インスペクション

ザワザワと人が行き交う。
朝特有の肌寒さが手の甲を刺す。
駅前は人が群れを成して流れていく。
その流れに任せていると分かりにくいが、立ち止まっているとよく分かる。人の群れを眺めながらそんなことを思った。
ジャケットのポケットからおととい送られてきた上質な紙が使われた手紙を取り出した。僕の公務員としての配置先、勤務場所、その他持ち物…などが書かれたものだった。予定の時刻と現在の時刻を確認する。5分程ずれていた。時間にルーズな公務員なんて珍しいな…と思ったが逆に自分が合流場所を間違えたのではないかと少し不安になっていると目の前にジープが止まり、ドアが開いた。
「君が新しい検査員?」
ハンドルを握っているのは若い女だった。黒い作業着のような服を着ていて、髪はショートカットだった。
「あ、あの、迎えの方…?」
僕は言葉に詰まりながら持っていた国から送られてきた手紙を見せるとそれをパッと女に取られた。
「間違ってないようだ。君がハルくんか、大きな荷物は後ろへ、乗りたまえ」
荷物を載せ、乗るとすぐに車は発進した。
「都会は慣れてなくてね、遅れてしまった。すまない」
「い、いえ、お構いなく」
彼女は落ち着いた様子で、淡々とした喋り口だった。独特だな、と思った。
「それで?経歴は?」
「だ、大学を出たあとすぐに公務員養成学校に行きました」
突然の質問にすこし戸惑った。
「大学では何を?」
「法学を専門にやってました」
赤信号で車が止まり、エンジンの細かな振動だけが伝わる。少し気まずい間だ。
この質疑応答はなんなのだろうか、就活で面接を受けてるようだ。就活したことないけど。
「ふーん、頭良さそう」
彼女はボソリと呟いた。
「え?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
青信号になり、また車は進み始めた。
「あー、こちらから質問攻めするのもあれだな、其方から仕事について質問があれば答える」
外を眺めると駅からどんどん離れていくのが分かった。
「あ、あなたの名前をまずは聞いても?」
「あぁ、カメイだ。よろしく」
「具体的には何をすれば?」
「私は検査員ではないから詳しくは知らないが、輸入業者と輸入品の品目を書類にまとめるのが主な仕事だと思う。まぁ養成学校で習ってきたことと大体は一緒だと思う。詳しくは前任者が引き継ぎ資料を残しているだろうから、それをみることだね。後ろの座席にたしか置いてある」
後ろの座席の方を向くとファイルがあったので、手を伸ばして手に取った。
「そう、それだ。これから長いし、暇つぶしがてら読んでいてくれ」
1ページ目からめくり始める。代々継ぎ足しているのか、新しいページと古いページが混じっている。養成学校で習った通りに引き継ぎ資料が作られているようで少し安堵した。
「そういえばさっきカメイさんは検査員ではないと言ってましたけどカメイさんは何をしてるんですか?」
「私?警備隊に所属してる」
少し納得した。今カメイさんが着ているのは軍用のそれだ。チラリとベルトに目をやるとホルスターとマガジンポーチが付けられていた。
「検査員と一緒に検査に臨んだりする役職だ。逃げようとする奴を捕まえたりとかもする」
「カメイさんはもしかして強いんですか?」
「…どうだろうね、強さの定義って人によって違うと思うから」
手元の資料から目を離してカメイさんの方を伺うと少し遠くを見ている目をしていた。
「ところで、職場はどんなところなんですか?」
「あ、ちょっとまって、ここら辺運転難しくて」
「す、すみません」
ガタガタ、と路面事情の悪さをタイヤが伝える。
「すまないね」
窓の外を見ると都市部を離れて森が目立ってきた。動体視力の関係でよく見えないが、針葉樹林ということは分かる。カーブも多いので先刻もらった資料を読むのが少しキツい。
「あー、なんだっけ、職場がどんなところか、だっけ」
「ええ、はい」
僕は車酔いだけは避けたかったので資料を読むのはやめにした。
「連休でもなければほとんど泊まり。だから持ち込む荷物に関しても泊まることを考えたものだったはず」
「えっ、もしかして、ハズレ配置ってやつですか」
以前噂に聞いた「ハズレ配置」都心部から離れていて仕事人間でもなければキツいという噂のそれ。
「あれ、君もしかして察し悪い?私みたいな銃持ってる奴がいる時点でそこはそういう場所だよ」
カメイは口を歪めるようにフフフと薄く笑った。
「まぁ、給料は上乗せがあるから、頑張ることかな」
「あ、そうなんですね」
泊まりだし、貯金癖があまりない僕でも楽に貯金できそうだなと皮算用をした。
「そういえば聞き忘れていた」
「なんですか?」
「銃は扱える?」
少しの間、無言が流れる。どういう意味だ?
