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古賀及子の『気づいたこと、気づかないままのこと』 第7回「新型コロナウィルス感染症の陽性者として当センターに登録されました」

新型コロナウィルス感染症に罹患した。ついにだ。

ついに、鬼につかまったのだ。

高熱が出た。ああ、ついに……ついに私も……。もうろうとしながら、でも思った。そういえば、いつから新型コロナウィルスは「ついに」の感染症になったのだろう。「まさか」の病気だったころもたしかにあった。

いわゆる市中感染が広がってもうずいぶんになる。気づけば周囲にも多くの罹患者が出た。コロナありきでこのまましばらくやっていかねばいけないだろうとゆるく腹をくくる、諦めて引き受ける雰囲気が社会にじわじわ仕上がっていった。

結果いつしか、逃げ切れないものを感じるようになったのかもしれない。このままではすまされないような、受けるべき災難をまだ受けていない、未然のつもりが私のどこかにあった。

順繰りにやってくる町内会のお役目がまわってくる、感覚としてはそれくらい、確実に来るべきものが正しくめぐっているのだと、不備でも運でもなんでもない、時期は不明だがやってくること自体は自明のことのように感じるようになっていた。

本来感染症というのはそういった必然のものではないはずだ。けれど、第7派が終息するも下げ止まり、このまま下げ切らず冬の第8派に向かうのではというタイミングでの罹患において「ついに」の感想と未然感はやむを得ないものだったのだ。

2020年の春、まだ罹患により何がどうなるかすらわからない、ワクチンも開発のめどが見えず、株の種類も今よりも重症化の傾向が強かったころ。緊急事態宣言が発令され店が閉まり人々がきれいに街々から消えた。あのころはまだ間違いなく「まさか」だった。

「まさか自分が」と一歩引いた気持ちでいながら、社会的な恐ろしさから「もしや自分も」と震えあがる、そんな気分だった。正しく怖がるというのも当時出てきたことばだっただろうか。

正しく怖がる。今でもその気概のままでいるべきことは、もちろん理解している。ケアにあたる各所にかかり続けるテンションはゆるまることがいっときもないだろうし、感染症がおさまらないかぎり悲しい思いをする人はいくらでも出る。

逃げ切れず「ついに」つかまったという気持ちは、逃げるのを諦めたのがウィルスにばれてしまったようにも感じそれはやっぱり、悔しい。

発熱は聞きしにまさるやぶからぼうだった。

あまり感じ慣れない胴体のだるさを不思議に思い、熱を測ると37.4℃あった。それまで普通に生活していたのに、突然ぐらっと足元がすくわれる発熱だった。

すくわれた足元が地面をすべるようにそのまま体を布団に横たえると、一気に頭がぐんぐん枕にめりこんだ。脳に熱を感じる。ふっと眠ってしまい、起き上がるともう38℃台まで体温は上昇していた。

手足と表皮全体はむしろ冷たい。もう十分熱は高いはずなのに、ぼうっとしているとヒュっと手足の皮を伝い骨に電気が通るように寒気が刺した。これまでの病気の経験で、寒気は熱が上がる予兆ととらえていたが、熱が上がった状態でも寒気が走るものなのか。感触としてはくすぐったい。ちょっとおもしろいけれど、はじめての感覚でおそろしくもあった。

発熱初日はそのままさすがにぐったりし、立ち上がるたび脇の下に異様な重力を感じた。着物の袖に土を入れているような感じ。自重以上に、土として地面に戻りたいと、下へ向け引っ張られるようだった。どうしても横にならざるをえない。

コロナウィルスが流行して以来、何度「もしかしてこの症状は」と思ったか知れない。生理周期由来の微熱も、仕事の調子が上がらないときのだるみも、乾燥でかすれた喉のいたみも全部コロナだと、体調不良のすべての道はコロナの疑いにつなげた。

感染しても無症状の人がいる以上、それが感染ではなかったとは言い切れない。でも、本当に感染して発症するというのは、かつて疑った症状のどれともまったく違う状態だった。

幸い、発症翌日にはもう微熱程度に解熱し、その後のどの痛み、鼻づまりと症状を移行させながら翌々日には完全に平熱まで戻ったが、発症の発症性は、実感として疑う余地のないものだ。発熱と同時に「これがコロナだ」と強く確信した。自信があった。それくらい、ちゃんと独特なものだった。

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