平成29年司法試験民事訴訟法の問題文を読んだ時の頭の中


1 はじめに

 民事訴訟法の問題は、何を説明するべきなのか、どのような流れで説明をしていくべきかを考えるのが特に難しい印象です。そこで、私が問題文を読んだ時に、問題文のどのような表現からどのように検討事項を特定していったのかについてまとめてみましたので、検討事項の絞り込みの方法や誘導文の読み方のヒントになれば幸いです。
 今回扱うのは平成29年司法試験民事訴訟法の問題文です。実は平成29年は私が合格した年で、試験会場でこの問題を見てその場で答案を書いた経験があります。やはり試験会場では焦りもありますから、問題文をじっくり深く読むというのも限界があります。あの時できなかったことをしたいと思い、今回の記事では改めて読んでみた感想をまとめてあります。
 試験会場で考えたこととは若干ズレることもありますが、ほぼ同じではありますので試験会場で同様の考えを巡らせた受験生が1人いたのだと受け取っていただければと思います。

2 問題文を読んで考えたこと

 問題文冒頭から終わりまでをずっと読み進めている時に考えたことを言語化してあります。文章の順番は問題文の流れに概ね即していると思います。

設問1
 XはYに対して本件絵画の引渡しを求める訴えを提起している。訴訟代理人は選任されていないので、本人訴訟ということになる。法律知識が乏しいことに起因する攻撃防御の不十分さ等への対処が問われることもあるかもしれない。

 Xの主張は目的物引渡請求の根拠は贈与契約らしい。Yの主張はXY間で締結された契約は贈与契約ではなく、代金額300万円の売買契約であるという旨の否認。この売買はAを介して行われたものであることを前提としているようで、Aを証人として申請している。Aの証言の内容がポイントになるはず。
 XはYの主張に対しての反論となる主張を追加している。贈与の主張に加えて、売買契約だとしても額は200万円にすぎないと。であれば、この事案の争点は、XY間で締結された契約が贈与か売買か、売買であるとしてその代金額は300万円か200万円かになる。

 やはり、争点は思った通り。AはYの代理人としてXと200万円の売買契約を締結したという証言はしているけど、当事者は主張してない。弁論主義第一テーゼによれば、代理人による売買契約であることを判決の基礎にはできないはず。ただ、AがYの代理人であったか否かは両当事者とも問題にしなかったのであれば、争点から外しているとも受け取れる。弁論主義第一テーゼから原則的帰結を書いて、例外的に許容されるかを問うているのかな。例外は弁論主義の趣旨とか機能から説明すればいいか。同じような問題は平成24年司法試験で一度やったことがあるからまあ何とかなりそう。基本的な問題ではあるので、周りの受験生に書き負けないように定義や趣旨等の本質論はしっかり書いておきたい。

誘導(J1とPの会話)
 やはりJ1が、「あなたのいうような判決を直ちにすることができるのでしょうか。Yの代理人AとXとの間で契約が締結されたとの心証が得られたとして、その事実を本件訴訟の判決の基礎とすることができるのかについて,考えてみてください。」としているので、見立て通り弁論主義の第一テーゼの基本を説明することを求めている。

 Pが「両当事者がその点を問題にしなかったのだからいいように思いましたが……」という指摘は本問の問題意識を仄めかす誘導だろう。弁論主義に反していそうでも、代理による売買であるか否かを両当事者がその点を問題にしなかったのであれば、当事者は争点とみていなかったのだろうし、代理による売買であること前提とする判決をしたとしても当事者の想定外の結果となることはなく不意打ちもない。当事者の意思を尊重し、当事者が自由に争点を形成し、審理の方法を決定づけることができるという弁論主義の趣旨や機能からすれば許容されるのではないかと思案してほしい空気を感じる。

設問2⑴
 「あなたのいうような判決はXの請求に対する裁判所の応答として適当なのか」という発言からは、申立拘束原則(246条)に関する問題が来そうな空気を感じる。「本件の訴訟物は何かを考える必要もありますね。」は、贈与と売買で訴訟物が異なるということを意識した説明をしてほしいということだろう。

 Xの第1回口頭弁論期日における主張の法的意味合いを問い、単に譲歩しただけとするPに対し「本当にそうでしょうか」。司法試験の誘導分で「本当にそうでしょうか」を見ると冷や汗が出る。司法試験でお決まりといっていいほどの誘導だからだ。題意としては、Xの主張の法的な意味合いを分析させたいとわかる。

