平成30年予備試験民法の論述例と若干の補足

設問1
1 ①は安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求(415条1項)である。
 当事者間に契約関係が存在しない場合であっても,一方当事者の事業のために他方当事者が使用され,それによって一方当事者が利益を得るという関係が認められる場合には,特別な社会的接触の関係に入ったものとし,報償責任の見地から,その一方当事者には使用される他方当事者の生命身体に危害を生じさせないようその安全に配慮するべき信義則上(1条2項)の義務が生じるものと考えるべきである。(※1)
 Aは,Cが雇用する従業員とともに本件家屋の解体作業に従事しており,CはAに対して解体用の重機,器具等を提供し,Cの従業員に対するのと同様に作業の内容方法について指示をしていた。よって,CはAをして自己が請け負った事業の作業をさせ,Aを使用して利益を受けていると言える。CはAに対して地上7メートルに位置する本件家屋の3階ベランダの柵を撤去するよう指示しているところ,この作業は7メートルの高さから転落してしまう可能性があり,Aの生命身体に危害が生じる可能性が高いものであるから,Cは安全配慮義務の一環として,その転落を防止するため,または,仮に転落した場合にはその衝撃を緩和するための措置を講ずるべき義務があった。(※2)しかし,Cは命綱や安全ネットを用意していなかったのであるから,その義務に違反している。よって「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」(415条1項本文)に当たる。
 Aは本件事故で重傷を負っているため少なくとも治療費や休業損害等の「損害」があり,これは本件事故「によって生じ」ている(同条項本文)。Aが解体作業に従事するものとして通常想定できないような行動をしたような事情もないので「債務者の責めに帰することができない事由によるものでないとき」(同条項ただし書)に当たらない。したがって,①の請求は認められる。
2 ②の請求は715条1項に基づく損害賠償請求である。
 BはCから本件家屋解体作業の一部を請け負い,Cの従業員と同様に作業に従事し,Cの指示に従っていたため,CB間に指揮命令関係が認められるからCは「ある事業のために他人を使用する者」(715条1項本文)に当たる。Bは解体作業中,Aの撤去作業が終了したことを確認することなく本件家屋1階壁面を重機で破壊し,これにより本件事故が発生しているから,Bは「過失によって」Aの身体という「権利」…を侵害し,前述したAの損害は当該侵害行為によって生じているから「これによって生じた損害」があり(709条),これは「被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害」(715条1項本文)にあたる。Cは安全配慮義務に違反している以上「使用者が…その事業について相当の注意をしたとき」に当たる余地はない。したがって,②の請求は認められる。
3 ①と②とでAにとって有利・不利があるか(※3)
⑴ 消滅時効期間
 本件事故によりAの身体が侵害されているから,①は「人の…身体の侵害による損害賠償請求権」(167条)にあたり,②は「人の…の身体を害する不法行為による損害賠償請求権」(724条の2)にあたる。Aは本件事故の記憶を喪失したものの平成26年10月1日にDから本件事故の経緯を聞き,この時点が「債権者が権利を行使できることを知った時」(166条1項1号),「被害者…が損害および加害者を知った時」(724条1号)であり,①も②もその時から「五年間」権利行使しない場合に時効消滅する(166条1項1号,724条1号,724条の2)。また,本件事故が発生した同年2月1日は「権利を行使することができる時」(166条1項1号),「不法行為の時」(724条2号)であり,①も②もその時から「20年間」権利行使しない場合に時効消滅する(166条1項2号,167条,724条2号)。よって,消滅時効期間において有利不利はない。
