私をおいて死なないで(古賀及子)
会ったことのない人の通夜に連れて行かれたことがある。
中学生の頃だ。亡くなったのは隣町の高校生で、朝、自転車で新聞配達をしていて朝もやと一緒に車にひかれてしまったのだという。
隣町は山間の谷に沿って住宅がまばらに立ち並ぶ。道はうねって当時は砂利道だった。あまり車の通りは多くなかった。
冬のことだ。新聞を配達する時間はまだ夜として暗く、もやしのように立つ田舎の道の街灯は、明るさも限定的で頼りなかっただろう。
自転車に乗り吐く白い息も朝のもやで見えない。力強く漕いで進む姿もまぎれた。
私にはいま高校生の子どもがいる。その前提の頭でとらえて想像を五感でなぞると発狂してしまいそうになる。いや、高校生の子どもがいるとかいないとか、そういうことじゃない。絶対的な絶望の事故だった。
中学校の同級生の、幼なじみだった。
*
ちょっと変わった同級生だ。田上さんと言う。
田上さんは、他人を自分のように扱うことができる、扱えるに違いないと考え信じている人だった。
最初は普通の人と人だ。田上さんがいて、人がいる。けれど田上さんは、この人は自分だと徐々に覚醒する。覚醒してしまうともう迷わない。田上さんは人を自分の内部に取り込む。体内に埋めるように。
私はある時期、田上さんに取り込まれたひとりだった。
たとえばある日、田上さんが、友達と会いに行くのだけど服に合わせる靴がないからあなたの靴を借してくれないかと家にやって来た。もちろん構わないと貸したのだけど、田上さんは私よりも体の少し大きな人だ。
あとで、田上さんが私の靴を「なぜか分からないけどきつい、だからかかとを踏んで歩くしかない」と言いながら難儀して履いていたと、出かけた先で田上さんに会ったという友人から聞いた。
本来の靴の持ち主である私のことを、田上さんは自分だと思っているのだ。だから、靴のサイズが私と違うことが体感はできても、頭で理解できない。
高校に上がるタイミングで、田上さんは遠くの県に引っ越した。引っ越した先は離島だそうだ。当時はPHSを持っている友人もいたけれど、まだポケベルが全盛の時代だった。
田上さんは私のポケベルも自分のものということにした。田上さんが引っ越し先から遊びに来るときに、友人たちに私のポケベルの番号を「滞在中のポケベルの番号です」としてみんなに伝えたのだ。離島では電波が届かないそうで、田上さんはポケベルを契約していなかった。
私のポケベルには自分宛てのものと田上さん宛てのもの、両方のメッセージが入り混迷を極めた。が、田上さんは意に介さないようだった。
田上さんは、好まない人物がいれば私にも距離を取らせようとした。あの人はすごく変わっている、あの人は怖い人だと常々私に言って聞かせた。反対に、私のことを他の人たちに悪く取られるように吹聴して回ってもいたらしい。
靴やポケベルだけじゃなく、私の交友関係や、私の純粋な感情も自分のものだと思っているふしがあった。私を他のすべての人たちから切り離し、そうして自分の体内により埋めやすいように、やすりをかけるように丸く丸くしようとしたのだと覆う。
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