忍殺TRPGソロリプレイ:【ファースト・オツカイ・オブ・バイオホッパー】
◇前置きな◇
今回は非公式プラグインのルールを適用して生まれた以下のニンジャをチャレンジャーとする。ザイバツ加入までの経緯は、別記事として公開したので興味のある方は読んでみてほしい。
ニンジャ名:チェスナットホース
【カラテ】:6
【ニューロン】:5
【ワザマエ】:4
【ジツ】:0
【体力】:10
【精神力】:5
【脚力】:3
装備など:
・家族の写真
○ヨロシ脱走バイオニンジャ
挑戦するシナリオはトラッシュ=サンの「コメダ雑居ビル入居者希望あり」。前回、私はこのシナリオのクリアに失敗しており、リベンジとなる形だ。
では、ヨロシクオネガイシマス。
◇オープニングな◇
ネオサイタマに無法地帯と呼ばれる地域はいくつかある。コメダ・ストリートはその中でも特に物騒な区画として有名だ。足を踏み入れるのはせいぜい無軌道なヨタモノか、世間知らずのガキか。あるいは後ろ暗い目的のある連中か。
ストリートのど真ん中を往くチェスナットホースは三番目だ。重金属酸性雨も降っていないのにサイバーレインコートを着込み、すっぽりとフードで頭部を覆い隠している。異様だ。だが誰何する者はいない。このストリートの住人は沈黙を尊ぶ。
『モシモシ。こちらモンスメグ。聞こえているな、チェスナットホース=サン』
「うん。ダイジョブ」
『よし。こちらも問題はない……つまり、君にプレゼントしたメンポの小型カメラと集音マイクに異常なし。ナビゲート可能だ』
メンポ付近から聞こえる女の声に、チェスナットホースは頷く。フードの奥から伸びた二本の触角が小刻みに揺れた。
『念のため確認だが、周囲に異常は?』
「ん。これ、動きづらい」
『……それは我慢してくれ。君の姿は、その、どうしても目立つ。目立てば余計な敵を集めることになる。説明しただろう?』
「でも、周囲に、誰もいない……『安普請と?』」
地面につかんほどに長い触角を緩やかに振り回しつつ、チェスナットホースは周囲を見渡した。マイクの向こうのモンスメグは問い返さない。小型カメラより、そのように書かれたポップ字体のネオン看板を確認できたからだ。
『その看板の斜向かいに視線を移して……そう、そのビルだ。そこが目的地。なにをやるかは覚えている?』
「うん。エート」
チェスナットホースが答えようとしたそのとき。「アイエエエエ!」ビルの入り口から悲鳴! チェスナットホースは小首を傾げる。悲鳴の主はすぐにわかった。女だ。こちらの姿を認めたのか、必死な表情でこちらへ……「ヒャホー!」BLAMBLAM!
駆け寄ろうとした瞬間に崩れ落ちる。弾丸を脚に撃ち込まれたためだ。チェスナットホースはやや屈み込み、入り口を見やる。側頭部に剃り込みを入れた男が、ヘラヘラと笑いながらガンスピンをしていた。
「逃げちゃダメよ! 俺たちまだまだ遊び足りないの。ワカル?」
「アイエエエ……助けて。助けて……」
女の哀願に答える者はいない。周囲の家から覗く住人の瞳はあれど、飛び出す者はおろか囁き声すら聞こえない。彼らはよく知っている。このストリートにおいては反応しないことこそが長生きの秘訣だ。
チェスナットホースはそれを知らぬ。ただ、動かなかった。ビルの中に引きずられていく女をじっと見つめていた。
『どうした。まさか助けようなどとは思っていないな?』
「掃除」
『うん?』
「さっきの、みたいなのを、全部殺して、綺麗にする。あたしの、仕事。だよね?」
『……ヨロシイ。その通りだよ、チェスナットホース=サン』
コメダ・キツネ総合ビル。それがチェスナットホースの目的地の正式名称だ。かつての権利者を不慮の事故で失ったあと、ヤンクあがりのヨタモノたちが暴力でここを占拠した。その支配を裏で支援していたヤクザクランもソウカイヤによって滅ぼされ、もはやこのビルに未来はない。あるのはただ退廃と暴力だけだ。
