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臨床の行方:評価されはじめた小児期の口腔機能の重要性

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,「臨床の行方」「歯学の行方」という2本のコラムを掲載しています.
本記事では7月号に掲載した「臨床の行方:評価されはじめた小児期の口腔機能の重要性」を全文公開いたします(編集部)

河井 聡/山口歯科医院

予後不良の矯正治療

矯正治療後,再び歯列が乱れてしまうことは,自院の症例でも数多く経験してきた.たとえば,矯正既往の患者が開咬の状態で来院することも少なくない.患者自身は気がついていない,そこまで気にしていないことで救われている面もあると思うが,歯科医師側から見ると決して良い状態であるはずがない.

歯列不正の原因は大きく分けて解剖学的な問題と,口腔機能の問題(口腔習癖)の2つが挙げられる.解剖学的な問題に関しては,従来の装置を使った矯正治療で改善が可能な症例が多いが,口腔機能が問題となる場合は装置を使った矯正治療だけでは改善できないことが多い.

矯正装置を使用して歯列形態を一時的に治せたとしても,その原因である口腔習癖を放置しているのであれば,その後,また同じような形態の悪化傾向をたどる.

自分自身も以前は口腔習癖に気づかず形態ばかり注目して対応し,なかなか治らない,治せたとしても,すぐに歯列形態が再び悪化していく症例を経験したが,そのことにより,原因である口腔習癖に注目するようになった.

欠損歯列の難症例-原因は口腔習癖

成人の欠損歯列症例の補綴後の経過を診ていくと,欠損の進行を止めることができない難症例に出会うことがある.それらの症例の経過不良の原因を考えていくと,極度のブラッシング不良や全身疾患などとともに,力がコントロールできないことが挙げられる.

力がコントロールできない理由として,偏咀嚼,クレンチングやグラインディング,舌癖による開咬を原因とする臼歯への過負担などの口腔習癖が挙げられる.口腔機能に大きな問題があると,歯列の長期的な維持が難しく,特に欠損が進行すると力の偏在などから残存歯への影響は加速度的に大きくなる.さらに欠損が進めば,口腔機能の維持も難しくなり,悪循環に陥る.

最高の予防治療は“正しい口腔機能の獲得”

小児期に口腔習癖を改善し,正しい口腔機能を獲得することができれば,正常な歯列咬合に導くことができる.そして正常な歯列咬合であれば,長期的に安定した経過を得ることができる.

安定した歯列は,老年期に至っても口腔機能を維持し,食べる力をサポートすることを可能とし,オーラルフレイルの予防につながる.オーラルフレイルが予防できれば経口で栄養摂取できる状態が維持されるため,サルコペニアの進行を防ぐことが可能となる.

このように生涯にわたり全身の健康に大きく寄与する口腔機能を小児期から育んでいくことは,いわば将来にわたる“最高の予防治療”となる.
正常な口腔機能を小児期のうちに獲得させることは,成長して一生続く“口腔からの健康管理”の第一歩として,これからの歯科医療の最大のテーマといえる.

機能と形態

機能と形態は密接な相関関係がある.口腔機能が正常であり,歯列形態に解剖学的な問題がなければ正常な口腔状態になる.ところが,口腔機能に問題(口腔習癖)があると,歯列形態にも問題が表れる.そして,形態に問題が表れると,さらに口腔習癖が誘発され,悪循環が発生する.

歯列矯正を行えば一時的に歯列形態は改善するが,原因となる口腔習癖が残っていると再び歯列不正になる.つまり,改善に重要なのは,口腔習癖を改善するための機能訓練である.ただし,矯正治療を併用することで先に正常な形態を与え,機能訓練を行いやすい場をつくり,悪循環の輪を断ち切ることも有効な手段である.機能改善のための機能訓練,形態改善のための矯正治療の“両輪”をきちんとまわす必要がある().

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注目されるようになってきた口腔機能


正常な口腔機能を獲得するためには,問題となる口腔習癖を診断し,それに合わせた口腔機能訓練が必要となる.ブラッシング指導をしても全員がきちんと磨いてくれるわけではないように,機能訓練を行っても,子どもたちが必ずしもきちんと機能訓練をしてくれるわけではない.

機能訓練は未だエビデンスのある方法論が確立されていないうえに,患者側の要因に左右されるため,どうしても効果が不確実となり,術者側としてはやや敷居が高い方法であったと思う.しかも以前は保険に病名がなかったため,保険外で請求せざるを得ないことから,やるからには患者にもわかるような明確な結果が求められる苦しい状況であった.

しかし,折しも2018年4月の診療報酬改定で「口腔機能発達不全症」の病名で「小児口腔機能管理加算」が保険に収載され,さらに2020年4月の改定では「小児口腔機能管理料」が新設され,小児口唇閉鎖力検査も収載された.内容的にはまだまだ不十分ではあるが,徐々に診療の中で機能訓練を取り入れやすい環境になってきている.

口腔機能という概念が評価され,保険診療に取り入れられ始めたことは,歯科界として大きな第一歩といえる.口腔習癖は指しゃぶりに始まり,口呼吸,舌癖,口唇閉鎖不全,咬爪癖,咬唇癖,偏咀嚼,クレンチング,ブラキシズムなど多岐にわたり,診断や対応もそれぞれ異なるので,1つひとつの習癖に対する理解が必要となる.今後はわかりやすい診断法,対応について,きちんと確立していく必要がある.

参考文献
*1 河井 聡:口腔習癖 見逃してはいけない小児期のサイン.医歯薬出版,東京,2019.


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