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お留守番ではリモコンが大事


小さい頃、親が出掛けるとわたしはいつも妹と「悪行」を繰り返していた。


親が出掛けるのが子どもだけの自由なさぼりタイムの合図だった。


玄関のドアが閉まる音がした途端、ピアノの練習から離れてテレビでバラエティやアニメを見た。
勉強するのを止めて、存在が忘れられていそうなお菓子を探した。
好きなCDを大音量で聞き、キンキンに冷えたお父さん用のコーヒーをそっと拝借した。
ただし、親がいつ帰ってきてもいいように、ピアノの蓋や楽譜は開いたまま、漢字練習用ノートには鉛筆と、ご丁寧に消しカスまで用意して置いてあった。
実はこれがかなり重要で、親が出ていったと思ったら忘れ物をして急に帰ってくることがある。念には念を入れるのがプロなのだ。

とりあえずテレビやパソコンのゲームを一通りやれば、早めにシャットダウンしておくのがカギだ。意外と消すのに時間がかかるのがパソコン。
消すのは一瞬だが、なぜか消してしばらくしてからプチッという音がして点けたことがばれるのがテレビ。
ちなみに、パソコンは検索履歴を自分の分だけ消去しておくこと、テレビは点けたときのチャンネルに戻しておくことを忘れてはならない。

他にも色んな「悪行」をした。
冷たいジュースが飲みたかったが家に存在しなかったので、麦茶に砂糖を入れて溶かした。氷も、冷凍庫の中の物の配置が変わらないように出した。
ここで気を付けなければならないのは、コップがかいた汗をきちんとぬぐっておくこと。もしくは、水道水で洗ってコップの温度を上げておくこと。
ファッションショーもやった。
お母さんのクローゼットから長いスカートを出してきて、胸の上で着るとちょうど裾を引くくらいのドレスになる。両親の寝室には姿見もあったから、そこはランウェイに早変わりだ。
これはあんまり注意すべき点は無かった。着ているところをほとんど見たことが無い服ばかりを選んでいたせいか、順序や位置を気にする必要はなかったのだ。

さて、こんな風にわたしと妹の「悪行」はなんやかんや成功していた。
ところが、ある日事件が起きる。

お母さんが買い物から帰ってきた音がして、わたしと妹は慌てた。
面白い番組に釘付けになっていたせいで、テレビを消すのが遅くなってしまったのだ。急いでチャンネルをもとに戻して消し、何事もなかったかのようにわたしはピアノへ、妹はリビングの机に向かっていた。
お母さんは買い物袋を脇に置きながら冷蔵庫にしまっていく。ガサガサいうビニール袋の音に紛れて、テレビは謎のプチッという音を出した。
わたしは思わず心の中でガッツポーズをした。
(あっぶない……!でもセーーーーーフ!)

用事を終えたお母さんが、ソファーに座って何かを探している。
「あれ?」
お母さんの声に胸が変なふうに締まった。
「リモコンどこ? キューピー(※)見たいんやけど」
※キューピー:キューピー3分クッキング

わたしは最後の最後に、チャンネルをもとに戻したとき、リモコンをリモコン入れに置くのを忘れていたのだ。
あんなに気を付けていたのに。あんなに……。詰めの甘い自分に情けなく思った。


(ピアノを練習するふりをして)テレビを見ていたことにお母さんはかなり怒って、かなりこっぴどく叱られた。その後しばらく、両親が家にいるときでもあまりテレビを見せてもらえなくなった。
まあそうだろう。騙していたことに普通に腹も立つ。


失敗から学ぶことは多い。無駄にしないのがプロというもの。この出来事から、わたしはもう二度としないと固く誓った。
むろん、リモコンをリモコン入れに置き忘れることを。

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