もっとも、そうした事前知識をモンスメグはチェスナットホースに教えていないし、チェスナットホースも必要としていない。それは今後の作業になんら影響しない。
すなわち、ザイバツ・シャドーギルド派遣隊のための清掃作業。ああしたヨタモノたちを綺麗さっぱり始末し、空白地帯に立ったこのビルディングを確保する。それがチェスナットホースに与えられた任務であった。
『だが、せっかくだ。先程のヨタモノの後についていってくれ。そこから始めよう』
「わかった」
チェスナットホースは屈み込み「イヤーッ!」跳ねた。そしてそのままビルの中へとエントリーしたのだ。
◇1階な◇
諦めたようにぐったりとした女の首根を引きずり先を行く剃り込みヨタモノ。チェスナットホースはその背を興味深げに見つめていた。彼らの位置はタタミ数枚しか離れていないが、ヨタモノが背後の侵入者に気づく様子はない。チェスナットホースの無音の歩行と野伏力が故だ。
やがて剃り込みヨタモノは角を曲がる。チェスナットホースは角の手前で静止した。向こう側に新たな気配を感じたからだ。
「おっ、ちゃんと連れてきたか」
「アッタリマエジャン! ゲストよ、ゲスト」
「違いねえ。けどツイてねぇなあ、俺。そいつマブなのに、今日に限って見張りだぜ」
「そういうなって。終わったら呼んでやるヨ」
「温かいうちにな!」
下卑た笑い声が木霊する。それに紛れて女のすすり泣き。チェスナットホースは微動だにしない。会話のすべてを理解できたわけではない。だが、どうやら奴らの「巣」めいた場所がこのビル内にあるのだということはわかった。
そっと角の先を覗き込む。剃り込みヨタモノがエレベーターの奥へと消えたところだった。その手前にはまた別のヨタモノ。腰にはドス・ダガー。
『見張りか。武装しているとはいえ、君の敵ではあるまい』
「じゃあ、味方?」
『……すまない。言葉の選び方が悪かった。あれは君の敵だが、君よりはるかに弱いと言いたかったんだ』
「ああ、うん。そうだね」
チェスナットホースはこともなげに頷く。少しの沈黙のあと、モンスメグが言った。
『……チェスナットホース=サン。君のカラテを見せてくれ。今後、共に敵と戦うこともあるだろう。どれほどのものか改めて確認したい』
「いいけど、これ。脱いでいい? 動きづらい」
『わかった、わかった……好きにしろ。あとで回収するんだぞ』
「うん」
了解を得るやいなや、チェスナットホースはサイバーレインコートを脱ぎ捨てた。そして「イヤーッ!」側転で角から躍り出る!
「な、ナンオラーッ……!?」
突然の侵入者に見張りヨタモノは反射的に怒鳴りつけようとし、相手の姿を見て言葉を失った。彼は唖然とする。どう見てもそれは人間ではない。
シルエットだけ見れば、ボディスーツを着用した女に見えなくもない。だが実際は、メンポで覆われた顔を含め、全身を昆虫めいた甲殻に覆われている見たこともない生き物だ。
タチアイ前のスモトリめいて屈み込んだそれの脚は、小柄な体躯に比して異様に長い。まるで巨大なバイオバッタを思わせる。凝縮されたバイオ筋肉で肥大化した太腿部が、ぎちりと不穏な音を立てた。
……メンポ?
「ドーモ。チェスナットホースです。イヤーッ!」
アイサツを終えるやいなや、その姿が掻き消えた。
【カラテ】判定(難易度NORMAL)
6d6 → 1, 3, 4, 4, 4, 4 成功 【万札】:0→1
「アバーッ!?」
見張りヨタモノの上半身が宙を舞った! 跳躍したチェスナットホースが弾丸めいてその肉体を撃ち抜いたのである。後に残されたのは円形にえぐり取られた傷跡を残す下半身。なんたるチェスナットホースの凝縮バイオ筋肉によって徹底的に強化され常ニンジャの三倍はあろうニンジャ脚力の威力か!