「い、いや」
いや、どういう意味にしたって、僕は銃とは無関係な役職じゃないのか?
「使えた方がいい。学校じゃ教わらないけど、必要なもの着いたら教える」
「は、はぁ」
話題がないから銃の話でもだしたのだろうか。カメイの淡々とした口調では冗談なのか本当なのか分かりにくい。
「そろそろ着くよ」
結局聞けないまま柵に設けられた門をくぐり、駐車場に車を停めた。
「この施設はどれくらいの規模なんですか?」
結構、違うものに興味が移った。
「中くらいかな。宿舎に検査所、あと倉庫とか、元々軍の施設だったらしくて、色々ある。施設自体は古いけど不便はしないし、結構便利だよ」
車を降りて、宿舎へ向かう。3階建てくらいの建物。確かに古いが、手入れは行き届いている感じがした。
「鍵、鍵」と呟くカメイと無人の管理室に向かうと
「新人用鍵」
と書きつけた封筒がドアに貼り付けてあった。
「雑」
カメイはそう呟き、封筒ごと引っぺがした。
「1階は共用スペース。食堂があったり、談話室が合ったり、あぁ、あと共同浴場があったりする。2、3階は居住スペースだ」
そう言いながらカメイはテンポよく階段を上がっていく。履いているブーツのせいなのか、あまり足音は出ていなかった。
「で、ここが君の部屋。中に制服とか、色々置いてある。着替えて、30分後に1階に来て」
カメイは鍵を放り投げた。
「それじゃ、長い付き合いになるだろうから、改めてよろしく、ハル君」
カメイはそういうとクルリと背を向けてどこかへと歩き始め、ハルはドアを開けた。

「なるほど、悪くないな」
僕は自分の荷物を床に置くと窓へ近づいた。2階だが、都市部と違って高い建物がないのである程度遠くが見える。見渡す限りは森で、遠くには山も見える。舗装されているのは道くらいで、木が生えていないところは敷地内も含めて土が見える。振り返って部屋をみる。机に、簡単な収納棚、それとベット、ベットの上には段ボール箱が置いてあり、「新人用」と側面に書いてある。サイズ的にも、多分、制服だろうと思い、開ける。中には先刻カメイが着ていたような服と同じようなものが入っていた。作業着に見た目が似ているがところどころ違っていそうだ。カメイが着ているものとの違いといえばちょうど二の腕の部分に貼ってあるパッチが「警備員」ではなく「検査員」となっているところだろうか、早く着替えて、敷地内を散策したいので開けたそばから着替えていく。紺色のジャケットも入っていたので上から羽織った。中々良い感じだ。
「ん、なんだこれ」
靴も履き替え、そろそろ段ボールの中身も空だろう、と思ったとき、底から台形の用なプレートが出てきた。すこし湾曲している。取り敢えずベットに置いてまた箱の中身を確認する。
「フッ、まだあるんだけど」
同じ板がまた出てきた。サプライズにしては地味だし、なんなら見栄えが良くない。
「もうないよな?」
と思うと黒いベストのようなものが最後に箱に入っていた。
「なんだこのふにゃふにゃな…え?もしかして」
さっき見つけた板をそれに入れてみる。ピッタリ入る。
「銃が扱えた方が良いってそういう…」
公務員になって安泰。そう思っていた朝の自分を殴りたい。やりやがったな、と思った。どう見たって、僕の前にあるのは防弾ベストだった。
「ハァ」
部屋を出ると思わずため息が出た。結局、防弾ベストはどうやって着ればよいか分からなかったので手に下げている。さっきまでは散策しようと思っていたがおっくうになってきた。
「おや、予定より早く会ってしまった」
一階に降りるとカメイがいた。さっきと違って防弾ベストをつけている。僕が持っているのと違ってマガジンポーチやその他ポーチ類が付けられている。
「ちょうど昼飯の時間だし、ご飯食べてから検査場にいこっか」
こっち、こっち、とカメイは手招きした。そういえば上司に挨拶とかしてないやと思ったが、挨拶不要と養成学校で習ったことを思い出した。とはいっても仕事仲間とはそういう慣習は残ってるらしいが。
「なんか、急に緊張してきました」
使用感のある防弾ベストの背面を見つめながら僕は呟いた。
「みんなそんなもんだよ」
