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買い物かごに人生が映るとき(古賀及子)

大人気の古賀及子さんエッセイ。今回もおためしで全文無料でお読みいただけます!

スーパーで買い物をする。買い物かごに人参と、じゃがいもと、玉ねぎを入れる。豚肉を入れる。それからカレールーも入れる。

なんだか照れる。「ああ、この人、今晩カレーを作るんだ」と、もろに分かるから。

そんな、買い物かごの恥ずかしさは、あるある話として定番的に聞く。私にもこの感覚は強くある。

人参、じゃがいも、玉ねぎ、肉、カレールー、その連鎖から生まれるカレーという物語をなんとか壊すべく、攪乱のためにヨーグルトをかごにつっこんで、「あっ、だめだ、ラッシー作るみたいじゃん」と茫然とするなんてことはよくある。
カレーは分かりやすい例だけど、鍋スープに白菜と豆腐と豚肉とか(寄せ鍋)、豚肉肉とじゃがいもと人参としらたきとか(肉じゃが)、卵と鶏肉と玉ねぎとケチャップくらいのレベルでもなんだか居心地がわるい(オムライス)。

自分のことに、ひと様は興味がない。だから恥ずかしがることなんてないのだ。

それに気づかされる中年以降の年代になっても落ち着かないのだから、これには単なる自意識の問題とはちょっと違う側面があるはずだ。

分かりやすい買い物かごには底の浅さが映る。自分が人として解読可能な、平易な存在であることが示される。

プライドが揺らぐのではないか。それは他人に対してではなく、自分に対してだ。

もっと難解な自己であってほしいと願う孤独な祈りを、人参と、じゃがいもと、玉ねぎと、肉とカレールーの買い物かごは笑うのだ。



家庭用のプリンターは持たない主義で長く暮らしてきた。

あれはすぐに壊れるし、インクも紙も必要で安定的に稼働させるには常々ケアが必要だ。相応の置き場所も考えなければならず、狭い家では難しい。

スマホにデータを入れて持って行けばコンビニの複合機から出力が可能だし、そもそも私にはそれほど紙に何かを印刷せねばならない用事が少ない。

20代前半のうちに、壊れたのをきっかけにプリンターは手放した。以来、40代に入るまでプリンターのない家で暮らした。

プリンター復活ののろしは、数年前、中学生だった息子が唐突に上げた。

ある日突然、抱いて帰ってきたのだ。親戚の家に遊びに行って、これ使ってないんだけど、持って行く? と聞かれらしく、素直にもらって帰ってきた。

20年ぶりのプリンターは、天井がぱかぱか開いて、スキャンもできるらしい。かねてからそういう機種はあったろうが、かつて持っていたものは搭載していなかった機能だ。

それにしても長年プリンタを必要とせず暮らしてきたものだから、目の前に登場してなお私は興味がどうしても持てず、パソコンにドライバも入れずに出力の必要があればこれまで通りコンビニに行って済ませた。

結局、もらったままずいぶん放置し、やっと通電させたのも息子であった。学校の課題のレポートを打ち出す必要が生じたのだ。

コンビニまで行くくらいならプリンターがあるんだし使うわと、説明書に従って律義にテストプリントまでして使いはじめた。

目の前でギュッギュッギュッギュという音とともにインクですこししっとりして印字された紙が出てくる。

いただいたものにこんなこを言うのも失礼だけど、廉価なプリンターのようだ。20年前に使っていたものと、プリンターとしての挙動はあまり変わらないように見える。

横で眺めて、さすがに重い腰が上がり、私もドライバを入れ、するとなんだかんだで使う機会があった。実は私は自分で気づかないまま、それなりにしょっちゅうコンビニに出力に行っていたということらしい。

傘を差したら案外雨粒が傘に振れ、それによってそれほどではないと思っていた雨の降り気づくみたいに、自分がプリンターを必要としていたことに気づかされたのだ。

そのうち息子は高校に上がり、下の娘も中学生になった。息子は提出するレポートの本数が増えプリンタの稼働の頻度はいよいよ上がった。

娘も定期テストの際に参考書をスキャンして紙に出力し、問題用紙として活用するなど、もはや無いと困るレベルで活躍するようになった。

改めて自分でも驚いたが、私は20代の頃にプリンタを手放してから、使いかけのA4のコピー用紙をそのままずっと保管してきた。捨てる理由がまったくなく、でも使うこともなく、2度の引っ越しを私と一緒についてきた。