然り。申し遅れたがチェスナットホースはニンジャである。しかもただのニンジャではない。暗黒メガコーポが一つ、ヨロシサン製薬が秘密裏に研究し生み出した冒涜的バイオニンジャなのだ!
壁を蹴って緩やかにサマーソルトし、着地したチェスナットホースは身体を振って無造作に返り血を払い落とす。
「これで、いい? モンスメグ=サン」
『ああ。要望に応えてくれてありがとう。君のカラテはよくわかった。素晴らしい』
モンスメグの言葉に、チェスナットホースはバイオ鉤爪で自らの頬を軽く掻いた。そして眼前のエレベーター操作盤を見上げる。
『ふむ……地下階はなし。全四階建。敵が集まっているのは三階だな』
「巣の、ありか? なんで、わかるの?」
『……ああ。三階の文字盤が明るくなっているだろう? それはエレベーターの現在地を示す。先ほどの男が最後の利用者だから、そこで降りたのは間違いない。つまり、他の敵もそこだ』
「なる、ほど。モンスメグ=サン、賢いんだね」
『ハハ! お褒めに預かり恐悦至極。では、君には一階ずつ掃除をお願いするとしよう。まずは二階だ』
チェスナットホースは頷き……困ったように立ち尽くす。
『……どうした?』
「上。一回外に出て、跳んで登っちゃ、ダメ?」
『アー……エレベーターに乗ったことがないのか? 大丈夫だ、私がナビゲートする。オーケー?』
「…………うん」
チェスナットホースはどこか不満そうに頷き、モンスメグの指示に従って操作盤のボタンを押した。
◇2階な◇
チーン! 「イヤーッ!」二階に到着したエレベーターが開くのとほぼ同時、チェスナットホースは勢いよく飛び出した。着地し、身体を勢いよく震わせる。
「狭いとこ、嫌い!」
『そ、そうだったか。悪いな……今のうちに文明に慣れておいてくれ』
「ウー……中華、料理。ブッダ亭」
チェスナットホースは眼前のノーレンを読み上げる。その先にあるのは電子施錠済みのドアだ。足早に近づき、耳をすませる。
「アッヒャッヒャッヒャ! これで5連勝だぜ、5連勝!」
「アァ!? ザッケンナコラー! イカサマしてんだろテメッコラー!」
「オイオイ、言いがかりはよせって。親しき仲にも……ほら、ナントカいったろ! アレだよアレ」
中から漏れ聞こえるヨタモノたちの声に、チェスナットホースは首を傾げて自らのメンポを叩いた。
「あれも、殺す?」
『そうだ、が……そのままでは入れないな。ドアノブのあたりをよく見てくれ。……そう、そこ。電子ロックがあるだろう? まずそれをどうにかしないとな』
チェスナットホースはドアノブへ顔を近づけ、興味津々に古びた電子ロックを眺める。マイクの向こうからモンスメグの苦笑が聞こえた。
『ずいぶんと旧式だな! これならいくらでもやりようがある。私ならカラテだが……ああ、いや。今回はハッキングをしてもらうか。やり方はわかるか』
「UNIXを、使う?」
『ンン……まあ、そうだが……』
「ダイジョブ。たぶん。お母さんの、見てたから」
『そうなのか? ならオテナミ・ハイケンといくか』
訝しみつつも、モンスメグは静観の姿勢を選ぶ。チェスナットホースの母……すなわち彼女の脱走を後押ししたらしいヨロシ研究者はハッカーだったのか。少しだけ嫌な予感を覚えながら。
チェスナットホースは支給されたハンドベルト装着型UNIXに手を触れ……なかった。屈み込み、電子ロックの数字盤に鉤爪を置く。そして……ストコココココココココココ! 残像を刻むほどの素早さで数字盤が押下されていく!