⑵ 遅滞に陥る時期
 ①は415条1項に基づいて発生する法定債権であるから,「債務の履行について期限を定めなかったとき」にあたり,Aの催告のときから遅滞に陥る(412条3項)。不法行為に基づく損賠償債務は被害者保護の観点から損害の発生と同時に遅滞に陥ると考えるべきであるから,②は平成26年2月1日に遅滞に陥っている。よって,遅滞に陥る時期においては②が有利である。
設問2(※4)
1 ㋐に対する回答
 婚姻関係にあった者らが離婚届を提出した後において実質的な婚姻生活を続けていたとしても離婚が無効になることはなく,財産分与も無効とならない。
 協議上の離婚(763条)においては,婚姻当事者間に離婚をする意思が必要である(742条1号類推適用)。離婚をする意思について実質的なものまで要求すると,法律上の婚姻関係のみを解消した上で事実婚状態を継続する,あるいは未成年子が独り立ちするまでは協力して育児に取り組むといったライフスタイルを採ることが不可能となってしまうため,法律上の婚姻関係を解消する意思のみで足りると考えるべきである。(※5)
 Cは妻Fに対し「別れよう」と申し出たところ,Fはこれを承諾しているため,当事者間に法律上の婚姻関係を解消する意思が認められ,離婚をする意思が認められる。よって。CとFが実質的な婚姻生活を続けているとしても離婚が無効になることはなく,財産分与も無効ではない。
2 ㋑に対する回答
 本件土地については全部取り消すことができるものの,本件建物については全部取り消すことはできない。
 Aの考えは詐害行為取消権(424条1項)を根拠として実現できる可能性がある。「財産権を目的としない行為」(424条2項)には,債務者の意思を強く尊重するべき身分行為が含まれる。財産分与は元々配偶者同士であった者の一方が他方に対して,当事者間の公平や離婚後の生活を保障する趣旨を実現するものであり,財産を給付する者が誰であるのかが重要な行為であるといえるから身分行為にあたり,原則として「財産権を目的としない行為」にあたる。
 もっとも,財産分与が768条3項の趣旨に照らして不相当に過大である場合には,それは財産分与に仮託した純粋な財産処分行為とみるべきであり,その限りで債務者の意思は尊重に値しない。よって,不相当に過大である範囲において「財産権を目的としない行為」にあたる。(※6)
 本件土地はCがFとの婚姻前から所有していたものであるから,「特有財産」(762条1項)にあたるため,そもそも財産分与の対象とならずFに対する給付は純粋な財産処分行為として問題なく「財産権を目的としない行為」にあたる。
 本件建物はCがFと婚姻して約10年後にFの協力のもとに建築したものであるから,夫婦の共有財産であると評価でき財産分与の対象となる。もっとも,CとFは離婚後も共同生活を営んでいる以上,離婚後のFの生活を保障する趣旨でなされたものとは言い難く,2分の1余分にFに給付する必要性は認められないから,768条3項の趣旨に照らして不相当に過大であり,その範囲で「財産権を目的としない行為」にあたる。もっとも,あくまで不相当に過大な範囲のみ取り消せるのであって,不相当に過大と評価できない範囲においては財産分与を取り消すことはできない。よって,本件土地については全部取り消しできるものの,本件建物については全部取り消しできない。

