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歯学の行方:経口摂取の重要性

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,「臨床の行方」「歯学の行方」という2本のコラムを掲載しています.
本記事では6月号に掲載した「歯学の行方:経口摂取の重要性」を全文公開いたします(編集部)

片桐さやか(1)・戸原 玄(2)/
東京医科歯科大学(TMDU)大学院 医歯学総合研究科医歯学系専攻
1 生体支持組織学講座歯周病学分野 講師
2 老化制御学講座摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授

経口摂取の意味合い

口から食べることにはどのような意味があるでしょうか.もちろん栄養摂取という意味合いは大きいですが,社会的な側面も多分に含まれます.摂食嚥下機能の低下した高齢者は誤嚥性肺炎になりやすく,歯科が誤嚥予防や嚥下のリハビリなどを行うことは以前と比べれば普通の臨床になってきましたが,まだまだ普及しているとは言えません.

本稿では,われわれが近年行ったいくつかの取り組みを通して,時代に即した歯科のニーズを考えてみます.

摂食嚥下関連医療資源マップ

摂食嚥下障害に対応する医療機関を可視化するために「摂食嚥下関連医療資源マップ」 を作りました(図1).このマップには歯科医療機関だけではなく,摂食嚥下機能の問題に対応できる医科の医療機関が1,500以上登録されています.
自院で対応が困難な嚥下障害患者や,知り合いなどで困っている方がおられましたら,ぜひご活用いただければと思います.

歯学の行方_再-2

筆者は訪問診療に毎日のように出かけておりますが,患者さんの中には,胃瘻状態でも少量であれば経口で食べられるようになる方はたくさんいらっしゃいます.そういう方に「ゼリーを食べるといいですよ」と言っても,そもそもゼリーが大好きだった方がそうそういるわけではありませんので,嬉しがってもらえるのは最初の1週間くらいです.

そのような時に,嚥下機能に問題がある方でも食べられるメニューを提供しているレストランに行くことができれば,外出にもつながります.医療資源マップには,そのような摂食嚥下機能が低下した方に対応する飲食店にもたくさん登録していただいておりますので,嚥下で困っている方がいらしたらぜひ活用するようにお話しください.びっくりするような有名な飲食店も,掲載されています.

また,最近は要介護者でインプラントが埋入されている方が増えてきました.これまでは,そのような方に専門的に対応できるクリニックを探すのは難しかったのですが,医療資源マップ上で登録ページを新たに作り,対応できる医療機関の情報を提供できるようにしました.先の嚥下機能と合わせて,対応可能な先生方がおられましたら,ご登録ください.

オンライン診療

医科では保険でもオンライン診療が始まっていますが,歯科ではまだ馴染みがありません.たとえば,オンラインを通して“歯を削る”とか“印象を採る”はさすがに不可能です.しかし,摂食嚥下については,患者さんの様子を観察したり,口腔周囲のみならず手や足を動かしてもらったり,声を出してもらったりすることで評価するので,オンライン診療とは馴染みがよいのです.

そこで筆者らは,摂食嚥下に対応できる医療機関が普及していない現状を踏まえ,オンライン診療を開始しました.今のところ,形態としてはD to P with D(患者さんと近隣の歯科医師に同席していただき,われわれ専門医とつなぐ,図2)を基本としています.
システムは「YaDoc」というオンラインカルテのビデオ通話システムを利用しており,今まで宮城,福島,大阪,岐阜などの先生とトライアルでつながって症例を集積しています.

歯学の行方_再-図2

現在,日頃の訪問診療と比べてそれほど引けを取ることのない診察が行えており,今後の可能性は大きいと感じています.

経口摂取が腸内細菌に及ぼす影響

日頃,患者さんを診ていて,経鼻経管や胃瘻から脱却して口から食べられるようになると,摂取カロリーが同じだとしても,見た目に元気や力強さが出てくるような方が多くいると感じます.そこには,「おいしい」「嬉しい」「管から解放された」という心情的な部分だけではない何かを感じます.

それを検証したいと考え,経口栄養の再獲得と口腔内および腸内細菌叢との関連を,細菌学的に検討しました*1.

脳卒中の亜急性期に経管栄養となり,その後,摂食嚥下訓練を受け経口摂取となった8名の唾液と便を,摂食嚥下訓練前の経管栄養時,および摂食嚥下訓練によって経口栄養となった後に採取しました.
解析の結果,経口栄養を再獲得することにより,口腔内および腸内細菌叢が多様化し,細菌同士の相関関係を示したネットワーク構造も,経口栄養の再獲得後には口腔内および腸内ともに,1つのネットワークより多くの細菌が関わるように変化しました.
つまり摂食嚥下訓練は,腸内細菌の面からも“健康に寄与できているのではないか”と推察できます.

時代に即した歯科医療ニーズを

今回は摂食嚥下の観点から,単に訓練をしよう,口腔ケアをしようというだけではなく,医療資源の所在を明らかにして,どうしても足りない場合にはICT を利用したり,口から食べることにはまた別の側面からの意味合いがあることを紹介しました.

歯科医療も時代のニーズに合ったものを提供する必要があり,解決すべきは解決し,介入の意味合いや可能性を広げ,新たな価値観を実臨床に定着させてこそ,そのニーズに応えられると思います.

謝 辞
今回,原稿の執筆にあたり多大なるご協力をいただきました,本学高齢者歯科学分野の中川量晴助教,原 豪志特任助教,山口浩平先生,同生体支持組織学講座歯周病学の岩田隆紀教授,芝多佳彦特任助教,前川祥吾特任助教,大杉勇人先生,渡辺数基先生,駒津匡二先生に深謝いたします.

引用文献
*1 Katagiri S, Shiba T, Tohara H, Yamaguchi K, Hara K, Nakagawa K, Komatsu K, Watanabe K, Ohsugi Y, Maekawa S, Iwata T: Re-initiation of oral food intake following enteral nutrition alters oral and gut microbiota communities. FrontCell Infect Microbiol, 9:434, 2019. doi:10.3389/fcimb.2019.00434

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