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臨床の行方:本邦初の『歯内療法診療ガイドライン』を作成して

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,「臨床の行方」「歯学の行方」という2本のコラムを掲載しています.
本記事では10月号に掲載した「臨床の行方:本邦初の『歯内療法診療ガイドライン』を作成して」を全文公開いたします(編集部)


古澤成博
/一般社団法人日本歯内療法学会ガイドライン委員会 前委員長
東京歯科大学 歯内療法学講座 主任教授

診療ガイドラインとは?

読者の皆さんは「診療ガイドライン」という用語からどのような内容を思い浮かべるであろうか.従来,日本歯内療法学会発行の『歯内療法ガイドライン』なる小冊子があった.これは教科書的なもので,どのような臨床診断名の場合に,どのように処置をするのが一般的であるか,といった内容を示すものであった.筆者が学会のガイドライン委員長を拝命(本年2月から林 美加子先生に交代)した2014年2月の時点では,この小冊子の内容を更新すればよいものと思っていた.

しかしながら,日本歯科保存学会が作成した『う蝕治療のガイドライン』を読んでみてもわかるように,診療ガイドラインは術者の視線に立った“料理本”的なものではない.診療ガイドラインというものを改めて勉強してみると,その意味するところは,当初われわれが考えていたものと実は根本的に違っていたことがわかった.

すなわち診療ガイドラインとは,「エビデンスのシステマティックレビューと,複数の治療選択肢の利益と害の評価に基づいて患者ケアを最適化するための,推奨を含む文書」(米国医学研究所:Institute of Medicine,2011)*1,あるいは「診療上の重要度の高い医療行為について,エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価,益と害のバランスなどを考量し,最善の患者アウトカムを目指した推奨を提示することで,患者と医療者の意思決定を支援する文書」(Minds,2016)*2と定義されている.

従来考えていた,「医師(歯科医師)が症例によってどのように対応すればよいか?」というようなハウツウ本的なものではなく,あくまでも患者さんが主体であり,患者さんの視線に立ったうえで,歯科医師が最善の治療を行うために推奨される指針であることがわかったのである.読者の皆さんも,そのような視点から改めて本ガイドラインをご理解いただければ,われわれとしても望外の幸せである.

本ガイドライン作成の経緯

本邦初の『歯内療法診療ガイドライン』を作成するにあたって,委員会でまずは「診療ガイドラインとは何ぞや?」ということから勉強しようということになり,この方面に明るい豊橋医療センター(愛知県)・歯科口腔外科医長の湯浅秀道先生に特別講師をお願いして,何回かに分けて講演を行ってもらい,委員会のメンバー全員が一から勉強して臨んだ.

臨床の行方_202010_図


そして今回のガイドラインは,現在,国際基準の診療ガイドライン作成法となっているGRADEシステム*3に則って作成することとなり,各自参考書を購入すると同時に湯浅先生にガイドライン作成に向けた道標を作っていただき,合宿形式やパネル会議を含む20回近い会議を経て,何とか完成に漕ぎ着けた次第である.

最も苦労した点は,まずシステマティックレビューでエビデンスが得られる項目・CQ(Clinical Question)の設定であった.エビデンスのある論文はいずれも欧米の論文であり,また,論文間で細かい条件がそれぞれ異なるため,一概に項目をまとめることができずに苦労した.
結局,未処置の根管に対する根管治療で「初回根管治療における」という条件を付け,「1回法は複数回法よりも有効か?」「処置後の鎮痛薬の処方は行うべきか?」「処置後の抗菌薬の処方は行うべきか?」の3つのCQを作成し,何とかそれぞれについての検討を進め,作成することができた.

診療ガイドラインは一度作成すればそれで終わりではなく,世界中で日々発表される論文をチェックして定期的にアップデートしていかなくてはならない.今後,日本歯内療法学会として,末永く継続して臨床に役立つものとしていくために,委員会の活動が活性化していくことになるであろう.その際,委員会のメンバーには大変な労力が課せられることになるが,今後,本ガイドラインの発展を考えた時,その努力は必ず報われることになると思われる.

今回,その礎を築くことで,本ガイドラインが将来発展するための基礎づくりの役割を果たすことができたものと信じている.

臨床でどのように活かすか

本ガイドラインは,臨床家の先生方が日常診療を行っていくうえで手元に置いておく,いわゆる診療ガイドの本ではなく,あくまで信頼のおける論文の結果から導き出した推奨グレードを示すものであり,診療内容を強制するものではない.したがって,千差万別の症例を日々診療する中での参考の一助になれば幸い,と考えている.

今回の『歯内療法ガイドライン』の作成は,われわれとしては未知の領域に踏み込んだ探究の集大成であり,先陣を切ってご努力くださった副委員長の澤田則宏先生をはじめ,論文検索等で多大なご尽力をいただいた今泉一郎,田中利典,八幡祥生,吉岡俊彦の各先生方,そして右も左もわからなかったわれわれを導いてくださった湯浅秀道先生に対して,この場をお借りして改めて心からの感謝とお礼を申し上げる次第である.

参考文献
*1 Graham R,Mancher M,Wolman DM,et al. Editors:Committee on Standards for Developing Trustworthy Clinical Practice Guidelines, Board on Health Care Services, Institute of Medicine of the National Academies. Clinical Practice Guidelines We Can Trust(2011). The National Academies Press.http://www.nap.edu/catalog.php?record_id=13058(Accessed June 19, 2017)
*2 小島原典子,中山健夫,森實敏夫ほか編:Minds 診療ガイドライン作成マニュアルVer2.0(2016.03.15).公益財団法人日本医療機能評価機構http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/guideline/pdf/manual_all_2.0.pdf
*3 相原守夫:診療ガイドラインのためのGRADEシステム第3版.中外医学社,東京,2018.


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