日向ぼっこ06


フロントガラスに引っ付いて必死にワイパーが首を振っているのを見て「勤勉だなぁ」とクロはシートベルトをいじりながら思っていた。
車のエンジンを掛けたときからラジオは少しノイズが混じりながら最近の戦況を伝えていた。
「なぁ、戦場ってどんな感じだった?」
「はい?」
レオは戸惑いながら聞き返した。
「戦場にいってたんじゃなかったっけ?」
「ああ、ぼ、僕ですか?」
クロは少し笑いながら
「お前以外この車に乗ってるのか?」
と返した。
「いや、乗ってないですけど、それで、戦場の様子でしたっけ?」
「うん、ちょっと気になる」
レオは人差し指でハンドルを叩き始めた。
「正直言うとあんまり覚えてないというか、その、百聞は一見にしかずですかね。印象に残っているのは血の匂いがする雨とぬかるんだ地面とかですかね」
「ふーん」
クロは窓ガラスにもたれかかって気の抜けた返事をした。隣で話を終えたとたんにレオが座り直した。
「おい、どうしたよ、あ、もしかして聞いちゃいけなかったやつ…?」
クロが少し焦り気味に額を冷たいガラスから離した。
「その…研究所にくる少し前、戦地から戻ってきて同じようなこと聞かれましたけど、そのときの反応と違ってちょっと戸惑ってます」
少しだけ沈黙があり、ラジオのノイズ混じりのニュースが聞こえてくる。
「ふふふふっ」
「ど、どうしました?」
レオは目線は前に保ちながら自分の話したことに心配になってきた。
「いいね、やっぱりお前おもしれーわ」


 ラジオは戦争が始まってからほぼ儀式的となった天気予報を流し始めた。
「そろそろだね」
「あんまり、いい場所じゃないけどね」
レオは独り言のように呟いた。
「揉めたから?」
クロは少しいじわる気に問いかけてきた。
「そうだよ」
レオは少しぶっきらぼうに答えた。
車は軍司令部と書かれた札が掲げてある門の前で少し止まる。
歩哨が近づいてくる。
レオは一瞬敬礼しそうになってやめた。
「身分証明書を」
「どうぞ」
「…研究所の方ですか?」
「そうですが、何か問題でも?」
「いえ、珍しいと思っただけです。問題ありません」
歩哨は濡れた袖で濡れないように注意しながら身分証明書を返した。
車を駐車場に止める。
「一応確認な、私らの目的はあの忌々しいUFOを壊す方法を探すことだ。だが私達にはその技術がない。じゃあその技術を持っているやつを見つけるしかない。つまりはリクルートだ」
「質問いいすか」
「はい、レオくん」
「所長に許可はもらったんですか?」
「んなことどうだっていいじゃん。緊急時だし、そもそもお前は許可がないと動けない人間なのか?」
クロが早口でまくしたてた。
「…質問を取り消します」
レオは少しビビった。というのもクロのような人間は軍では珍しい人種だったからだ。
「ふふん、よろしい」
クロは満足気な顔をした。
「それじゃ行くぞー」
クロがシートベルトを外してドアを開けるとレオはいつのまにか車から降りていて傘をさしてくれていた。
「おっ、気がきくじゃん、褒めて使わす」
レオは腰の辺りをポンポンと叩かれた。レオは褒められた意味が分からなかったが今はそれどころじゃないと気持ちを切り替えた。
ビニル傘越しに見える建物は今でも魔王が住んでいるようなそんな雰囲気を感じた。
「それじゃ人材探しにレッツゴー!」
クロの元気な声が雨の音に掻き消されながらレオの耳に届いた。