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帰宅困難地域

 学校が終わり夕方というにはまだ早い時間帯、雨がコンクリートにまだら模様を作っていく。所々に水溜りができる。遠くに見える崩れかかったビルは霧でシルエットしか見えなくなる中、お世辞にも快適とは言えない乗り心地のジープに今日も二人は乗っている。
「げ、また雨だよ。この車屋根ないのに」
 運転席にいるヤノは不満げに言った。
「仕方ないだろ屋根がないことでのメリットがどんだけあると思ってるんだ」
 私はそう答えた。
「あーはいはい乙女の悩みがアンタにわかってたまるかって話だよ」
 その時派手な音をたてて後方の建物が崩れる。
「ヤノ」
わかってると言わんばかりにジープは加速する。余計に乗り心地は悪化するが今はそれどころじゃない。
「シラカミ!早く撃て!」
「わかってるよ。」
セミオートライフルにマガジンを入れてコッキングレバーをひく。
オオオオオオと咆哮が聞こえ道路に怪物が出てくると同時にこちらへ迫ってくる。
スコープを覗き込む。中型の生身の怪物。ならばこの銃で十分だ。ジープの骨組みに身を任せてブレを減らすためにしっかりと構える。
 息を深く吸い込む。そして怪物の頭に照準をあわせて数発撃ち込む。
「やったか?」
「まだだ!」
そのセリフはダメなんだよヤノ…と思いながらライフルを構え直す。ヤノがわざと狭い道を選んで走ってくれるのがありがたい。おかげで怪物の動きは遅くなっている。タンタンタンタンとさらに撃ち込む。思った以上にタフだ。まだ追いかけてくる。
「ヤノ!スピード下げてもっと引きつけろ!」
「了解。てかまたアレすんの?!」
やめろばかとかなんだと言ってくるが気にしない。腰につけているポーチからグレネードを取り出す。怪物の顔がどんどん近づいてくる。一瞬体が恐怖に支配されそうになる。でもここで死んだら犬死だ。集中しろ。グレネードのピンを抜く。怪物は目と鼻の先だ。怪物がジープを飲み込もうと口を開ける。その瞬間を狙って投げ込む。
「スピード上げろ!」
グオンと音をたてて加速する。怪物の攻撃は空振りに終わり数秒後くぐもった爆発音を響かせて頭部の一部が吹きとんだ。
スコープを覗き込む。再生している様子もなさそうだ。もう大丈夫だろう。
「終わった」
「グッジョブ。助手席に早く戻りなー」
「ふいー疲れた」
助手席に戻るとヤノがギョッとした目で私を見た。
「どうした?」
ヤノは呆れたようにため息をついた。
「どうしたもなにも真っ赤じゃん!」
「あー…」
見ると先の爆発で死んだ怪物の返り血まみれになっている。そして私が触ったところはもちろんべっとりと血がついていた。
「ごめん。」
「サイテー、自分で掃除してよね。だから嫌だって言ったんだよ、もう。」
「すいませんでした」
「エヘン、わかればよろしい」
「生意気な」
「なんか言いました?」
「…別に」
二人にとって雨が止んだことはどうでもよくなっていたようで帰宅中にその話題が上がることはなかったが空は綺麗に晴れていた。