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蔵前の100円

蔵前に向かう大江戸線で隣に座っていた乗客が立ち上がり電車から降りた。その際にその席に100円玉を残した。私は取ることもできずにじっとその100円を見ていた。正面に座っていた足の悪そうな老婆も100円玉を見ていた。私と目が合ってにっこりと微笑んだ。新しい乗客はまばらだったが、100円玉が置かれた席には誰も座ろうとしなかった。次は蔵前、蔵前、とアナウンスが流れ私が電車を降りる準備をしていると、老婆がゆっくりと私の元に歩み寄り、隣の席の100円玉を掴み、「ラッキーだから」と私にそれを渡した。「ありがとうございます(?)」と100円玉を受け取り、私は電車を降りた。電車の老婆はすでに元いた席に座っていた。100円玉からは少し温もりを感じた。その100円玉を握りしめて、私は浅草寺まで散歩することにした。多くの人で溢れたおみくじの周りには、漢数字に苦戦するインバウンドが険しい顔つきをしていた。まだぬくい100円玉でおみくじを引いた。小吉だった。

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