレイスは頷いてみせた。事前連絡もしていなかったが、この二人が断ることはまずなかろう。キールバックは自分に心酔しているし、フィアーレスはこちらの指示に背く理由がない。

 やや複雑そうにフィアーレスを見やっていたキールバックは、やがて割り切ったのだろう。嬉しげにディスグレイスを見上げる。

「では、早く行きましょうお姉さま! ああ、こんな日が来るなんて……!」
「ウフフ……キールバック=サンは大げさですね。急がずとも部屋は逃げませんよ」
「寝床ができるのはいいよね」

 フィアーレスのしみじみとした呟きに笑みを深めつつ、ディスグレイスは念願の新居へと足を踏み入れた。

◆◇◆◇◆

 三人のニンジャが異変に気付いたのは、ディスグレイスが購入した部屋……413号室の前だ。室内に気配。三人は視線を交わし、それぞれの得物を構える。フィアーレスは二挺のチャカガンを構え、キールバックはスリケンを取り出す。頃合いを見計らい、ディスグレイスがドアノブに手をかけたそのときだ。

「開いてるよー! そう身構えなくても平気だって!」

 場違いに明るい声がドア越しに飛んでくる。ディスグレイスは眉をひそめた。心なし、聞き覚えのある声だ。フィアーレスへと振り返る。珍しく、少しだけ表情を動かしていた。驚いているらしい。

 手振りでキールバックにスリケンをしまわせつつ、ディスグレイスはドアを開け放った。何もないリビング。カタナを抱えた少女がアグラし、にこにことこちらを見やっている。着古されたセーラー服。スカートの裾から覗く最新式のヒキャク。年相応の笑顔が、嫌に不気味だ。

「……貴様」
「アッハ! 覚えてる? その顔、覚えてるね。まあ私、名前変えちゃったんだけど! ドーモ! ディスグレイス=サン! シャープキラーです!」
「お姉さま? 知り合いですか?」

 キールバックが訝しむ。ディスグレイスが答えるより早く、フィアーレスが言った。

「私の知り合い。アシサノの同期」
「アッ! クガ=サン! 相変わらず辛気臭い顔してるねー! それともフィアーレスって呼んだ方がよかった?」
「ウン。イバ=サンは相変わらずやかましい」

 特に苛立った様子もなく、フィアーレスが答える。対照的にディスグレイスの心境は穏やかではない。まさかこの女が……否、ニンジャが生きているとは思わなかった。

 シャープキラー。ディスグレイスの記憶ではモータルとして振舞っていたときの名前はイバ・マツガヤ。アシサノでも特に優秀な部類に入るアサシンだったらしく、アシサノ私塾抗争においてはアンブッシュに始まる狡猾な立ち回りで、クローンヤクザ三体を率いたサンシタニンジャを爆発四散せしめた。

 もっとも、部隊長としてやってきていたソニックブームに挑んだのが運の尽き。即座に返り討ちにあった彼女は両脚をケジメされ、野たれ死ぬのを待つだけの運命だった。……ディスグレイスが口を出さなければ、の話だ。フィアーレスを確保した彼女は欲をかき、その命を救って自身のコレクションに加えようと目論んでいた。

 その方針を転換したのは、フィアーレスから仕入れた彼女の噂話のため。曰く、優秀には違いないが自分本位に過ぎる。突っかかられたことを理由に同期を始末し、謹慎させられたこと数知れず。マユツバだが、いびきがうるさいという理由でルームメイトをカイシャクした。云々。

 これは自分の手にあまる。早々に直感した彼女は、それとなく彼女のサイバネ施術を遅らせ、もってふわふわローン滞納者コースに叩き込み、後腐れなくお別れするつもりだったのだ。だが、どういうわけかこの小娘はここにいる。

「そーんなコワイ顔しないでよー、ディスグレイス=サン! 私はさ、恩返しに来たんだから」
「……ほう?」
「知ってるよー。私の命助けてくれたの、あなたなんだよね。つまりこの命、あなたに捧げたいってわけで……アハハ、ダメだな! 私こういうの向いてないや!」

 意味もなく笑いつつも、その目は油断なくディスグレイスを凝視している。思わず舌打ちが漏れた。ソウカイヤに入ってから得た同期のニンジャネームを知り、あまつさえ誰にも知らせていなかったはずの新居に潜り込む。どうやったかは知らないが、こちらのことを調べ上げているのは間違いない。

 キールバックが鋭い視線を向けてくる。その目には殺意の光が灯っていた。ディスグレイスは無言で制する。このアサシン崩れが油断できぬ相手であることは自分が一番知っている。仮に敵に回せば、死人が出てもおかしくはない。

 アグラのままの少女にディスグレイスは接近し、その顔を覗き込む。ヘビめいた瞳孔に、不穏な輝きが灯った。

「なんのつもりだ」
「エー? 言ったじゃない。恩返しだよ、恩返し……信頼ないなあ……」

 朗らかな笑みが一瞬、ニヤリと歪む。シャープキラーは挑むように輝くディスグレイスの目を覗き込んだ。

「理由はどうあれ、あなたが拾った命……本当に、好きにしていいんだよ? そういうのが好みなんだよね? いい趣味だと思うな……すごくいい趣味……」
「……貴様」
「アッハ! そろそろ本当にコワイ! ゴメンゴメン、からかいすぎた!」

 おどけたようにシャープキラーが身を仰け反らせる。そのときにはあの年相応の朗らかな笑みだ。

 ディスグレイスは目を細める。意図が読めぬ。しかしわかるのは、ここで追い払ったところでなんらかの手段でまた自分に関わりを持ってくるだろうことだ。先ほどの睨み合いでよくわかった。

 ともあれ、今は信じてやるのも一興か。並々ならぬカラテの持ち主でもある。使い走りには充分すぎるだろう。……それに、黙ってさえいれば、見目は悪くない。

「……いいでしょう。好きになさい。フィアーレス=サン、妙なことをさせないように」
「ン……難しいけど、わかった」
「ヤッタ! ディスグレイス=サンってば優しい! 大好き!」

 大仰に喜びを示してみせるシャープキラーに、キールバックが露骨な嫌悪の表情を向ける。ディスグレイスへなにか進言しようとした彼女は、しかし結局奥ゆかしい沈黙を保った。これまでの経験故である。

 こうして、四人のニンジャの奇妙な同棲生活が幕を開けたのだった。

【余暇編へ続く?】



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