カメイは他人事のように言った。実際、その面が強いのだろう。
トボトボと食堂と書かれた札の下がった部屋に入った。
食堂には長机が置いてあり、他の職員で少し混んでいた。座る席がないほどではなく、ただ単にまだ勤務中なのか、そもそも人数が少ないのかのどちらかなのだろう。
「おぉい、おせぇぞ」
振り返ると男が座っていた。
「悪いね、新人教育っていう、アンタには任せられない仕事がきちゃって」
「最後が余計だが今度はどんなやつが?」
男は丸めていた背筋を伸ばして僕の方をみた。
「あっ、、どうもハルと申します」
「これはご丁寧に、俺はススキって言うんだ。よろしく」
差し伸べられた手はガッチリしており、僕は半ば包み込まれる形で握手をした。素晴らしきかなこういう時のコミュニケーション強者。
「じゃ、私はご飯持ってくるよ。君の分も持ってくるから、まぁ、喋ってなよ」
「あっ、ありがとうございます」
ハルはそうそっけなく言い残すと返事を聞かずに配膳の列の方へ歩いて行った。
「ハルだったか、まぁ座れよ」
ススキは僕を手招きした。ススキも僕や、カメイが持っている防弾ベストを着ていた。カメイ同様様々なポーチが付けられ、胸部についているポーチからはメモ用紙がはみ出ていた。
「な、なんです?」
ススキは僕が座るなり制服に着いたパッチを見た。
「検査員か、なるほどなるほど。見た感じ、ここが初めてか」
「よくわかりますね」
そう言うとススキは「ハハっ」と得意げに笑いながら食器トレーに置いてあったコップを少し飲んだ。
「あぁ、防弾ベスト脱いでんじゃなくて着れないんだろ?」
ススキは合点が行ったように僕の足元に置いてある防弾ベストを指差した。
「こういうのは教わってなくて」
僕がそう言うとススキは笑い、
「そうだよな、けど教えられたことか、現場に出て初めてわかることもあるからな、まぁ、常に学ぶことだな」
ススキは僕の防弾ベストを手に取ると席を立ち上がり、僕に着させ始めた。
「あ、ありがとうございます」
僕は痛くならないように防弾ベストから制服の襟を出した。
「そう固くなるなって」
ススキはベストの上からバンバンと僕の背中を叩き、笑いながら席に戻った。
「ところでススキさんはどんな仕事を?」
僕は慣れない防弾ベストの位置をどうにか調整しようと腕を自分の体に回した。
「あぁ、俺はァ見張りだよ。マークスマン」
マークスマンという言葉が聞き慣れず少し顔を傾けると
「大雑把に言えばスナイパーだよ」
とススキが補足してくれた。
「え、かっこいい」
「はははッ、実際、地味な仕事さ。向かってくる車両の数、種類なんかを見る仕事だよ」
ススキは照れ臭そうに後ろ髪を撫でた。
「へぇー」
「お前の仕事は検査員だっけか」
「そうです」
「検査員となると荷物チェックか。これはこれは、責任重大だ」
ススキは笑った。
「まぁ、お互い頑張ろうな」
「はい、よろしくお願いします」
僕は少し頭を下げた。
「お待たせ、ほら、君の分」
そんなことを喋っているとカメイが戻ってきた。両手に2人分の食事が乗ったトレーを器用に持っている
「あ、ありがとうございます」
カメイが片手で掴んでいるトレーを一つ取った。片手で持つにはすこし重いと感じた。
「それで?どれくらい話したの?」
「あぁ、検査員ってのと新人ってのはわかった」
「私は彼が大卒ってことも知ってる」
カメイはコップに入った水を飲んだ。すこし自信げに聞こえたのは気のせいだろうか。
「ほーん、てことはあれか?学費返済か」
「えぇ、まぁ、その面もあります」
僕は少し苦笑いをした。この国には学費を国が援助してくれる代わりに一定期間公務員として働けば返さなくても良いというシステムがある。
「食べ終わったら検査場に行くよ」
「あ、わかりました」
「あ、そう言えばなんですけど」
「うん?」
既に食べ始めていたカメイが顔を上げた。
「僕も銃とか持つことになるんですかね?」
カメイとススキは顔を見合わせた。
「確か検査員も持ってるよなァ拳銃くらいは」
「そうだね、検査場行く前に武器庫いこっか」
「騒ぎが起こるとしたら検査場付近だからな、ライフルとかも使い方知ってた方がいいぞ」
