平成29年予備試験民法の論述例と若干の補足

第1 設問1
1 CのAに対する請求の根拠は所有権に基づく妨害排除請求権である。
 Cは,平成23年12月13日,Bから譲渡担保権の負担付きである甲建物を500万円で購入し(555条),平成24年9月21日にAに対して貸付日平成23年9月21日,弁済期平成24年9月21日とする300万円の貸金債務を弁済する旨伝えたところ,Aがこれを拒否したことを理由として弁済供託(494条1項1号)をしたことを前提に所有権を取得したと主張すると思われる。(※1)(※2)
 しかし,Bは平成23年7月14日,Aに対して甲建物を1000万円で売っており(555条),甲建物にはA名義の所有権移転登記が存在するから,「第三者」(177)であるCに対し,その所有権移転を対抗できることになる。所有権移転原因は譲渡担保であり,真実の権利関係と齟齬があるため,無効な登記となり,「登記」(177条)をしたとは言えないように思えるが,第三者との関係では権利の移転が公示されていれば利益保護に十分であるといえるから,物権変動原因が真実と異なっていても真実の権利関係と移転する権利の公示に齟齬がなければ「登記」がなされたと扱ってよい 。(※3)
 以上からすると,CはBから譲渡担保権の負担付きである甲建物所有権を取得できず,Cの請求は認められないのが原則である 。
そして,BA間では譲渡担保権設定契約の合意がないので94条1項の適用はなく,Cは同条2項によって保護されない。
 そこで,94条2項の類推適用によって保護されないか以下検討する。
2⑴ 94条2項類推適用の要件
 94条2項の趣旨は,真の権利者の犠牲の下虚偽の外観を信頼した第三者を保護する権利外観法理にあるから,虚偽の外観の存在,本人の帰責性及び虚偽の外観に対する第三者の信頼が認められる場合には同条項の類推適用によって第三者は保護されると考えるべきである。
⑵ 虚偽の外観の存在
 前述の通りBはAに対して甲建物を売っているので,甲建物の所有権はAにある。しかし,甲建物には本件登記がなされており,現権利者はBであってAは担保目的の所有権を有するに過ぎないという外観がある。よって,虚偽の外観が存在する。
⑶ 虚偽の外観に対する本人の帰責性(※4)
 本来94条が想定している本人の帰責性は,本人が自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し,あるいはこれを知りながらあえて放置した場合等虚偽の外観をあえて作出した点(故意)にあるが,虚偽の外観作出に重過失ある場合もこれと同視し得るほど重い帰責性があると考えられるため,この場合も帰責性があるものと扱うべきである。
 Aは上記外観の作出につき自ら積極的に加功したわけではない。しかし,不動産取引においてその登記が具備されるか否かは権利の公示ができるかどうかにかかわる重要な事項であるから,登記に関連する書類の内容を理解した上で署名押印するべき注意義務があるといえる。AはBから示された譲渡担保権設定契約書及び登記申請書の内容を理解できなかったにも関わらず,書面を持ち帰って親戚等に確認助言を受ける等容易に履践できる注意義務を怠り,Bの言葉を鵜呑みにしてその場でそれら書面に署名押印している。よって,Aには重過失があるから故意と同視し得るほど重い帰責性が認められる 。
⑷ 虚偽の外観に対する第三者の信頼
 権利外観法理の本質は本人の利益と第三者の信頼の利益衡量であるから,本件のAのように本人の帰責性が94条1項の場合よりも低い場合には第三者が保護される範囲も限定される。具体的には,94条2項及び110条を類推適用し 虚偽の外観につき善意無過失であることが必要であると考える。
 本件では,CはAが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったが,知らなかったことについて過失があったのであるから,第三者Cの信頼は認められない。
3 よって,Cの請求は認められない。
第2 設問2
1 CのEに対する甲建物明渡請求
 上記請求の根拠は,賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権(601条)である。(※5)
 甲建物の所有者であるCは,平成25年4月1日,Dに対して期間5年,賃料月額20万円で甲建物を賃貸した(601条)。そして,DはCの承諾を得て,平成26年8月1日,期間2年,賃料月額15万円で甲建物をEに対して転貸した。そして,平成27年3月10日,CD間で上記元賃貸借契約が合意解除され,それによって終了している。よって,Dは601条に基づき甲建物の返還義務を負うから,転借人Eも613条1項によりDと同様の義務を負う 。
 しかし,Cの承諾ある転貸借にはCD間元賃貸借契約の合意解除を対抗できない上(613条3項本文),CがDの債務不履行により解除権を取得していたという事情もない(同条項ただし書)ので,Cは元賃貸借契約の合意解除をEに対抗できない。よって,Cの上記請求は認められない。
2 CのEに対する月額25万円の賃料支払請求
 上記請求の根拠は賃貸借契約に基づく賃料請求権である。
 この請求が認められるためにはCがEとの関係で賃貸人であることが前提となるが,これには元賃貸借契約の合意解除は当事者間では有効であるものの,転借人に対抗できないので,この場合の法律関係をどのように考えるべきかが問題となる。
 法律関係はできるだけ簡明にすべきであるし,元賃貸借契約の合意解除によって転借人が害されるべきではないから,転貸借において元賃貸借契約が合意解除された場合,元賃借人は法律関係から離脱し,元賃貸人は転貸人の地位を承継すると考えるべきである 。(※6)
 よって,本件ではDの地位をCが承継する。CはDE間賃貸借契約の定めに拘束されるから,Eに対して請求できるのは月額15万円の賃料である。
 したがって,上記請求は認められない。
3 EのCに対する甲建物修繕費用30万円の支払請求
 上記請求の根拠は,608条1項に基づく必要費償還請求権である。
 平成27年2月15日,甲建物に雨漏りが生じており、甲建物の通常の使用収益ができなくなっている。そのため、Eは甲建物修理のためFにその修理を依頼し,30万円を支出した。よって,「賃借人」であるEは「賃貸人の負担に属する必要費を支出した」といえる。
 したがって,上記請求は認められる 。

