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歯学の行方:在宅医療の本質と歯科に求められること

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,「臨床の行方」「歯学の行方」という2本のコラムを掲載しています.
本記事では7月号に掲載した「歯学の行方:在宅医療の本質と歯科に求められること」を全文公開いたします(編集部)

菅 武雄/鶴見大学歯学部 高齢者歯科学講座

歯科に求められているもの

患者に関わる医療者の誰もが,在宅医療の必要性を感じている.これは歯科においても同様である.
現在,在宅医療を実践している歯科医院は約2割程度と推測されるが,「いつかは在宅医療に参画しなければ」と思いながら,何年も外来診療のままの状態を続けているのが,多くの歯科医師の姿だと思う.それでもクリニックは維持できたし,発展もしてきたので,“これからも同じ時間が流れるであろう”という正常性バイアスが働いている.

しかし,たぶんその状態を続けるのは難しい.
世の中は想像以上に速く展開しており,変化への対策をとり,素早く対応することが求められているが,“在宅医療への積極的参画”も歯科の生き残り策の1つになる.

日本老年歯科医学会から発表されている「在宅歯科医療の基本的考え方」*1には,今後,われわれ歯科が在宅医療において“何を”“どうすべき”か,の指針が記載されている.
今回は,その中から「対象患者」の項目を紹介し,これからの在宅医療の本質と歯科の役割を紐解いてゆく.

歯科訪問診療の対象者

訪問診療の対象者は,かつて“病名を有した通院困難者”であった.前述の「基本的考え方」では,現在でも“通院困難な者”は訪問診療の対象であるが,可能であれば,搬送して外来や病棟で診療したほうが望ましい処置は多いし,安全管理上,そして診療の性質を考えればそうしたほうがよい.
では,なぜ訪問診療なのか.それが,まず越えるべきクリニカル・クエスチョン(CQ)である.

歯科訪問診療に携わる専門家の間では,通院困難な患者さんに対し,搬送手段を用意して外来診療室で診る,といった対応だけでは不十分だ,ということが理解されて久しい.外来ではできない仕事があるし,医療環境での対応だけでは不十分な場合があることが明らかとなっている.
その典型例は「義歯を紛失した」といった事態である.義歯の製作と並行して義歯の管理体制を構築する必要があったのだ.義歯の紛失を患者本人の責任とするのでは問題の解決にはならない.従来の診療では足りないところに在宅医療の根本的な意味が潜んでいる.

在宅医療の本質

在宅医療の本質,それは医療を行う“環境”の違いである.環境の違いが在宅医療の性質を決定的なものにしている.
医療は強力なパワーをもつが,それは十分に整った医療環境の中でこそ発揮できる.そのことは病院の成り立ちを考えても説明がつく.病院は,患者さんを生活環境から切り離して治療するための施設だからである.

しかし,いま求められている医療は,“生活機能”をいかに回復させ確保するか,まで広がった.生活機能は日々の“生活環境”で必要とされるものであるから,生活環境において生活機能に対応すること,これが在宅医療の本質である.そこに歯科がどのような役割を果たすことができるか,それが,これからの時代の歯科を考えるポイントになる.

地域包括ケアシステムにおける歯科の役割

生活機能重視の方向性は,地域包括ケアシステムにおいても基本の柱になっている.地域包括ケアシステムに求められる在宅医療の機能は,
 ①日常の療養支援
 ②急変時の対応
 ③退院時の支援
 ④看取り

の4つである().この4機能こそが,現在そして将来における在宅医療のニーズであり,歯科に求められているのは,その4分野に効果的に対応することである.

歯学の行方7月号_図

以下にそのヒントを示す.
①日常の療養支援:歯科訪問診療の多くが,維持期の患者に対するものである.しかし,このステージに入る前に必要な治療やリハビリテーションがあったはずで,訪問診療の相談で最も多いのが急性期・回復期の問題を維持期に持ち込んだために発生している.したがって,歯科がいかに日常の療養支援をするかが重要である.

②急変時の対応:急性期病院に入院している患者に対し,口腔が感染源にならないように,そして経口摂取を助けて栄養を確保するために歯科は存在する.回復期への移行も含めて,歯科における訪問診療のこれからのトレンドの1つが急性期・回復期の患者への訪問診療である.

③退院時の支援:退院する患者を希望する場所(自宅や施設)に帰すため,経口摂取の回復や栄養摂取方法の確立が歯科に求められる.これは,歯科衛生士が活躍できるようになった新しいフィールドである.われわれは「嚥下ショート・栄養ショート」(短期間に集中して摂食嚥下機能の評価を行い,代償的介入方法を決め,また栄養改善を行う対応の1つ)のプロジェクトを開始しているが,これは専門家による短期集中対応の手法である.

④看取り:在宅での看取りは在宅医療のゴールである.歯科衛生士の高度なケアが最期の食事を可能にし,呼吸を助け「ケアの完成」を目指すのである.

歯科医療の専門家として時代のニーズに対応することが使命であるならば,在宅医療のニーズに応えることがこれからの歯科に求められているのである.

文 献
*1 一般社団法人日本老年歯科医学会:在宅歯科医療の基本的考え方 2016(2016年12月4日).

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