ススキはすこしニヤつきながらそう加えた。いや、笑うなよ。まだ僕は死にたくはないのだがと思った。
食べるペースが尋常じゃないくらいカメイは食べるのが早かったので急いで食べた。味は悪くなく、不足の栄養素を補うサプリも付いてくるあたりサービスは決して悪くなかった。
「ご馳走様」
見上げるとカメイは口を拭いている。
「はやっ?!」
「あー、いつも早いんだ。気にすんな」
ススキはポーチの中身を整理して時間を潰していたと思う。なにせ急いで食べたのであまり周囲のことを見れなかった。
「お前もすこしは直した方がいいんじゃねぇの?その癖」
「ん、ぬけないんだよ」
カメイは不服そうに水を飲んだ。

「大丈夫?」
「…大丈夫です」
案の定、急に胃に食べ物が入ったせいで胃もたれのようなものをおこしてしまった。
「災難だな、お前も」
ススキはニヤニヤしてそれを見ていた。
「それじゃ俺は持ち場に戻るわ」と言い残し何処かへ行った。
「それじゃ武器庫いこっか。私のライフルもそこに預けてあるし」
「街中にはもってかなかったんですか?」
ハルは少しふらつきながらカメイの後を追った。
「あると安心なんだけど、上がうるさくてね」
「あぁ、なるほど」
たしかライフルは法律で公務員でも必要な場所以外では運用してはいけないと授業で習ったのを思い出した。
「次来る時はまぁ、ところどころに看板があるからそれ見れば大丈夫」
「分かりました」
休憩時間が終わり、持ち場に戻る職員がちらほら見えた。

「ここが武器庫」
コンクリート打ちっぱなしの建物で、他の建物よりも比較的新しかった。
「一応、ここに銃器類を預けることになってる。弾薬とかもここで貰う」
「火気厳禁」と書かれた看板が壁に掲げてあり、金網で仕切られたカウンター越しに職員が座っていた。
「要件は?」
老いたが、芯のはっきりとした声が聞こえた。
「預けていたライフルの取り出しと、新人に銃を」
職員は初老の男性で痩せていた。
「お前さんが新人か、すこし近くに寄ってくれるか」
「は、はい」
金網の向こうには作業台があり、ちょうど分解整備されているライフルがあった。それ以外の場所はほとんど全て棚で埋め尽くされており、ほとんどの棚が銃で埋まっていた。
「こんなに沢山あるんですね」
「元々軍事施設だったから古いのもあるのさ、輸送するのもカネがかかる言ってそのままでね、状態の良いやつはちゃんと整備してある。まぁ、趣味だよ…お前さん、鍛えてはいないが、まぁ貧弱でもない体つきだな…カメイ、こいつ銃握ったことねぇな?」
「言ったでしょ?新人なんだよ」
「そうか…取り敢えずこれ持っとけ」
初老の職員は棚からリボルバーを取り出した。
「カメイ、コイツならいいだろ?」
「趣味がでてるけど、いいんじゃない?」
「カメイさんが持ってるのと違うんですね」
「カメイのやつは…私物だからな、お前さんにリボルバー渡すのはまぁ、他にも色々理由があるが」
「そういえば支給される銃って統一されてないんですか?」
制服と同様、組織が使う物はある程度統一されていた方が整備が楽だと思っての質問だった。
「持ってるやつは持ってきていいのよ。そもそも、予算不足だしな」
「なるほど」
「向こうに射撃場がある。何発か撃ってけ。カメイ、あとは任せた」
そう言うと初老の職員はハルにリボルバーの入ったホルスターと弾薬を予備も含めて渡した。
「私のライフルは?」
カメイは振り向きざまに聞いた。
「帰りに渡すよ」
ハルが後ろを振り返るとシワの入った手がひらひらと舞っていた。
射撃場に入ると少し火薬の匂いが残っていた。長方形のような間取り、撃つ場所には屋根が付いていたが、的が置いてある場所は外になっているつくりだった。
「基本的に銃を撃つのは私達の仕事だけど、緊急時にはそうも言ってられないから、撃てたことに越したことはないよ」
耳栓をしているので少し声が籠っているように聞こえる。
「まず弾入れて、そこのボタンみたいなところを引いて、そう」
銃なんて持ったこともないハルは手間取りながらも装填していく。
「遅い。実戦じゃ間に5発は撃たれてる」
