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緊急レポート:米国・NY州における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の現状

月刊『日本歯科評論』では,時宜にかなったレポート記事を随時掲載しています.
本記事では7月号に掲載した「緊急レポート:米国・NY州における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の現状」を全文公開いたします.なお,ご執筆内容は2020年5月下旬当時のものであることを,ご承知おきください(編集部)

本間聖進/Kiyonobu Honma, DDS, PhD
Dept of Oral Biology
University at Buffalo, The State University of New York

昨年12月に中国の武漢で最初に報告されたCOVID-19は,その後,世界中に拡散・伝播し,今年の3月11日には,WHOがパンデミックを宣言しました.

アメリカでは1月20日にワシントン州で武漢からの帰国者1名が発症,最初の登録患者になりました.その後も患者の数が増え続け,5月30日現在で,1,748,705名の陽性者,102,856名の死亡者を出しています.4月28日時点での死者数は58,365名で,「ヴェトナム戦争時のアメリカ兵の総死者数58,220名を超えた」と報道されました.

私の住んでいるニューヨーク(NY)州は報道等でご存じのとおり,世界でも一番COVID-19の患者が多い地域になっています.今回は,NY州と私が住むエリー郡がどうなっているのか,そしてCOVID-19の治療薬開発がどうなっているのか,など5月下旬現在の状況について紹介します.

ニューヨーク州でのCOVID-19

NY州では3月1日に最初の症例が報告され,3月11日には76名の患者がNY市で確認され,クオモ知事が州の非常事態宣言を発令,また州行政命令が発令され,3月20日,NY州全体がロックダウンに入りました.
5月30日現在で368,284名の感染者,23,282名の死亡者が出ていますが,この2週間は1日当たりの陽性者,死亡者とも減少傾向にあります.しかし,老人介護施設で集中的に陽性者が出ていることから,5月11日からすべての該当施設の職員に週2回の鼻粘膜サンプルのPCR検査が義務づけられました(図1・図2).

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ロックダウンの解除はCDC(疾病対策センター)の策定した解除ロードマップに準拠しており,4段階(表1)で行われる予定ですが,5月15日に陽性者の少ない一部地域で第1段階の解除が実施されました(再開のための基準は表2).

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ニューヨーク州エリー郡の場合

私が住んでいるバッファロー市があるエリー郡は,州の東端のNY市から直線で約650km離れた州の西端にあるのですが,3月16日までに4名の発症者が確認されました.陽性者数,加療者数は,NY市ほど爆発的ではありませんが,その後も増え続けて,5月30日までの累計で,陽性者5,959名,死者516名,回復者524名になっています.

この地域に陽性者が出るまでは皆,比較的冷静だったのですが,3月13日に最初の患者が見つかったと報道された途端に,買い占め騒ぎが始まりました.最初に無くなったのはトイレットペーパーなどの紙製品,ハンドサニタイザー等の衛生用品,それに調理が簡単な冷凍食品,パスタ,果物など.それから冷凍食品を保存する大型の冷凍庫も売り切れ,今の時点で納品まで4カ月待ちとなっています.2週間くらい経つと一旦落ち着きましたが,4月15日に「全米最大の食肉加工プラントで多数の感染者が出た」という報道がなされると,食肉不足を心配した肉類の買い占めが起きました.

ロックダウン中は,必要な買い物や仕事,簡単な運動等以外の外出は禁止,社会的に必要不可欠な職種「Essential work」(表3)と見なされない職,例えば美容院,スポーツジム,宝飾店などは営業停止.公共交通機関は乗車人数を制限され,換気のため,窓は全開です.

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飲食店は,持ち帰りか配達に限って営業しています.第1段階の解除でもこれは変わりません.したがって,ネットに対応していない,あるいは配達などの手段を持たない店の中には,休業あるいは廃業したところもあります.

ロックダウン中の生活で,パンの売り切れはなかったのですが,小麦粉とパン用の酵母の売り切れが3月から2カ月経った今でも続いています.これは,ロックダウンで家に長くいることが多くなったため,家でパンやケーキを焼くようになったからだとか…….もう1つ,外出禁止の例外に「散歩」が認められているのですが,散歩のお供に犬の需要が上がり,近辺の動物保護施設から全部の犬の里親が見つかり引き取られていきました.ロックダウン解除後も,犬たちが新しい家で過ごせることを祈らずにはいられません.