 そして、Yの主張の法的意味合いも問題になることをJ1が指摘した後、Pが「Xの主張する請求原因事実との関係で,Yのこの主張がどのように位置づけられるのか,整理したいと思います。」とある。解答でもこれを要求してくるはず。ここまでの文脈では題意はつかめないが、多分積極否認だと説明すれば間違いないと思う。

 J1が「訴訟物の捉え方については様々な議論がありますが,あなたの捉える本件の訴訟物は何になるかを示した上で」といっているので、訴訟物理論に言及して、本件のXによる請求の訴訟物を説明する必要があるのだろう。旧訴訟物理論、実体法上の給付請求権で特定される、贈与契約に基づく目的物引渡請求権、でいいか。

 「各当事者から少なくともどのような申立てや主張がされれば,『Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。』との判決をすることができるか,考えてみてください。」という課題①。「どのような申立てや主張がされれば」という表現は誘導だろう。少なくとも何らかの申立てと主張の2つの説明が必要だということ。

 本件の訴訟物は贈与契約に基づく目的物引渡請求だが、問いになっている判決は売買契約に基づく目的物引渡請求に対する応答になっている。訴訟物が異なるので、何もしなければ申立拘束原則(246条)に違反する。Xが売買契約に基づく目的物引渡請求を追加する旨の訴えの変更の申立て(143条1項)が必要ということか。「その際,先ほどお願いしたYの主張の位置付けの整理も行ってください。」とあるのは、Yの主張がXの主張に対する積極否認であるという整理だけかと思っていたが、被告Yの積極否認を受けての請求の変更であれば請求の基礎に変更があっても被告の同意は不要とする判例(最判昭和39年7月10日)に言及してほしいのかと疑う。どんな申立てが必要かという問いなのに請求の追加的併合の要件を論じる必要があるのかは正直謎だが、一応言及しておこう。

 また、課題①の判決は引換え給付判決なので、原告側から訴えの追加的変更の申立て以上の行動は必要ないが、被告からは同時履行の抗弁権の主張が必要になる。売買契約であることは表れているが、権利抗弁なので被告からの権利主張が必要、という説明が欲しくて「どのような……主張がされれば」と誘導しているのだろう。
 
設問2⑵
 「仮に,本件絵画の時価相当額が220万円と評価される場合あるいは180万円と評価される場合には,それぞれどのような判決をすることになるのかについても,考えてみてください。」という課題は、引換え給付判決が許容されるか、それは額によって変わるのかという問いであることはわかりやすい。

 246条に反するか否かについて、原告の合理的意思に適うか、被告に対する不意打ちと評価されるかという基準から判断すれば結論はでるはず。2つ検討事項があるので対比をしてほしいということだと思う。原告と被告との間では本件絵画の時価相当額について300万円から200万円の範囲で争いが生じているため、220万円なら許容されそうだが、180万円はその範囲を外れているので申立拘束原則に反してしまいそうだなと予測できる。
 引換え給付判決の許容性は司法試験でも旧司法試験でも出ている頻出論点なので、周りの受験生もしっかり書いてくるはず。書き負けないように説明をなるべく具体的にしたいところ。
 
設問3
「 この判決は確定した」という言葉がある時点で、既判力に関する出題ではないかと疑う。実際、Xは本件絵画を手に入れる熱意をなくし、200万円の支払いがうやむやになって後訴提起されている。「後訴」という言葉が出てきたら基本的に既判力の問題。

 誘導を見てみるとJ2の発言に「後訴において,XY間の本件絵画の売買契約の成否及び代金額に関して改めて審理・判断することができるかどうか,考えてみてください。」とある。「改めて審理・判断することができるか」という表現は明らかに既判力の作用を前提としているから、見立ては当たっている。

 それから、今回は主文に引換給付文言が含まれていて、後訴における本件売買契約の成否及び金額に関する審理判断の是非が問われている以上、引換え給付文言部分に既判力に準じる効力が生じるかを説明する必要になるのではないか。既判力に準じる効力の問いは平成21年司法試験でも出ているし、旧司法試験(平成12年度第2問で限定承認に関する出題、平成15年度第2問では引換え給付文言について考えさせる出題があり、平成15年度に至っては本問の問題意識とほぼ同じである)でも問われたことがあるから、気付く人は割といそう。ただ、限定承認の留保付き判決と引換給付判決の差異をしっかり説明できる人はそう多くはないだろうから、限定承認の主張がなされた場合にされる「相続財産の限度で」という留保文言に既判力に準じる効力が生じることを認めた最判昭和49年4月26日(百選85)の論拠を丁寧に説明して、引換給付文言にもそれが妥当するかを説明すればハネるんだろう。