【ワザマエ】判定(難易度HARD)
4d6 → 4, 5, 5, 6 成功! 【万札:1 → 4】
『オイオイ……たしかにそれでも押し通せるだろうが……』
モンスメグが呆れる。自身の想定していたハッキングと乖離した光景を見せられた故だ。パスワード受付時間に想定以上の入力を行うことで無力化する物理ハッキング。むしろこちらのほうが難度が高い。
無論、チェスナットホースはそんなことなど知らなかった。彼女がハッキングとして思い描いていたのは、UNIXに向かいタイピングをしている『母』の姿。バイオ培養カプセルの中にいたチェスナットホースには、その背中しか見ることができなかった。なにをしているのかと尋ねれば、『母』は微笑んで答えたものだ。
『ちょっとしたハッキングよ、チェス。いい子だから、もう少しだけ静かにしててね?』
以来、チェスナットホースはハッキングをそうしたものとして定義した。ひたすらに早くタイピングを繰り出す。ストコココココココココココーン! そして! 「ピガガーッ!?」 ディスプレイに一瞬だけ「認識不能な」の文字を表示させ、電子ロックが爆発! 「アイエッ!?」チェスナットは驚いて後方跳躍。クルクルと回転し、そのまま天井へと張りついた。ワザマエ。
その直後である! KABOOOOOM! ブッダ亭のドア向こうから尋常でない爆発音! 「「アババババーッ!?」そしてヨタモノたちの悲鳴! チェスナットホースはびくりと身体を揺らし、天井から落下。空中で姿勢制御し三点着地。それと同時、ドアが力なく開かれた。
そのまま微動だにしないチェスナットホースは、困ったように呟いた。
「…………失敗?」
『アー……いや、どうだろうな……開いたし、中の連中もイチモ・ダジーンにできたし……成功でいいんじゃないか』
戸惑ったようなモンスメグの声。ナムサン、彼女らは知らぬ。爆発したUNIXの火花が、掃除を怠っていたブッダ亭内部の油ぎった床に着火し、結果的に連鎖的爆発を引き起こしたことなど。これもまた、インガオホー。
『ま、よくやったチェスナットホース=サン。メンター……ああ、ヘルダイバー=サンも君を評価しているよ。だから気にするな』
チェスナットホースはおそるおそる中を覗き込む。黒く染まった室内の中央に、炭の塊が転がっている。ヨタモノの成れの果てか。部屋の中を一通り確認し、爆発の衝撃で開いたらしい旧社員ロッカーから万札を回収(モンスメグの指示だ)。気を取り直して三階へと向かうのだった。
◇3階な◇
チーン! 「イヤーッ!」「アバーッ!?」三階に到着しエレベーターが開いた直後。勢いよく飛び出したチェスナットホースは、妙に柔らかいものを踏みつけて首を傾げた。
ナムアミダブツ。それは床にへたり込んでいたオーバードーズヨタモノである。当然のごとく首がへし折れ即死。見回せば、同様のブザマを晒すヨタモノたちが濁った目をチェスナットホースに向けている。
チェスナットホースは不思議そうに首を傾げ、一人納得したように頷いた。
「掃除、しなきゃ。イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!?」
おお、ナムアミダブツ! チェスナットホースの強靭な脚が無慈悲にヨタモノたちの首を刈り飛ばしていく! ……掃除を終え、ザンシンするチェスナットホースの耳に男の声が届いた。
『モシモシ。こちらヘルダイバーだ。情報連携を行う』
「連携?」
『ウム。私は今、モンスメグ=サンとともに向かいのビルにいる……連中、奥ゆかしさが足らんようでな。カーテンを開け放しにしているおかげで乱痴気騒ぎがよく見える。君から見れば、正面のドアの向こうだ』
チェスナットホースはそちらを見やり、音もなく接近。たしかに喧しい笑い声や空砲の音が聞こえてくる。
『銃声が聞こえたな? 他にも何人かショットガンを持った者がいる。ああした連中は舐められることを嫌うからな。本物で間違いあるまい。密閉空間で全方位射撃ともなれば、いくらニンジャといえどただでは済まない。故に、機を待つ。君は先に四階へと向かいたまえ』
「ここは?」
『後回しだ。連中が騒ぎ疲れた頃合いに二面制圧……つまり、挟み撃ちにする。……なにか不満があるのかね?』
ヘルダイバーの声が不意に剣呑なアトモスフィアを纏う。それは不確定要因の察知……即ち、か細く聞こえる女の声に起因するものだ。剃り込みヨタモノに脚を銃撃されたあの女の。
チェスナットホースは答えず、首からぶら下げたヨロシ社員証を覗き込む。カドマ・マイ。硬い表情の母が彼女を出迎えた。チェスナットホースは数秒静止。そして。
1.指揮官ニンジャの言うことはもっともだ。あなたのニンジャは4階へとエレベーターを操作した。
2.義侠心か力への驕りか、あるいは女性への下心? なんにせよ、あなたのニンジャはヨタモノたちの巣窟へと続く扉を開け放った!