以上

※1
 Cが所有権を取得する経緯を条文を使って説明しています。前提の説明ですが、弁済供託の事情はここで使うほかないので、譲渡担保権の理解とともに条文の指摘をして条文読んでるよアピールをしています。やや長いかもしれません。

※2
 事案に譲渡担保権が登場すると、どんなときも法的性質を書きたくなる方がたまにいますが、少なくとも本問では言及する必要性に乏しいと思います。法的性質を長々説明すると論点主義的な印象を与えかねません。
 譲渡担保の法的性質は所有権的構成、担保的構成のどちらが妥当かという出題でもない限りは、どちらでも説明できるように準備してどちらか説明しやすい方で説明するのが無難だと思います。本問は担保的構成風に説明した方がBC間の合意内容を扱いやすくなるかと思います。

※3 
 出題趣旨の言及からすると,Aの得た登記が実体的権利関係と齟齬がある点をどう考えるかの説明が求められているようです。判例(大判明治44年12月15日)のように真実と異なる登記原因が示された所有権移転登記は無効であると考えれば,Aは所有権を取得したものの,「登記」をしていないから「第三者」に所有権取得を対抗できない(177条)ことになります。ただ,登記の効力について検討ができなかったとしてもそれだけで不合格水準に落ち込むことはないと思います。Aの考え等を見ても対抗要件に関する誘導はありませんし、対抗要件に関する主張を分析するにもヒントが少なすぎます。初見で気付くのはまず無理です。ただ、譲渡担保に関する事情は一旦捨象し、BA間の法律行為とBC間の法律行為を純粋に観察すると同一不動産についての「食い合い」を読み取れるはずですし、A名義所有権移転登記がすでに存在することからすると「Aが確定的に所有権手にしてないか?」というところまでは気付けるかもしれません。やはり民法では事案中の法律行為をピックアップして的確に評価することが高評価のポイントでしょう。民法の問題で法律行為が指摘されるときは、基本的に年号と月日が指摘されるのでそこに注目してみましょう。
 この過去問からは、事案と向き合って素直に考えること(論点はどこだ、と論点に踊らされない)、事案を読んでいて疑問に感じた点(「Aは登記持ってるけど,事実じゃないな。どう処理するんやろ」とは思うはず)は一応悩みを示して、自分の考えを伝えておくべきだということを学ぶことができます。
 177条の検討には気付けなくとも、94条2項類推適用についての検討が要求されていることは事案を見ればわかると思うので、なんとなく94条2項類推適用を検討すれば充分合格ラインに乗ると思います。94条2項類推適用に気付けない場合は不良評価が見えてきてしまうでしょう。