初めてなんだよ、と思いながらようやく終わった。
「銃口は敵にしか向けない、あと引き金は撃つ直前まで触らない、敵の後ろに味方がいないか、他にも言いたいことはあるけど取り敢えずこの3つ守って」
「了解です。…守らないとどうなります?」
「敵に撃たれるまえに私に撃たれる」
えっ、と思い横にいるカメイを見る。全く笑っていなかった。
「…了解です」
「よろしい、じゃあ、狙って、そうじゃない、もっとこう」
グイッとリボルバーを持っている手をカメイが添えた。
「え、ち、近くないですか?」
「何が?こうした方が早い」
僕の腕に添えられた細い手によって目線と照準が合う。
「今、耳栓してるとは言ってもデカい音が鳴るなら気をつけて」
ええい、と引き金を引く。大きな衝撃、音が同時に襲う。
「跳ねた銃口は早く戻して次が撃てるように意識して、色々あるけど、感覚で覚えた方が早いから取り敢えず全部撃ってみて」
そう言うとカメイは後ろに下がった。
スッと腕を上げ、照準と標的を合わせる。
「お、様になってる」
カメイはそう呟いた。
「お、早かったな」
射撃場から戻ると初老の職員が待っていた。
「どうだった?」
「全然当たらないです…」
10分間の短い時間だったにしてもあんなに当たらないとは、途中当たらなすぎてカメイがうすらと笑いをうかべた。
「ワハハ、練習するんだな、ほれ、カメイ、お前さんのだ」
「ありがとう」
カメイはマガジンと一緒に受け取ると防弾ベストのマガジンポーチにマガジンをしまい、肩にライフルに付いている紐をかけた。
「なんかかっこいいですね」
カメイのライフルは照準器や、ライトなどが付いていた。
「命を預けるものだからね、色々いじってる」
「そいつほどいじってるやつも珍しいさ」
初老の職員はフンと鼻を鳴らした。
「それじゃ」
「あぁ、新人、取り敢えずそいつは仮だ。扱いを慣れたら違うのをくれてやろう」
「丁寧にありがとうございます」
「それじゃ仕事にいこうか」
検査場は敷地のなかでも国境に面する場所にあり、そこを通らなければ入国できないようになっている。
「一般人向けの入国審査とかは違う場所の仕事、私達は輸送業者とかのトラックの積み荷検査とか」
「検査員と警備員が2人セットで対応するんでしたっけ?」
「あぁ、君の場合、私と組むことになってる」
「あぇ?そうなんですか?」
「新人教育の担当は私だからね、基本一緒だよ」
「そ、そうなんですね」
別に悪いわけではないが、独特なのは確かだから苦労しそうだ。
「ところで検査の仕方とかは一通りやったことがあるんだよね?」
書類が挟まれたクリップボードを渡される。デジタル化が進んで、紙は古物になりつつあるが、未だ記録媒体として一線を退く気配はない。
「えぇ、一応は」
ペラリとプリントをめくる。輸入禁止物品のリストやその他色々書いてある。だけど銃と違ってそこはみっちりやってきたと言える部分だ。
「さっき、ススキから無線が来てね、早速くるよ」
そうカメイが言うとトラックのエンジン音が聞こえてきた。
「え、心の準備とか」
「え、そんなの必要なの」
3台のトラックが入ってきて、先頭のトラックの窓が開く。頭の毛が薄い男性が顔を出した。
「こんにちは、荷物のリストを」
カメイは慣れた口調で対応した。
「ご丁寧に、これだ」
男性は助手席にいる人からリストをもらい、それを渡した。
「一応荷物検査を、エンジンを止めて、一緒に来てもらえますか」
「あぁ、構わない」
「それは?」
僕は男性の腰に下がっているホルスターを指差した。
「荒野は賊が多くてね」
男性は肩をすくめた。
「ほら荷物みるよ」
カメイは気にせず荷台の方へ歩いていく。
「わかりました」
僕は初仕事ということもあって少し緊張していた。
「君新人?」
「あ、えぇ、お恥ずかしながら」
「ほーん、まぁ頑張ってくれや」
「あ、はい」
「荷台に乗っても?」
「あぁ、構わない。荷物は箱に入ってるが、それも開けていい」
男は車から降りて一緒についてきた。
「リストには?」
カメイが聞いてきた。
「調理用のスパイスだそうです」
箱を開けるとリスト通り、袋に入ったスパイスが出てきた。