3.これほどまでに人数が揃っているなら、まとめて始末すればブラッドバスだ! あなたのニンジャはエレベーターを背にし、強行突破に向けてカラテを漲らせた……!
→2を選択
「……まず、味方。助ける」
『なんだと?』
ヘルダイバーが訝しむより早く、チェスナットホースはドアを開け放った。浮かれていたヨタモノたちの目が、恐怖と諦観に染まった女の目が、その前でサケを煽っていた剃り込みヨタモノの目が。一斉に異形のニンジャへと集中する。
「……エッ?」「なに?」「なんだこれ?」
『……馬鹿な。なんのつもりだ』
ヘルダイバーの苛ついた声に、チェスナットホースは答えない。彼女は平然とオジギを繰り出した。
「ドーモ。チェスナットホースです」
「エッ」「ニンジャ?」「人間じゃない……」「オバケ!」「う、撃て! 撃てーッ!」
オジギ終了から数秒後! 部屋の中に無数のマズル光が瞬いた! BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!
連続回避判定(HARD)
6d6 → 1, 2, 3, 3, 4. 6 成功 敵8→7
6d6 → 1, 1, 1, 2, 5, 6 成功 敵7→6
6d6 → 1, 1, 2, 4, 4, 6 成功 敵6→5
6d6 → 1, 2, 3, 4, 5, 6 成功 敵5→4
6d6 → 2, 2, 4, 5, 5, 6 成功 敵4→3
6d6 → 1, 1, 3, 3, 4, 6 成功 敵3→2
6d6 → 2, 3, 3, 3, 4, 6 成功 敵2→1
6d6 → 1, 1, 6, 6, 6, 6 成功! ゼンメツ!
無数の銃弾が殺到する。チェスナットホースのバイオキチン甲殻は堅牢だ。しかしこれだけの銃弾を受け止められるほどではない。故に彼女はわずかに逆関節の脚を軋ませ「イヤーッ!」跳んだ。目の前の現実に耐えきれず気絶した女の元へ。
◇◆◇◆◇
銃撃に参加していた剃り込みヨタモノは目を剥く。色付きの風が前から後ろへ自分の横を通り過ぎ、後ろから前へと通り過ぎた。
捉えることなどできなかったし、なにが起こったかを知る機会もなかった。かろうじてチェスナットホースを追いかけていた弾丸がその脚を撃ち抜いたからだ。「アイエッ」剃り込みヨタモノは倒れこむ。その眼前で、誤射したと思しきサイバネアイ持ちのペケロッパの首が飛んだ。
「ア……」血の気が引いていく。薬物でハイだった頭が、冷たい現実で急速に覚めていく。誰かが叫んでいる。その内容は銃声に押し出されて聞こえない。目の前に、誰かの生首が落ちてきた。目をそらしたくなるほどの恐怖の表情。
「助けて」
頭が痛い。身体の震えが止まらない。スモトリ・ワナビーがショットガンのフレンドリーファイアで胸板を弾けさせ、死んだ。色つきの風が部屋中を飛び回る。巻き込まれたショットガンヨタモノが首を刎ねられて死んだ。
「助けて……誰か、助けてよォ……」
頭を抱える。銃声。カラテシャウト。悲鳴。銃声。カラテシャウト。悲鳴……静寂。剃り込みヨタモノはおそるおそる顔を上げようとして
「イヤーッ!」「アバーッ!」
その頭を無慈悲に踏み潰され、死んだ。
◇◆◇◆◇
「モシモシ。三階の、掃除。終わったよ」
アビ・インフェルノ・ジゴクめいた室内を平然と見渡し、チェスナットホースは報告する。その腕の中には気絶した女。抱えながら飛び回り、ヨタモノたちを全滅させたのだ。
数秒の沈黙。チェスナットホースが再度報告しようとしたとき、モンスメグがようやく応答した。
『す、素晴らしい! 素晴らしいカラテだったぞ、チェスナットホース=サン! 只者ではないな……! やはり私の、』
