骨格で受けるベンチプレス解説

注意:本記事は競技としてのベンチプレス動作を中心とした解説になりますので、あらかじめご承知おき下さい。

はじめに

 主にベンチプレス競技者からのアドバイスなどで『ベンチプレスは筋肉ではなく、骨格で受ける(挙げる)』という話を耳にしたことがあると思います。感覚的・経験的に理解していても、このことを言葉や文章で体系的に解説した記事が少ないと感じ、今回、わたしが知る範囲で解説記事としてまとめました。
 また、解説にあたり初心者でも分かるように『屈曲』『伸展』『回内』『背屈』などの専門用語は使わないようにしていますが、とても基本的なことなので、個別に知っておくと有益かと思います。
 なお、本記事の内容は主に上半身の働きの中でも基本的な部分のみとなっております。他にも下半身の使い方、ブリッジの作り方、バーベルに働く力学的要素など、非常に多くの加味すべき要素がありますので、これが全てではございません。

骨格で受けないベンチプレスについて

 『骨格で受けるベンチプレス』をより深く理解するために、まずは『骨格で(あまり)受けないベンチプレス』を解説いたします。

【骨格で受けない≒ニュートラルなベンチプレス】
 唐突ですが、筋トレ初心者にベンチプレスが好まれている理由を考えたことがあるでしょうか。ここでは、その答えを『スクワットやデッドリフトよりも比較的簡単に高重量が扱えるから(楽しい)』ということだと仮定いたします。
 この話と『骨格で受けるベンチプレス』は全く関係ないことのように見えますが、実は表裏一体とも言えます。その理由は『比較的簡単に高重量が』という部分を詳しく考えていくことで明らかになります。
 以下の写真をご覧ください。

 これは、脱力したニュートラルな状態(※)を意味しています。ここからベンチプレスをするための身体の動かし方を見ていきますが、特に親指部分に注目してください。
 ※前肩気味のために親指が内側を向きすぎている点はご容赦ください。

 まず、腕を前に上げます。この状態では肩があまり安定していませんが、真横から見ると肩を上げる以外は何もしていないにも関わず、手首や肘の向きをこのままに保ってベンチプレスをスタートすることが可能な状態になっていることが分かると思います。後はバーベルを胸の上部へほぼ真っ直ぐ下ろし、挙上するだけでベンチプレスの動作は完了します。そして、この動きは初心者に多く見られるフォーム(※)でもあり、とても『ニュートラルなベンチプレス』だと言えます。
 ※パラリンピックリフティングにおけるフォームとの関連は後述

 これらの動作においては違和感なく大胸筋や三角筋などの大きな筋肉が動員出来るため、初心者にとって『比較的簡単に高重量が』挙げられる理由となりますが、その一方、可動域の長さやバーベルを下ろす位置による怪我のし易さなどのデメリットが大きく、筋肥大目的を除き、あまり推奨されるものではありません。

 ここからが『骨格で受けるベンチプレス』の解説となります。『ニュートラルなベンチプレス』に対していくつかのテクニカルな動きを順を追って足していき、基本的なフォームを完成させたいと思います。

骨格で受けるための動作

①肩を安定させる
 まずは腕を上げただけのニュートラルな状態から肩を安定させる動きを足していきます。

 方法は簡単です。上の写真の通り、親指の向きを真横からやや斜めに立てるように肩から腕全体を動かすだけです。この動作によって脇が少し締まり、肩が斜め下方に下がって、胸がやや張り易い状態になります。

 単に脇が締まって肩が安定するだけでなく、見た目の腕の長さが短くなり、肩が下がることでベンチ台に密着させやすくなり、よりベンチ台からの反発力が得られるようになります。また、胸がやや張り易くなったことに加え、スタートポジションが腹側に下がったことで、胸のより高い位置に自然とバーベルを下ろせるようになります。さらに、背中の動きとも関連しています。単に腕を上げたニュートラルな状態から肩を下げても、肩甲骨は真横から寄っただけとなり、左右に対する安定感は生まれるものの、上下に対する安定感が生まれません。親指の向きを立てるように肩を動かすと、肩甲骨が斜め下方向に押し下げられ、上下に対する安定感が生まれます。

②手首(前腕)を回す
 しかし、このままではバーベルを握ることが出来ません。そのため、この状態をなるべく維持したまま、手首だけ(+前腕)を内側に回して親指を横に向けます。

 これで『骨格で受けるベンチプレス』のスタートポジションが完成しました。この状態はとても窮屈に感じると思いますが、これが基本的なスタートポジションとなります。ニュートラルな状態と比べると安定感が生まれ、可動域が短くなったと感じるはずです。

しかし、このままの状態ではバーベルを胸まで下ろすことが出来ません。ここからバーベルを下ろすための動きを解説します。

③バーベルを下ろす動作
 どうすればよいでしょうか。答えは『ややニュートラルな状態に戻しながらバーベルを下ろす』という方法になります。具体的には、先ほどの肩を安定させるために親指を立てるように肩を動かした逆の動作をしていくことになります。

 ここで大事なことは、『完全にニュートラルには戻さない』という点です。写真左の通り、完全にニュートラルに戻すようにバーベルを下ろしてしまうと、怪我のリスクや可動域のロスが大きくなるため、なるべくスタートポジションの状態を維持したままバーベルを下ろしていきます。そうすることで肩がバーベルを下ろすための最低限の余裕が生まれつつ、肩の安定と肩甲骨を押し下げた状態をある程度維持することが可能となります。
 なお、この動作に違和感を覚える方も多いと思いますが、練習を繰り返してこの感覚を身に付けるしかありません。この動作のポイントは、抽象的な言い方で大変恐縮ですが、『アクセルとブレーキを同時に踏む』とか、『なるべく身体を動かさずにバーベルだけを動かす』とか、そういったイメージが近いと個人的には考えています。