「リスト通りだね、他の2台も見ても?」
「あぁ、構わないよ」
男性は頭を掻いた。

「2台目も問題ないみたいですね」
ハルは荷台に手をかけて慎重に荷台から降りた。
「そうだね」
「じゃあ次、3台目も見ますか」
ハルはそう言って荷台に上がる。ゴツ、ゴツ、とブーツが鳴る。同じように木箱を開けるとやはり同じようにスパイスの入った袋
そういえば最近都市内にスパイスを使った辛い料理屋増えてたなと余計なことをハルは思い出した。
「問題ないみたいです」
「ウチは真っ当な商売してますから」
へへへと男性は笑った。
「申し訳ない。これも仕事なので」
カメイがそう言うと
「ええ、ええ、わかっておりますよ」
と返していた。
入った順番と逆にカメイ、ハル、男性の順で降りることになった。
カメイが降り、ハルが数歩あるいたとき、「コツ」という足音に変わるところがあった。さっきまでは3人分の足音が鳴っていたせいで気が付かなかった音。
最初、はもっと重く、「ゴツ」というおとじゃなかったか?と思った。
「どうかしましたか?」
男性はしゃがみ込んだハルにそう聞いた。
ライトで照らす。木製の床材に四角い切り込みがある。何かを隠すためのスペース。
「カメイさん、これー」
そのとき、ハルは後ろから急に掴まれ、首に腕が回る。こめかみに冷たい感触を感じた。銃を突きつけられてる。
「お前も運がないな」
「銃を下せ」
既に荷台を降りたカメイが拳銃を構えている。
「そっちこそ銃を下ろすべきだ。コイツが死んでもいいのか?」
カメイの後ろにはトラックに乗っていた奴らがゾロゾロと集まり銃を構えている。男が声を張る所為で唾がハルの耳元にかかる。気持ち悪い。それに銃を抜いても頭を撃たれるのが先で、下手に動けない。
「門を開けろ、そうすりゃこいつを生きたまま返してやる」
「おいおい、見ろよこいつ、45口径使ってやがる。時代遅れもいいところだぜ」
カメイの後ろで銃を構えている1人がカメイの構えている拳銃を指差しそう言うとハハハハッと笑い声が響いた。
カメイはため息をつくと銃を下ろした。
「よし、その女はしばっちまえ」
ハルのすぐ後ろで男が指示する。
「にしても顔の良い女だ。もったいねぇ」1人が結束バンドを持って近づいた。
「ほら手を前にだせ」
ハルは既に結束バンドで手を結ばれ、荷台に放置され、男性は荷台から降りていた。
「確かに美人だ。こんな僻地で放置すんのはもったいねぇくらいにはな」
ハルを拘束していた男は舐めるようにカメイの背中を見た。
「ほら手を前に出せっていってんだよ!」
その時だった、カメイは急に後ろを振り向き、先刻までハルを、拘束していた男を撃った。正確に。そして結束バンドを持っていた男の足を撃ち、拘束。カメイを囲っていた密輸業者を撃つ。しかし、弾切れになり、それを知らせるスライドストップが掛かる。
 それを見た生き残っていた1人の密輸業者がタックルを仕掛け、カメイは派手に吹き飛ぶ。コンクリートに人体が打ち付けられる鈍い音が鳴る。
「ハァ、ハァ畜生、何が顔の良い女だ。ぶっ殺してやる」
息を荒げながら業者は近くにあった粗悪なライフルを手に取り、ふらり、ふらりとカメイに近づき、銃口をカメイに向ける。しかし、既にリロードを終えたカメイの方が先に撃ち、男は倒れた。
「非合理的な戦いだ。君は銃を拾った場所から撃ってれば私を殺せたのに」
そう呟いてハルが拘束されて放置されている荷台へ向かう。
「お前、ただの公務員じゃ、ねぇ、だろ」
最初に撃った男はかろうじて生きていた。
「おや、まだ生きていたか、私も腕が落ちたな」
ズドンッと銃声が響いた。
「やぁ、大丈夫?」
カメイがひょいと荷台を除いた。
「…役に立てずすみません」
そう言ったきり、縛られたままハルは口を紡いだ。
「パニックになって叫んでないだけ凄いし、私の荒っぽい仕事を邪魔しないし、伸びしろも十分に感じる」
「正直、きついです…」
「それが正しいかどうか別として、慣れていくもんだよ。ようこそ、って感じ」
ハルはトラックのタイヤ部分に肩を預ける形で座り込んだ。

「おーい!大丈夫か!」
遠くでススキの声が聞こえた。