※4
  94条2項類推適用に関する最判平成18年2月23日(百選(8版)22)は「余りにも不注意な行為によって…」という評価が示されているので、「(本人の)帰責性の程度は自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重く…」というのは、本人に虚偽の外観作出について重過失があることを指していると考えるのが自然です。
 本問では、その理解を前提に、本人の帰責性が重過失によるものであるということを具体的に説明できるかで差が付くと思います。単に事実を羅列して帰責性があると言い切っても評価はされないので、事案に振られた事実の意味を考えて、事案に対してどのように考えたかの思考過程を明確に示すべきです。難しい論点に気を取られるよりもこういった当然の検討を丁寧に行った方が評価につながります。

※5
 Eに対して所有権に基づく返還請求権を行使すると考え,Eからの占有権原の抗弁と考える構成もありえますが、613条1項を前提とするとそのような構成を採るべき必要性はないと思います。

※6 
 何か裏をとったわけではなく自分で考えた基準を示しています。問題を読んで妥当な結論は目に見えていると思うので後は自分の考えを読み手に伝えられればいいと思います。基準がなくても考え方が分かる内容の答案ならそれだけで不合格になることはないと思いますか,判断枠組みを示してから事実を当てはめて説明したほうが説得力が出ますし、三段論法の意識が身に付いていることが窺えるので好印象です。
 CE間の法律関係を設問2の冒頭で書かくべきか、という質問を受けることがありますが、特段冒頭で書く必要はないと思います。説明すべき場所で説明出来ていればOKです。CのEに対する返還請求の当否を検討するのにCE間に賃貸借契約が存在するのかを検討する必要はなく、賃料支払請求の当否で初めて検討の実益が出ると思うので、論述例ではその段階で説明しています。

※7
 Cが「賃貸人」かどうか,CD間の特約との関係をどのように考えるかという問題もあり得ますが,初見で気付いて適切に論じることは不可能だと思います。検討できなくても十分合格水準に達するでしょう。特約についてはあえて問題文に記載されているので何らかの検討を要求しているのやもしれません。どのように説明するのが適切なのか正直よく分かりませんが、契約は相対的なものだと捉えるのが一般的なので、特約が他の契約に影響を及ぼすと考えるのは無理だと思います。
 必要費償還請求権は予備試験で何度か問われているため「必要費」の解釈を示して当てはめるという方法をとったほうが周囲と差をつけることができるでしょうが,論述例のように法的三段論法を崩しても問題ないと思います。ただ,必要費の意義は押さえていないと周りに書き負けるので,なぜそれが必要費なのかが分かるように説明する必要はあります(解答例でいう「通常の使用収益ができなくなっている」の言及)。
 ここで有益費償還請求権(608条2項)を検討する人も中にはいますが、そもそも雨漏りの修繕を甲建物の価値を増加させる行為とみること自体に違和感がありますし,有益費償還請求権は賃貸借が終了しなければ行使できないのでEの主張に沿いません(Eは賃貸借の継続を前提としているはずだし,賃貸借が終了していることを窺わせる事情もない)。

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