高重量スクワットでバーベルが前に流れる現象について
注意事項
本記事の対象者は(最低限)自重の二倍前後でスクワットが出来るレベルの方です。初心者・初級者にあっては、そもそも腹圧の掛け方などが未熟であるためにバーベルがまともに保持出来ていないなど、初歩的な問題を抱えている方がいらっしゃると思われますが、そのようなケースは取り扱っておりませんことをあらかじめご承知おき下さい。
はじめに
スクワットの際、横から見た時のバーベルの軌道が一直線ではなく前に流れるような動きになることを経験している方が多いと思いますが、この現象はなぜ起こるのでしょうか?また、この現象は悪いことなのでしょうか?まずはこの原因から考えていきたいと思います。
『バーベルが前に流れる』とは何か
上図の通り、スタートポジションではどのような担ぎであっても基本的にはミッドフットの真上にバーベルを担ぐことが出来ているはずです。しかし、しゃがみが深くなるにつれてバーベルが少しずつ前にズレていくと、下図③のようにミッドフットの真上からバーベルが外れた状態になってしまいます。本記事ではこの状態を『バーベルが前に流れる(た)状態』と定義します。
この状態では、バーベルがつま先寄りに流れてしまっているため、前に転ばないようにバランスを取ろうと余計な力を使ったり、バーベルが後ろへ転がろうとする力が働くことで肘や肩に負担が掛かるなど、良い状態ではないことに気づくと思います。
さて、特に高重量スクワットの場合、なぜこのような状態になり易いのでしょうか?
バーベルが前に流れる理由
まず、先ほどの図①と②を振り返ってみます。背中の前傾やそれに伴う膝の角度が異なるにも関わらず、両方ともミッドフットの真上にバーベルが来ています。この理由は何でしょうか?それは『背中の前傾』と『膝の角度』は反比例するからです。背中を立てようとすればするほどスネは倒れ、膝が前に出ていき、その逆も然りです。そのため、ミッドフットの垂直上にバーベルを保持したままスクワットをしようとすると、通常であれば、自身の筋力や骨格によって背中と膝は互いにバランスを取り合いながらその角度を決定し、適切な背中と膝の角度が決まるのです。
では、バーベルが前に流れてしまう原因は何でしょうか?それは、(意識的でも無意識的であっても)スネを立てたまましゃがむことに由来しています。
先ほども説明した通り、背中と膝の角度は反比例するため、
スネを"過度に"立てたまましゃがもうとする
⇒膝の角度が浅くなる
⇒尻を大きく引く必要が生じる
⇒背中が大きく前傾してしまう
⇒前傾し過ぎてミッドフットの垂直上にバーベルを保持出来ない
⇒(結果的に)バーベルが前に流れる
というメカニズムが発生しているということです。"過度に"という点ですが、当人にとっては十分スネを倒したつもりでも、自身の骨格や筋力によって起こり得る現象でもありますので、どの程度が"過度"なのか見極めが難しいところでもあります。
これは、所謂パワーフォーム(≒ローバースクワット)を採用しているパワーリフターに多く見られる現象でもあります。なぜ、このようにスネを立ててしゃがんでしまうのでしょうか?その主な理由は、膝伸展の動作域を減らし、比較的強い背面や尻・ハムストリングスを活用するためです。言い換えると、大腿四頭筋が極端に弱い場合に起こり易い現象(≒テクニック)ということです。
また、この現象はしゃがんだ時だけではなく、立ち上がる際にも起こります。しゃがんだ時には問題ないにも関わらず、立ち上がる瞬間に下図のような動きを起こしてしまうことがあり、その理由はしゃがむ時のそれと同様です。
バーベルが前に流れないようにするべきなのか
ケースバイケースですが、体型の問題で多少はやむを得ないこともあるでしょう。また、パワーフォームを採用しているのであれば、全くバーベルが前に流れないようにすることは困難です。体型については、例えば脚と比べて胴が長いとただでさえスクワットにおいて前傾が要求されるため、当人が限界までスネを倒したつもりでもまだ足りず、仕方なくバーベルを少し前に流すように背中を前傾させるケースが考えられますし、パワーフォームに関しては、そもそも背面や尻・ハムストリングスを効果的に使うためにある程度スネを立てることを前提としたテクニックですので、背中を前傾させるなと言う方がおかしな話です。
