自分史的なクリッピング史料

熊本の大地震からもう8年も経ったとメディアで熊本のその後を特集している。東北の震災、能登の震災など復興をどのような形で実施していけばよいのか?ある程度の時間の経過もあると、多くの人の関心が薄れてきてしまい何年目などと紹介されて再びその思いを馳せるという方も多い筈。勿論自分もその中に含まれる。そんな意識ではダメだということは十分認識してはいるもののやはり当事者意識がどうすればもう少しとその意識が向くなのだろうか。ボランティアという形態ももちろんあるけど、その他にも復興という領域をもう少し体系化して頭を整理する必要があると思っている。

2024年4月15日 朝日 Another Note
「貸しはがし」「雇い負け」・・・農家は半導体との共存探る

今日の記事で早速目に引いたものがあった。冒頭で酪農家の方が相応の努力を重ね、規模感を求めて順調に自分の牧場を拡大していった様子が描かれている。ところが事件が起こる。

世界最大の半導体受託製造会社、TSMCが熊本県・菊陽町に進出することが決定され、ソニーグループの半導体製造工場と共に、半導体の町が形成されようとしている。そのいTSMCの進出に伴って、半導体関連企業の進出が相次ぎ、46社が進出を表明し、売れ残りの県内工業団地はたちまちほぼ売り切れになったらしい。菊陽町や大津町の地価上昇は前年比30%超とまさにバブル。そうなると地主の態度も急変する。貸していた土地を返して欲しいと。

これまで農地1ヘクタールの賃借料は年10万円ほど。ところが駐車場にすれば月に100万円になるとなれば畑よりも駐車場にしたいという願いは至極当然だ。そして冒頭の牧場主はTSMCの工場周辺に借りていた3ヘクタールをやむなく返還したとある。それだけでなく、自牧場所有の飼料用の畑をも町場が売って欲しいと申し出てきた。その飼料用の畑はほとんどが借り物なので、地主は売却する方針という。農業の高齢化、後継者難など諸問題に対処してきた農家が、今度は代替地を探してで窮している。

TSMCが進出することで一帯は優良地へと変化する。菊陽町では耕作放棄地は1%もないほど、農家が懸命に維持してきた農業の優良地であった。こうした変化は本当に両立を成り立たせなくてしまうのか? 物理的な土地のような要素はトレードオフの範疇にはいるのは間違いない。農地の「貸しはがし」に直面するのみならず、農業に従事していた若い層が半導体産業に転職してしまうという「雇い負け」も起きているとある。

こうした事態を見ると、せっかくの人材も逃げられてしまうとなると次世代のリレーもここでバトンが断たれることにもなる。って結構な問題。要は農業という難業でうまくいっている地域の衰退も頭に入れざるを得ない。工場だろうと農場であろうと「場」としてのせめぎ合いは回避できない。農業が発展しているからこそ、地下水の涵養に貢献している。その水を半導体製造工場が利用するという痛みと利益享受。簡単には解決できない問題。自分も北海道でインタビューした時に、大規模の小売業に人が多く取られてしまい農業や林業を選択する人(特に若い層)が減っているという話を数年前に聞いたことがある。人の数も土地も有限だから。

自分もこの解決策を持っている訳ではないけど、こうした具体的な例を見聞きすると、そうだよな、こちらが立てばあちらが立たず、という状況。何とも言えないけど、頭の中に残しておきたい記事だ。何せ生活、人生の問題だから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?