④バーベルを下ろす位置と手首
 先ほどのバーベルを下ろす動作によって、自然と胸の下部から腹直筋の上あたりにバーベルが下りてくると思います。つまり、腹側にバーベルが下りるということです。その際、手首はどうなっているでしょうか。個人差はありますが、一般的にはある程度(自然と)寝た状態になっているはずです。ただし、この状態の良し悪しについては、個々人の骨格や筋力で判断が変わります。三頭筋の出力が手首の寝かせ方で変わるため、『可能な範囲で寝かせた方がより自然に腹側にバーベルを下せる(≒肩甲骨の下制し易さに良い)』と考えるパターンと、『手首を可能な範囲で立たせた方が三頭筋の出力が高まる』と考えるパターンに分けられますが、どちらを選ぶかはフィーリングによるところが大きいかも知れません。

⑤バーベルの挙上と軌道
 胸に付けたバーベルを挙上するにあたり、肩や肩甲骨をスタート時のより安定した状態に戻すように動かしていくのですが、その際、より高重量を挙げるためのテクニックが存在します。
 それは、『挙上直後のバーベルの軌道を腹側から頭側に来るようにすること』です。なぜ、そのような軌道が高重量を挙げることに繋がるのでしょうか。
 簡潔に言うと、『上下における肩の物理的な負荷を一時的に減らすことが出来るので、結果的に高重量を挙上する可能性を高めることが出来る』ということになります。写真で詳しく説明していきます。

 ベンチプレスの際に写真のように上下に対する肩への負荷は、物理的にはバーベルを下ろす位置が腹側になればなるほど大きくなっていきます。腕や胴が短ければそれほど影響はないのですが、腹側にバーベルを下ろすということは、肩とバーベルが遠ざかるということでもあり、肩に掛かる負荷はどうしても増してしまいます。
 そこで、肩に掛かる物理的な負荷を小さくするため、腹側に下ろしたバーベルを挙上を開始した直後にすぐ肩の負担が小さい頭側に動かすというテクニックを活用するのです。

 ただし、このテクニックは上下に対する安定感に欠ける点やバーベル落下などの危険性もあります。また、どこまで頭側にバーベルを動かすべきか、どのタイミングで動かすべきかなどについては、個人差があって一概に言うことが出来ません。完全に真っ直ぐ上に戻す方がいい場合もありますので、注意が必要です。

Tips パラリンピックリフティングにおけるフォーム

 前半の記事で少し触れておりますが、『ニュートラルなベンチプレス』と『パラリンピックリフティングにおけるフォーム』について、少しだけ解説をいたします。

 ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、パラリンピックリフターは胸の上部に真っ直ぐ下ろすような動作でベンチプレスを行うケースが非常に多く、先ほど解説した『ニュートラルなベンチプレス』に近いと言えます。この動作は可動域や危険性の観点では不利だと解説いたしましたが、パラリンピックリフターはどうしてこのフォームを採用しているのでしょうか。

【身体的特性と筋出力】
 まず、パラリンピックリフターの身体の厚みが大きい点が挙げられます。下肢に障害があることなどにより、その分だけ同階級の健常者と比べて上半身の筋量を大きくすることが出来るため、特に胸の厚みがある選手が多く、過剰に長い可動域にならないように胸の上部に下ろすことを可能としています。
 また、ルール上でもそうですが、下肢に障害があることからも(特に縦の)ブリッジがあまり出来ないため、そもそも腹側に下ろすメリット(可動域の短縮)が難しいことも挙げられます。
 さらに、大胸筋の筋出力を最も発揮させることを目的とした場合には、なるべく大胸筋の筋繊維と同方向にバーベルを下ろすことが要求され、また、結果として伸張反射(※)をより活用することにも繋がるため、効率的な挙上にも貢献します。
 ※筋肉が縮められてから引き伸ばされることでより強い力を発揮する現象

 なお、わたしはパラリンピックリフティング経験者ではないため、パラリンピックスタイルによるベンチプレスの経験知などに基づいた解説となっておりますのでその点についてはご理解願います。

最後に

 初心者によく見られる『ニュートラルなベンチプレス』は比較的自然な動作ですが、『骨格で受けるベンチプレス』は不自然に感じる方も居ると思います。しかし、これまで解説した通り、競技ベンチプレスなどの1RM向上においては非常に有益であり、怪我の危険性も低減させることがお分かりいただければ幸いです。
 ただし、フォーム論のほぼ全てにおいて言えることですが、ゼロか100かの絶対的なものではなく、トレードオフで考えてほしいということを忘れないでください。『手首は完全に寝かせるべき』とか『肩甲骨は完璧に寄せ切るべき』など、断言することは出来ません。今回の解説はあくまで基本的な部分であり、上級者たちは自分に合ったフォームを見つけるため、細かいところで部分的に緩めたり微調整していることがほとんどです。皆さんも1RMの向上を目的としているのであれば、是非自分だけのフォームを探求してみてください。
 また、今回の解説記事はなるべく平易な言葉を選び、ベンチプレスを経験したことがある人であれば誰でも伝わるように心がけて書いたつもりですが、そのことでやや冗長な文章になってしまった点については、お詫び申し上げます。

 なお、私事ではございますが、とても金銭的に不安定な生活を送っているものでございまして、この記事を読んでご厚意(サポート)を賜る機会をお恵みいただけるのでしたら、無理にとは言いませんが、5兆円、いえ3兆円、2兆円でも結構です。是非、何卒宜しくお願い致します!!!!

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