プリンタの出現によって20年の時を経てこの紙の束に光があたった。20年間枚数を1枚も減らさなかったのが嘘のようだ。止まった時が戻ったのかのように紙がふたたび、束から減りはじめた。

そうして、ある土曜日、ついに使い切った。

感動的ですらあった。こんなことが起こるのだから生活は油断できない。



うち震える間もなく、背後から息子の「あれ、コピー用紙、もしかしてもう無い?」という声がかかった。手にはタブレットを持っており、作った資料を学校に提出するため出力したいらしい。

そうか、使い終わったら終わりではないのだ。

これは人生だ。人生にはエンドの先が死ぬまである。新しい紙を買わねばならない。

息子に聞くと、月曜の授業に持って行きたいという。

急ぎなら以前のようにコンビニで出力すればいいとはいえ、そのうちどうせ使うわけだし、紙はやっぱりあった方がいい。

本来だったら息子を買いに行かせるところだが、ここ何年もコピー用紙を買ったことがなかったものだから、私は相場がぜんぜん分からない。

ちゃんと値段帯を指定せねば息子は超高級紙を買ってくる可能性がある。この人は以前、電池買ってきてと頼んでエボルタネオを買って帰ってきたことがある。

一束いくらくらいするものなんだろう。ネットで見ると紙質によってそれなりに値幅はあるようだ。だいたい400円から500円台が一般的なのか。

これも勉強であるなと、休みの日だし駅前の文具店まで足を延ばしてみた。古くからある街の店に並ぶコピー用紙は一束600円以上する。名のある文具メーカーの品で、きっと質の良い紙なんだろう。

うちで使うなら質は問わないし、帰って安いのをネットで買おう。引き返しつつ、せっかく出かけてきたんだし、スーパーで晩の買い出しをすませてしまうことにした。

冷蔵庫に使い切ってしまいたい豚肉がある。頭をあまり使いたくないし、カレーにするか。

いつもの買い回りルートに沿って、玉ねぎと、にんじんと、じゃがいもをかごに入れる。カレールーも。

ああ、明確にカレーの買い物かごになっていく。はちみつが家にあるから食後にヨーグルトも食べようと、かごに追加して、ラッシーを作るみたいになってるじゃんと、抗えなさに茫然とする。

がんばろうねと自らをはげましながら振り返ると、目の先が、食品に押されたようにひっそりとほんのひと棚だけある文具のコーナーだった。

油性ペンや、消しゴムや、鉛筆。それにボールペンと、糊、茶封筒。それぞれ各界の、おそらくトップシェア商品が厳選されPP袋に入ってぶら下がっている。あれ?

【A4 コピー用紙 500枚】

履歴書やキャンパスノートが並ぶ下の棚の一番すみに、コピー用紙があったのだ。そうか、コピー用紙ってスーパーにもあるんだ。しゃがんで値段を見る。

【348円】

えっ?

【348円】

安う!

このスーパーが連携する大手スーパーの、どうやらプライベートブランド商品らしい。プライベートブランドってコピー用紙まであんの。

すぐに手にとって買い物かごの、玉ねぎの横に縦にして差し込むように入れた。

するとどうだろう、この誇らしさは。

カレーの材料各種とヨーグルトに、急に無機質に白く立方体の、A4コピー用紙500枚の束が加わった。有機の世界に無機の塊、なんだか急に、買い物かごの中で意味が難しくなった気がする。

このかごについて語るには、原稿用紙が10枚では足りない程度には複雑だ。ただの今晩の買い物に、これまでの私の人生がからむ。

今までの鬱屈を打開する、冴えた買い物かごだと思った。一気に溜飲が下がった。

帰ってまだ冷たいヨーグルトにはちみつをかけて食べた。息子は無事に資料を出力している。あると思った豚肉がなくて、夜のカレーは肉なしだった。



【シカクよりおしらせ】

古賀及子さん初の本格エッセイ集が、シカク出版より先日発売しました!

さらに古賀さんの日記本第2弾も、同時期に素粒社より発売!!

エッセイ集はこのnoteの連載、古賀さん個人noteに掲載した記事、書き下ろしを収録。
書籍化にあたりwebで公開したものにも大きく加筆修正を加え、いつの時代に何度読み返してもおもしろい仕上がりになりました。

日記本は前作に未収録の日記+その後新しく増えた日記を収録。約300ページの大ボリュームです。

過去の回想と日々の揺れうごき、どちらにも古賀さんの視点がふんだんに詰まっており、セットで買うとより多面的に楽しめてお得です。
シカクオンラインショップでも販売中!(下の画像からリンクで飛べます↓)

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