幼稚園から高等学校までの学校は,3月16日から施設の立ち入りができなくなり,学年が終了する6月末まで登校はなくなりました.授業は週に数回のオンライン授業と試験だけになりましたが,このまま夏休みに入るか,それとも授業の不足分を7月以降に補填するのかは,現在検討中だそうです.
なお,当地域では,本来なら6月2日に第2段階の解除がなされる予定でしたが,5月30日からのBlack Lives Matterのプロテスト行動(黒人男性死亡事件の抗議デモ)で延期になりました.6月7日まで,夜間外出禁止令が出ています.

歯科医療機関

アメリカ歯科医師会(ADA)では,COVID-19の対策ページをウェブサイトに作成してさまざまな情報を発信していますが,3月16日には急を要する処置を除いてすべての歯科診療を中止するよう勧告を出し,それに従って多くの歯科医院で定期検診等の予約をキャンセルし,電話またはオンラインでのコンサルティングに切り替えました.また,一時休業を選択した歯科医院もありました.

このADAの勧告は4月30日で打ち切られ,新しくCDCが発表した「歯科診療再開のための暫定基準」に基づく,より高度な院内感染管理と高機能なマスク,手袋,フェイスガード等の使用を盛り込んだ指針を公表しております(表4).私が在籍するNY州立大学Buffalo校の歯科病院では,学生は自宅にいます(後述)ので学生診療室は閉鎖され,ファカルティが急患のみ対応し,患者は基本的に各科1時間に1人だけ……という対応になっています.

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大学の状況

当地でロックダウンが始まった3月16日は,全米の多くの大学で春休みが始まる週でした.学生は春休み期間中に地元(実家)に戻り,春休み明けからはオンラインで授業を受けています.新学年が始まる9月からも,基本的にオンラインでの講義が推奨されています.
歯学部の場合は実習が必須になりますが,本学では必要な器材を持ち帰って自宅で作成し,オンラインでインストラクターの評価を受ける形で進めています.また,OSCE教育もオンラインのインタビュー形式で行われます.

5月はアメリカの卒業式シーズンなのですが,今年は盛大な卒業式などは望むべくもなく,各自,端末の前でオンライン卒業式を迎えました.なお,学生有志で9月以降に,同窓会を兼ねた卒業イベントを企画しているようです.

歯科医師国家試験(Regional Examination)にもCOVID-19は影響を及ぼし,通常であればボランティアの患者と共に全米各地の会場に赴き実技試験を受験しますが,ADAのリリース(4月20日付)によれば,今後は6月から実施予定のDLOSCE(Dental Licensure Objective Structured Clinical Examinations),あるいはマネキンやコンピュータベースなどの“患者が参加しないシステム”に移行する予定です.

大学での研究そのものは,ヘルスケア関連のEssential workに含まれているので出勤は可能ですが,COVID-19に罹患するかどうかは自己責任ということで,ロックダウン開始直後,大学に一筆書いて仕事を続けています.
現在は,十分なPPE(個人防護具)の確保と着用,ラボ内のSocial distancingの徹底などの指針がエリー郡と大学の環境健康部門から指示され,7月中に本学でも再開できる見込みですが,大学院生が戻ってくるのはもう少し先になりそうで,完全再開となるにはまだ時間がかかりそうです.

治療薬等に関する現状

COVID-19の治療薬開発には,大きく2つの方針があります.1つは抗ウイルス薬やサイトカインストーム,急性呼吸器症候群などのCOVID-19の症状を緩和,治癒させる薬品を見つけることです.

既存の薬品も含めた検討がなされており,すでにHIVに対するプロテアーゼ阻害剤(ロピナビルとレトナビルの合剤,商品名カトレラ)*1,インフルエンザウイルスのポリメラーゼ阻害剤(ファビピラビル,商品名アビガン)*2,マラリアの治療薬(ヒドロキシクロロキン,商標名プラケニル)*3・4,さらに,ヒドロキシクロロキンとアジスロマイシン(商品名ジスロマック)を併⽤した場合,抗ウイルス作⽤の相乗効果がみられたとの報告があります*5.

また,感染に必要なプロテアーゼ(Ⅱ型膜貫通型セリンプロテアーゼ(TMPRSS2))が同定されていて,そのプロテアーゼ阻害剤カモスタット(商品名フォイパン)*6のウイルス阻害効果も認められています.2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村 智先生が開発された経口駆虫薬イベルメクチン(商品名ストロメクトール)の抗ウイルス効果も,オーストラリアのグループが確認しています*7.

すでに承認されている既存薬の新しい薬効を見つけ出していくことを「ドラッグリポジショニング」と呼びますが,このように既存薬のCOVID-19の症状緩和効果や,原因ウイルスであるSARS-Cov-2への抗ウイルス効果の確認はさまざまな薬品で進められています.既存薬の場合は安全性の審査等はすでに終了している場合が多いので,COVID-19への応用は効果が認められればスムーズに行われると思います.