このことから、体型的な問題以外では、1RMを競うパワーリフターが”自己責任で”使うテクニックの一つとしては有効であると個人的には判断しますが、試合以外で普段からこのようなスクワットを行うことは背中の極端な前傾による疲労の蓄積や怪我のリスクに繋がります。そこで、なるべくバーベルを前に流さずに済む方法を考えてみましょう。
①スネを立て過ぎない
そもそもスネを立て過ぎる理由の一つに、身体的な問題で『足首周りが固すぎてまともにしゃがめない』ケースがあり得ます。アキレス腱が短くて柔軟性に乏しいとか、前脛骨筋が非常に強張っているなどもあると思いますが、この場合は足首周辺のストレッチの他、ヒールが高いウェイトリフティングシューズを着用することである程度は解消されるでしょう。
②横から見た時の大腿骨の長さを短くする
背中と比べて大腿骨が短いとより背中を立て易くなります。具体的には下図の通りになります。
大腿骨そのものの長さを変えることは出来ませんが、脚を広げてスクワットをすると横からの見た目の長さが短くなるため、背中を立て易くなります。
③背中を立てる
①とアプローチは逆です。スタートポジションの時点でなるべく背中を立てるようにすることで、結果としてしゃがんだ状態でスネをある程度は倒すことが出来ます。そのため、担ぐ位置を少しだけ高くする方法が有効かも知れません。
④大腿四頭筋を鍛える
より強い大腿四頭筋を得ることで、背中や尻・ハムストリングスへの依存度が低くなり、結果としてフォームを改善させることが可能となります。③のようにハイバーで担いだスクワットを行う他、ポーズスクワットやレッグプレスを行うなどの方法で鍛える方法があります。注意点としては、重量をある程度落とす必要があるということです。普段通りの重量では大腿四頭筋を活動させないようなフォームに自然となってしまうため、適切な重量設定を心掛けましょう。
⑤個人的な考え
①と②で問題が解消される場合を除き、1RMを追求する場合であれば、普段の練習で③や④の考え方を採り入れつつ、試合では多少バーベルが流れることを許容してでも限界を追求する、というスタンスが妥協点になると思います。前述の通りですが、普段からバーベルが前に流れるほど背中が強く前傾するようなフォームで練習を繰り返していれば、故障のリスクは高まるはずです。試合でベストを尽くすことは当然ですので、致し方ないこともありますが、単に目先の強さを得る以外に、故障のリスクを低減させるという視点も重要だとわたしは考えていますので、特にオフシーズンは採用するフォームを考え直してみてはいかがでしょうか。
最後に
ベンチプレスの記事でも書きましたが、フォームとはトレードオフによって成り立っているものだという認識を忘れないようにしてください。膝を前に出すか、背中を前傾させるか、その結果、どの部位で故障のリスクが高まるのか、自身のウィークポイントとストロングポイントはどこか、今一度分析しながらフォームを追求すると良いのではないでしょうか。また、当然ですが個人差があるため、多少はバーベルが前に流れても怪我もせず健康的にスクワットを行うことが可能な方も居ると思いますので、どこまでが許容範囲なのか、自身の感覚と向き合うことも必要でしょう。
なお、今回の記事では腹圧については触れておりませんが、『腹圧の強さを生かした強い前傾により敢えてバーベルを前に流すテクニック』が存在するかもしれません。しかし、自身でメリットを享受した経験がなく、わたしの知識では理論の構築が難しいことからここでは省略させていただきます。
またしても雑文かつ冗長な記事となり大変恐縮ですが、最後までご覧いただき誠にありがとうございました。
追伸
『引用元の記事などはあるのか?』というご質問をいただきましたが、何かを個別に引用しながら記事を作成した訳ではありません。もちろん、完全にゼロベースで自身の経験と考察のみだということではなく、ある程度普遍的に共有されている理論(例えばミッドフットの垂直上にバーベルがあるべき、など)はベースにありますが、その一方で、経験的に理解(考察)しているところもあり、『理論と経験はどちらが先か?』と聞かれると、正直答えられません。
自身の経験や考察を体系化・文章化することに意義を感じて投稿しておりますので、そのような趣旨にご理解をいただければ大変幸いです。
稚拙な文章にお付き合いいただき、あらためて御礼申し上げます。またの機会がございましたら、よろしくお願いします。
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