『モンスメグ』
熱を帯びたモンスメグの声は、冷たいヘルダイバーの声に掻き消される。(……スミマセン)マイクの向こう、小さく項垂れるような声が聞こえた。そして溜息。
『……成る程、君は大したニンジャだよ。それは認めざるを得ない』
「うん。ドーモ」
「だが……いや、だからこそ。命令違反は控えてもらいたい。スタンドプレーですべてが帳消しにできるほど、我々には余裕がないのだ。わかるね?』
「…………ハイ」
チェスナットホースの触角が力なく垂れ下がった。ヘルダイバーの意をすべて汲み取れたわけではないが、叱責されたことだけはわかるのだ。再度の溜息のあと、ヘルダイバーはやや励ますような声音で言った。
『まあ、済んだことだ。今は未来を見たまえ。具体的には四階を。落ち込むのも反省も、それが終わってからだ』
◇4階◇
チーン! 「イヤーッ!」エレベーター四階到着と同時! 飛び出したチェスナットホースはそのまま飛び蹴りで正面扉を破壊! CRAAAAASH!
「なんだァ!?」
室内で仮眠を取っていたらしい最後のヨタモノが跳ね起きる。エレベーター内の打ち合わせ通り、チェスナットホースはメンポに備えつけられたスピーカーの音量を上げた。
『ドーモ。はじめまして。ヘルダイバーです』『モンスメグです』
「ア? ア……?」
『通信機越しにシツレイする。ここのビルディングをいただこうと参上した。ああ、君のお仲間はこの……エート……チェスナットホース=サンが片付けた。先にジゴクでパーティするとのことだ。君も急いで参加したまえ』
「ア……?」
チェスナットホースはスピーカーの音量を下げる。そして尋ねた、
「もういい?」
『ああ。待たせてすまないね』
「いいよ。イヤーッ!」
【カラテ】判定(NORMAL)
6d6 → 2, 3, 3, 4, 4, 6 成功 【万札】4→6
「あ、アバーッ!?」
な、ナムアミダブツ! チェスナットホースの蹴りがラストヨタモノの腹に叩き込まれる! ラストヨタモノは背後のマネキネコ型貯金箱を、窓をぶち破って外へ落下!「アバーッ!」悲鳴! 「アバーッ!?」また悲鳴! チェスナットホースは首を傾げ、窓から外を見下ろす。ラストヨタモノの脚が砕けている。着地の衝撃に耐えきれなかったか。
さらには路地裏から現れた人影がその首根を作って掴み、闇の奥へと連れ去っていく。ナムサン。もはや助からぬだろう。コメダ・ストリートの住人は、反応しないことが長生きの秘訣と知っている。
興味を失ったチェスナットホースは、大きく伸びをした。これで掃除が終わったのだ。
◇査定(リザルト)◇
「よくやってくれた、チェスナットホース=サン! 正直言って何度もヒヤヒヤしたが……君に任せたのは正解だったようだな!」
数分後、三階。合流したモンスメグは、チェスナットホースの手を両手で握り勢いよく縦に振った。そして背後のヘルダイバーが戒めるように咳払いするのを聞き、慌てたように冷静さを取り繕った。
ヘルダイバーは静かにチェスナットホースを見つめる。
「コホン……まずはよくやってくれた。我々ザイバツ・シャドーギルドは、改めて君を歓迎する。ともに黄金のニンジャ時代へ邁進していこうではないか」
「うん」
チェスナットホースは頷いた。言葉の意味はまったくわからないが、仲間として認められたことはなんとなく理解できた。
ヘルダイバーの目が不意に細まる。その視線の先には、ぐったりと横たわる女の姿。
「だが、だ。そこのモータルを助けに入るような無茶だけは今後控えてくれ。あそこで爆発四散していてもおかしくなかったのだぞ」
「……うん」