もう1つは,原因ウイルスに対するワクチンを開発することです.ワクチンの種類には,従来からの弱毒生ワクチン,不活化ウイルスワクチン,抗血清の他に,アデノウイルスを使った組み替えウイルスワクチン,組み替えタンパクワクチン,DNAワクチン,RNAワクチンが考えられます.
家畜用のコロナウイルスには,弱毒,不活化ワクチンが存在しますが,これらのワクチンはSARS-CoV-2にはおそらく効果はなく,近縁ウイルスである2003年SARSのSARS-CoV-1用のワクチン開発はまだ終了していません.
既存のワクチンでは,BCGの接種率の高い国のCOVID-19での死亡者が少ないことから,テキサスA&M大学とベイラー医科大学を中心としたグループ(NCT04348370,第4相)のほか,各国で臨床治験が行われています.

アメリカのトランプ大統領は“Operation Warp Speed”と称して「今年中にワクチンを開発する」と発言しましたが,新規ワクチンの開発にはすべてが上手くいった場合でも1年から1年半はかかるとみられます(3月15日付の米公共ラジオ局NPRの報道による).
昨年12月19日にアメリカの食品医薬品局(FDA)は「2014年にザイールで始まったエボラウイルスの予防ワクチンを認可した」と発表しましたが,開発にほぼ6年かかったことになります.

動物モデルとして,SARS-CoV-2はマウスに感染しにくいことから,ウイルスのレセプターであるヒトACE2を発現する遺伝子組み換えマウスを使うか,他のモデルを検討する必要があるかもしれません.さらに,安全性評価,生産ラインの構築,特にDNAやmRNAワクチンを大量生産する場合の設備8)など,ワクチンを市場に送り出すまでにクリアしなければならない課題は沢山あるでしょう.

WHOのサイトに掲載されているワクチン開発の現況で,臨床治験に入ったプロジェクトが10件,その他に臨床治験前のプロジェクトが121件あります.

最近,第4段階のロックダウン解除後の生活を“New Standard(新常態)”と言い表すようになりました.“COVID-19が蔓延する前の生活には完全に戻れないこの感染症を,今の医療リソースの中で頑張ってコントロールしていこう”という覚悟がこの言葉からみえます.COVID-19に罹患して亡くなられた方のご冥福,ご療養中の方の早期回復,SARS-CoV-2の治療薬とワクチンの早期の開発の成功を祈りつつ,筆を擱きたいと思います.

参考文献
*1 Cao B, Wang Y, Wen D, Liu W, Wang J, Fan G, et al:A Trial of Lopinavir-Ritonavir in Adults Hospitalized with Severe Covid-19. N Engl J Med, 382:1787-1799, 2020.
*2 Wang M, Cao R, Zhang L, Yang X, Liu J, Xu M, et al:Remdesivir and chloroquine effectively inhibit the recently emerged novel coronavirus (2019-nCoV) in vitro. Cell Res, 30:269-271, 2020.
*3 Yao X, Ye F, Zhang M, Cui C, Huang B, Niu P, et al:In Vitro Antiviral Activity and Projection of Optimized Dosing Design of Hydroxychloroquine for the Treatment of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 (SARS-CoV-2). Clin Infect Dis, 2020.
*4 Liu J, Cao R, Xu M, Wang X, Zhang H, Hu H, et al:Hydroxychloroquine, a less toxic derivative of chloroquine, is effective in inhibiting SARS-CoV-2 infection in vitro. Cell Discov, 6:16, 2020.
*5 Gautret P, Lagier JC, Parola P, Hoang VT, Meddeb L, Mailhe M, et al:Hydroxychloroquine and azithromycin as a treatment of COVID-19: results of an open-label non-randomized clinical trial. Int J Antimicrob Agents, 105949, 2020.
*6 Hoffmann M, Kleine-Weber H, Schroeder S, Kruger N, Herrler T, Erichsen S, et al:SARS-CoV-2 Cell Entry Depends on ACE2 and TMPRSS2 and Is Blocked by a Clinically Proven Protease Inhibitor. Cell, 181:271-280 e8, 2020.
*7 Caly L, Druce JD, Catton MG, Jans DA, Wagstaff KM:The FDA-approved drug ivermectin inhibits the replication of SARS-CoV-2 in vitro. Antiviral Res, 178:104787, 2020.
*8 Amanat F, Krammer F:SARS-CoV-2 Vaccines: Status Report. Immunity, 52:583-539, 2020.

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