不足なふたり
「今日はどうする?」
少しヒビが入り舗装されてから時間が経ったことを伝えている道を歩いている。空はどことなく曇っているが雨が降りそうな様子はない。
「カラオケは?」
「しぐれがあんま歌わないからねえ」
めんどくさいからいっそのことあの喫茶店を提案してしまおう。
「あの店は?」
お?と言ったきり歩きを止める。じーっとどこかを見つめたあと
「センスが良さそう」
と言って入っていった。相変わらず自分本位で困ったものだ。適当に提案したものの、確かにセンスが良さげな店だ。レトロとでもいうのだろうか、古さはあるが掃除が行き届いている印象を受けた。店内に入るとすぐにテーブル席に案内されて向かい合う形で2人は座った。店内は適度に混んでいるが騒がしいというわけではなかった。
「ご注文は」
「このパフェ一つとメロンソーダ」
「カフェオレで」
店員が手際よく注文をメモして店の奥へ消えた。僕は単語帳をリュックから取り出して読み始める。
「なあ、しぐれ」
「なんだよ」
シノは僕の手からヒョイと単語帳を取り上げる。
「なんで人間は勉強しなきゃいけないんだろうね」
「さあな、単語帳かえせ」
「いやいや話に乗ってよ」
シノはいたずらっ子がするような笑顔を僕に向ける。単語帳はシノの手の上で踊っている。
「じゃあ、そうだな、なんでそう思ったんだ?」
「だってさ、理不尽じゃない?気づいたら学校にいかなきゃって急かされてさ、私たちのしたいこととか気持ちとかそんなもの気にしないみたいにさ」
すいませーんと店員を呼ぶこ声が聞こえた。まだ若い、腰に「バイト」と書かれたネームタグをつけた店員が小走り気味にテーブル前を通り過ぎた。
「でも生まれてさ、急に自学自習しろっていわれたも難しくない?」
「確かにそうだけどさなんかこう、さ」
シノは“言語化できないなにか”を手で表そうとしているが僕には分からなかった。
「なんだよ、それ」
僕は空中に浮かんでいるであろう”言語化できないなにか“を指差した。
「なんか学校ってさ、正解を押しつけてくる極悪組織みたいなイメージない?」
シノは「シグレ」と僕の名前が書かれた単語帳をペラペラめくっている。結局、“言語化できないなにか”はなんだったのだろうか。
「いやいや、考えどうなってんだよ」
「でもそう感じた時ない?」
「具体例を求む。」
シノがぷふーと変な音を口から出した。
「もう、分かってないなーこういうのは現実に近いようで近くない距離感で話すのがいいんじゃあないか。」
「詩人かよ」
「うっせ、現実主義者」
「お待たせしましたー。」
先刻のバイトが注文したものを持ってきた。
「お、キタキタ」
シノはそれまで話していた話題なんてなかったかのように言った。その隙に単語帳を回収する。いつの間にかシノの手には肢の長いスプーンが握られていた。
「なあ、しぐれ」
「今度はなんだ」
「パフェってさ」
シノはかがむようにテーブルに顎をついていた。
「地層みたいだよね」
上からスプーンが潜っていく。僕は少し笑いながら
「まったく、詩人は気楽だね」
とぼやいた。
「君は現実を見過ぎだよ」
毒だよ毒。どくどくと言いながらシノはスプーンいっぱいのクリームを口に運んだ。