以上

※1
 「特別な社会的接触の関係に入った」は、最判昭和50年2月25日(百選Ⅱ2)を意識した言及です。安全配慮義務の根拠は、他人の身体を使って何らかの利益を得ている者はその身体を保護すべきであるとする危険の引受けや利益あるところに損失ありとする報償責任であると考えると事実抽出・評価がスムーズだと思います。

※2
 安全配慮義務や善管注意義務、会社法の典型論点である監視監督義務等抽象的な義務違反を検討する際は、本問における義務を具体的に特定しましょう。そうしなければ、いかなる行動を採るべきであったかが分からず、義務違反の有無の評価もできません。抽象的義務違反の検討は、過失の検討に近い実質があるといっていいでしょう。

※3
 債務不履行構成と不法行為構成の有利不利については様々な着眼点があり得ます。典型的なのが主張立証責任の所在だと思います。債務不履行構成の場合は債務者の過失を立証する必要はないが不法行為構成の場合は過失の有無を検討する必要がある、ただし安全配慮義務の主張立証は過失のそれと同じ実質があるから実質際はない、という説明がオーソドックスだと思います。
 私は、せっかく書くなら有利不利が分かれるものや本問で問われていそうなことに限定しようと考え、2つ示しています。
 まず消滅時効については、Aが記憶を全て失い、平成26年10月1日、Dから本件事故の経緯によるものであることを知ったという事情があるので、配点があるはずだと判断して指摘しました(債権法改正前は不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間が3年間だったので、事故が露骨に3年前なのも決め手になりえます)。
 また、遅滞に陥る時期については、判例ついての理解をアピールできるのと(安全配慮義務について最判昭和55年12月18日、不法行為について最判昭和37年9月4日、最判昭和58年9月6日(弁護士費用))、Aが損害賠償金及びこれ対する遅延損害金の支払請求訴訟を提起しているという事情があったので、配点があるはずと判断して指摘ました。
 弁護士費用についても明示されているので配点はあるでしょうが、両構成で差異はありませんし、時間との関係で端折りました。

※4
 設問2はどこまで書くかが悩ましい問題です。設問は弁護士としてAからの2つの質問にどのように回答するのが適切かを説明せよ、という内容なので、いつも通りの請求の当否を検討すればよいというものではなく、実際の法律相談の局面でなされるべき適切な説明を記述しなければなりません。おそらく、網羅的に検討する必要はなく、質問への回答に必要な範囲で判例を基にした法解釈を示し、法規範を事実関係に落とし込んで説明するということを望んているのだろうと思い、ポイントのみの説明をしています。全て説明するのは時間的に難しいのではないかと考えます。
 詐害行為取消権の他の要件充足性を説明する場合は、コンパクトに示す必要があると思います。私が書くとすれば次のようにします。

 「本件事故についてAがCに対して損害賠償請求権を有するから,Aは『債権者』(424条1項本文)に当たる。財産分与に基づく本件土地及び本件建物のFへの給付は平成29年7月31日に行われているから,『第一項に規定する行為の前の原因に基づいて生じたもの』(同条3項)であり,不執行合意もないので『その債権が強制執行により実現することのできないもの』(同条4項)ではない。
 Cは,本件土地及び本件建物の他にめぼしい財産はなく,Aの損害賠償請求権の額はこれらの価格の総額を上回っているから無資力である。そして,Cは『このままでは本件土地及び本件建物を差し押さえられてしまう』と執行逃れを意図しながら,本件土地及び本件建物のすべてを財産分与としてFに給付しているのであるから,CのFに対する財産分与は『債権者を害することを知ってした行為』(同条1項本文)にあたり,Cが債務超過状態にあることは「受益者」であるFも認識しているといえるから『債権者を害することを』知っていたといえる(同条項ただし書)。」

※5
 離婚の意思は、実質的な意思を要求する婚姻の意思と対比で、形式的意思で足りると考えるのが判例と言われています。よく答案で見かけるのが「法的安定性を害するため」という理由付けなのですが、この指摘のみでは思考過程が分からないので評価されにくいと思います。おそらく、生活保護の需給を継続するための方便としてなされた離婚届の効力に関する最判昭和57年3月26年(百選Ⅲ12)を意識しての理由付けかと思われますが、この事案を踏まえた法的安定性の要請を答案に言語化するのは難しいですし、何より長いでしょう。その内容を試しに考えてみるとすれば、一度公的機関に届出されている以上離婚したものとして扱えなければ(実質を重視し、あとから「あの離婚は意思に沿わないもので無効だった」とひっくり返されると)離婚したものとして動く公的機関の仕事が無駄になる、あるいは混乱が生まれる、つまり法的安定性を害するということではないかと思います。
 そこで、私は若干憲法チックな法解釈を試みました。正しいか否かは分かりませんが肯けるものではあると思います。

※6
 768条3項の趣旨に照らして不相当に過大であるか否かについては、財産分与と見ることが相当でないか否かを念頭におくと当てはめしやすいと思います。財産分与の詐害性や詐害意思が強ければ強いほど、それは財産分与と扱うべきでない方向に傾くでしょうし、財産分与の趣旨を当事者の公平や離婚後の一方当事者の生計維持と捉えると、本件建物全てを与えてやる必要性があるか否かが評価の対象となるでしょう。
 法規範への当てはめで考慮すべき事実やその評価の方向付けは法規範の根拠や条文の趣旨を分析をすることで明らかになるものです。


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