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次のおとなへ押し上がる(古賀及子)

人生が40代に入ってから時間がしばらく経ち、「おとな」のターンが案外、一辺倒でもないと思うようになった。

子ども時代にくらべおとなの期間はとても長い。その長さだけを考えたとき、おとな時代は色でいうと1色で、同じように日々を繰り返し積み重ねるだけのものだと、10代くらいのころはなんとなく思っていた。

もちろん、そもそもおとなを続けるうえでライフステージは人それぞれに時間とともに変わっていく。そこに波瀾万丈があり悲喜こもごもがあって生活に波形があるのは理解はしていて、でもそういう具体的な生き方の話じゃなく、たとえばおとなになってしまうと、シンプルに体が大きくならない。同じ背丈の体を太らせたり痩せたりしながら生きるだけになる。

未就学だったのが小学生になるとか、大学生が社会人になるような心身の成長にともなう、確実にステージがひとつ上にあがるような変化が起きない。

そういう意味で、のっぺりと時をつないでいくのがおとなだととらえていたのだ。

その感覚は20代とか30代のなかばくらいまでは同じだったと思う。「社会に出ちゃうと学校にいたころみたいに学年が上がらないから、3年くらい経ったところでなにもかわらないよね」、なんてことを言って、おとなというものの単色具合をかみしめていた。

30代の後半に入りその感覚に静かに揺らぎがおこりはじめた。

揺らぎの微震を察知したのは、いちど加入してやめた生協に再加入したあのときだ。はじめての子どもができてすぐのころにいちど入会するも費用が高くてやめて、ふたり目の子どもができて低価格帯の組合に加入したのに注文が面倒になってやめ、コロナ禍に入って外出を控えるためにまた入った。人生で3回目の入会ということになる。

生協的に、わたしは3回転生したことになる。一度やめたら終わりじゃない、おとなとして生きる期間が長いからこそおこる輪廻ではないか。

懐かしい子どものころの自分がいて、いまの自分がいる。かつては子どもの上におとなとしての人生を塗り重ねていたわけだが、いまやおとなの上におとなの人生を塗りつぶしていっている。過去の記憶のなかに「おとなの自分」が登場しはじめたのだ。

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