「そもそもが、なぜ助けに入った? 味方がどうこう言っていたが……」
「ア……それなのですが。チェスナットホース=サン。少しだけそれを見せてくれ。首にかけた……そう、それ。その写真をヘルダイバー=サンに」
モンスメグの指示通り、チェスナットホースはヨロシ社員証を掲げてみせる。訝しげに覗き込んだヘルダイバーは、倒れるモータルの顔を見、納得したように頷いた。
「成る程。味方、か」
いかなるブッダの悪戯か。倒れ、疲弊したその女の顔は、社員証の中のチェスナット『母』とよく似ていたのだ。モンスメグがそっと耳打ちする。
「……ヘルダイバー=サン。このモータルも確保すべきかと」
「そうだな。このじゃじゃ馬の手綱に成り得る……しかし、なんだな。これでじゃじゃ馬が二人になったな」
「……その、スミマセン……」
こそこそと話し合う二人を、チェスナットホースは不思議そうに眺めていた。
評価:C
【万札】6→8
モータルを獲得
……数日後!
「た、ただいま戻りました……」
コメダ・キツネ総合ビル二階、元「ブッダ亭」。まだ焦げが残るその部屋に、一人の女がおそるおそる顔を出した。その片脚は医療用サイバネティクスに置換されている。彼女の名はスダ。かつてこのビルに囚われ、今もなお囚われている女だ。もっとも、今のほうが扱いがだいぶいい。
謎めいたフロシキを手に、女はここの主を探し求める。正直なところ、スダはまだ『あれ』に慣れていない。仲間のニンジャたち……然り、ニンジャだ。悪い夢のようだが現実だ……がいうことには、彼女は『あれ』に助けられたのだと言う。
だからこそ、彼女は『あれ』のために働かなければならない。といっても、やることはお使いだ。あのヨタモノたちの悪夢めいた日々に比べてなんと平和なことか……
「オカエリ」
「アイエッ!?」
突如、眼前に降ってきた「それ」に思わず腰を抜かす。茶色のバイオキチン甲殻に覆われた女性めいたシルエット。小柄な体躯に対し、肥大化かつ長大化した逆関節の脚部。ビーズめいた黒い目が、不思議そうにスダを見つめている。
これが命の恩人にして今のスダの主人である。名をチェスナットホースという。
「どうか、した?」
「アイエッ……す、スミマセン。急に落ちてきたら、その、びっくりしてしまって」
「そう。次から、気をつける。ところで」
「あ、アッハイ! 買ってきました! これ……で、大丈夫でしょうか……?」
震える手でフロシキを外し、中のものを掲げる。それは傍目から見れば緑色のヨーカンめいていた。バイオインゴットである。チェスナットホースは満足げに頷いた。
「平気。アリガト、スダ=サン」
「ど、どういたしまして……」
バイオインゴット代
【万札】8→ 6
チェスナットホースはメンポを外し、昆虫めいた顎門を大きく開いてバイオインゴットを咀嚼し始めた。バイオニンジャである彼女にとって、この緑色のヨーカンは欠かせない。生命維持に絶対必要なものなのだ。
引きつった笑顔で食事のさまを眺めてくるスダに気づいたチェスナットホースは思い出したように部屋の隅へ向かい、そこに置かれていたタッパーを手に取った。そしてスダへと差し出す。
「あげる」
「エ」
「お礼」
スダは目を白黒させる。タッパーの中身はオーガニック・スシであった。くう、と小さく腹の音が鳴る。
わずかに恥じ入りつつも、彼女はもそもそとそれを食べ始めた。自分はこれからどうなるのか。そんな思いを抱きながら。
【ファースト・オツカイ・オブ・バイオホッパー】終わり
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