 J2とQとの会話では、「既判力の範囲に関する民事訴訟法の規定に遡って考えないといけないように思います」「それを出発点としつつ,前訴判決の主文において引換給付の旨が掲げられている趣旨にも触れながら」とあるので、これも見立て通り。引換給付文言が主文中に掲げられる趣旨が、反対給付ないしその提供をしたことが強制執行開始要件になること(民事執行法31条1項)を主文で明示することにしかないので、基本的には限定承認と同列に考えることはできないのではないか。おそらく題意もその方向で考えていると思われる。その証拠に設問3に関係する【事 例(続き)】の第3段落では、本人訴訟であった前訴とは違って、後訴は訴訟代理人が付いていること、代金額が150万円であると主張できそうな資料をいまになって収集しているとか「今それ争うのか?」ということを書いてほしそうな具体的な事実経過が書いてある。これは既判力(に準じる効力)の作用からの帰結を書いてほしいというより、既判力(に準じる効力)では説明できない、だから信義則で決着つけよう、という論述を期待しているからこその言及だろう。

3 設問3についての解答方針

 改めて問題文を読んでみた素直な感想としては、引換給付文言に既判力に準じる効力があることを否定し、信義則で調整したほしいんだろうなと考えましたが、平成29年当時試験会場でこの問題を見た私は、前掲昭和49年判決の射程を引換給付文言にも及ぼす説明をした記憶があります。

 昭和49年判決の分析はロースクールの授業でかなり詰めていたので、射程を及ぼす考え方と射程を外す考え方のいずれでも説明できるようにしてありました。問題文を素直に受け取れば信義則を書いてほしそうですし、引換給付文言には既判力に準じる効力を認めないのが多数派かなと思うので、昭和49年判決の射程を及ぼして解決するのは悪手に見えますが、評価はAだったので一応理に適った説明と受け取っていただけたのだと考えています。
昭和49年判決が「相続財産の限度で」という限定承認文言に既判力に準じる効力を認めた理由としては、単純に限定承認文言に拘束力を認めなければ、限定承認の当否に関する紛争の蒸し返しを封じきれない、主文に書いてあり「主文に包含するもの」に含まれるというものがありますが、より本質的な理由としては、限定承認の効力に紐づけるものがあり得ます。
 
 限定承認があると債権の責任の範囲が限定されることになるため、債権者債務者間で限定承認の主張の当否が重要な問題として取り上げられると考えられること。当事者達は必死こいて攻撃防御するでしょう。やりきったよね。恨みっこないよね。じゃあ蒸し返すなよ。このような考慮でしょう。判例が信義則に言及しているのはこの趣旨だと考えられます。
 他方、限定承認は債権が掴取できる財産の範囲(責任)を決定づける作用があることに着目すると、「相続財産の限度で」支払を義務付ける判決は、当該債権が相続財産の限度でしか掴取できないものであると性質決定しているとみることができます(責任の範囲が限定された債権が存在するという判断がなされ、それに既判力が生じる)。そうだとすれば、「相続財産の限度で」という文言についても、債権の性質を形作るものとして、前訴でそのように確定しているといえるから、その文言部分についても拘束力が生じるはずであるという説明もあり得ます。ただし、この場合は既判力に準じるというより、既判力そのものが生じるという表現の方が自然と言えます。

 限定承認の効力に紐づいた理由付けをどう捉えるかによって引換給付文言に既判力に準じる効力を認めるべきかが変わってくるように思えます。
 同時履行の抗弁権が限定承認と同様に当事者の争いの主眼となって必死こいて攻撃防御される対象となると考えれば拘束力を認めるべきでしょう。引換給付文言が強制執行開始要件を主文において明示したに過ぎないのであれば、責任の範囲に何ら影響はないため拘束力を認める必要はないとも言えますし、反対給付ないしその提供をしなければ強制執行が開始しないというのは、無条件で執行できる債権と比べれば、条件をクリアできなければ執行できないという意味で責任の範囲に影響があると評価できないこともないでしょう(私は本番でこの見解を採用して判例の射程を本問に及ぼす説明をしました。我ながら勇気あるなと思います)。

 どのような問題であっても、関連判例がある場合は、その判例の判断の論拠を説明し、その論拠が本問にも妥当するのかを通じた解答ができるようにしたいところです。


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