アナログ媒体による保存

 二重に設置された自動ドアを通り過ぎると急に雨音が遠くに聞こえた。
そのアンドロイドが歩くたびコツコツという足音と微かに関節部からモーター音が聞こえる。
「君がコスタ君?であってる?」
アンドロイドが振り返ると人が一人、タオルを持って歩いてくる。歩き方の癖なのか、足音は殆ど聞こえない。
「はい、私は第5世代多目的人型アンドロイド、固有名称コスタです」
佐藤は驚いたように目を開いた。
「おお、いかにもって感じだ」
「貴女が館長の佐藤さんですね、事前調査にて取得したデータと顔が一致しています」
「ああ、そうだ。今日からよろしく」
佐藤は佐藤自身の個人情報で使われている写真は確か寝不足の時に撮ったものということを思い出すと照れ臭さそうに前髪をいじりながらコスタにタオルを渡した。と
「取り敢えず濡れてるだろうからこれで、それじゃ、早速仕事内容をー」
「移動中にマニュアルを使用して学習しました」
受付カウンターに戻ろうとした佐藤は少し驚きながら振り向く。
「便利な頭だ。もしマニュアルにないことがあったら私に聞いてくれ」
「了解しました」
コスタはそう返事すると腕部をタオルで拭きながらカウンターへと歩いていく。
「ここが受付カウンターですね、取り敢えず私はここにいることにします」
「…あー、コスタ、そっちは利用者側だ。内側に来てくれるかな」
既にカウンターの内側にいた佐藤は肩を震わせ、口元を手で隠している。
「……早速マニュアルにないことが…」
「まぁゆっくり覚えていけばいいさ」

「懐かしいねぇ」
佐藤は「ふふ…」と笑いながら防犯カメラの記録映像に映る数年前の自分達をながめた。
「館長は本が好きだと思っていましたが記録媒体は全て好きと言った方が適切かもしれませんね」
コスタは返却された本を抱えていた。佐藤は椅子を傾けた。
「そんなことはない、私は本一筋さ。さて、仕事に戻るとするか。本棚に戻すところだろう?私も手伝うよ」
佐藤は椅子を回転させている。遠心力によって後ろで束ねた髪が重力に逆らっている。
「ありがとうございます。しかしこの作業は私だけでも」
「それは分かってる。だけど気分転換したいのさ」
佐藤は旧式の重いタブレットを手に取るとふらつきながら立ち上がった。
館内は本の保護の為に少し薄暗く、閲覧台に各一台ずつあるランプが偽模の夜景のように規則正しく並んで光っている。今日は平日ということもあってか、人は殆どいなかった。
「それはなんですか?」
コスタはタブレットを覗き込んだ。
「上から送られた書類さ。格納庫の増設の為の予算を頼んだら断られるどころか蔵書のデジタル化を逆に提案されたよ」
「デジタル化は私も賛成です。保存には最適なのではないのでしょうか?」
元の位置に返却された本を丁寧に収納していく。そしてまたズラリと並んだ本棚の間を歩いていく。
「あぁ、そうかも知れない。けれど紙をめくる感触、表紙の手触り、匂い、重さ、本の存在全てが愛おしくてたまらないのさ」
佐藤は書類を一通り目を通すとタブレットケースに付いているストラップを使って肩に掛け、コスタが持っている返却本を半分持った。
「所謂『本好き』の考えることは私のようなアンドロイドには分かりかねます」
コスタは佐藤の後をついていく。相変わらず佐藤は歩き方の癖なのか足音はほとんど聞こえない。
「人間だって人によっちゃそうさ、例のデジタル化を提案をしてきた奴だって人間さ」
フフフと佐藤は笑いながらコスタよりも早く本を棚に戻し、コスタに歩み寄った。
「さて、コスタくん、それを仕舞い終わったら上に提出する書類を作るぞ」
「デジタル化でしたら私は賛成と先程お伝えしたばかりです」
コスタは困惑しながら佐藤の方を振り向いてそう言った。佐藤は少しキョトンとした顔をしていた。
「いいのかい?コスタくん、デジタル化が進めばこの図書館は閉館だよ」
「それは困ります。今すぐに意見書を作成しましょう」
コスタは本を仕舞い終えると少し早口気味に受付カウンターに向けて歩きだした。
「なんだ、君もこっち側じゃないか」
「否定します。失業したくないだけです」
佐藤は笑顔のまま、受付カウンターに歩いて行った。